lazy of all trades
亜未田久志
来訪者
「それで? 次は何を賭ける?」
「お前、ホントに透視してないんだろうな?」
カードを互いに五枚、手にとっている少年が二人。
赤髪の少年は目つきを悪くして、相手を見ている。
黒髪の少年は、目に包帯を巻いていた。口元には笑みが浮かんでいる。
「この包帯してる限りは、普通の人間と同じくらいしか見えないって何回も言ってるだろう。ほら、どーんすんだ」
赤髪の少年は手札をテーブルに置いて、椅子にしなだれかかる。
「降参だよ、これ以上、取られてたまるか」
「そんなこと言って、実はもう賭けるモノが無いんだろう? しょうがない、レイジが育ててるジャガイモでもいいぞ?」
「ふざけんな!」
レイジと呼ばれた少年から怒号が飛ぶ。
「はははっ! 怒るな、冗談だって」
黒髪の少年は、怒ったレイジから距離をとるように椅子から立ち上がった。
「……ネームレスの冗談はあんまりセンスがねぇんだよ」
ネームレスは心外そうに口を歪める。
「そうかねぇ、口ぐらいしか出すとこないんだが」
「一番の武器は目だろうが」
「違いねぇ! ……はぁ、しっかしこねぇなぁ、仕事」
木製の家、中にあるのは丸いテーブルに椅子が三つ、奥にもテーブルと椅子のセットが重ねて置いてあった。
それを並べたら、部屋はいっぱいになるというくらいの狭さ。
さらにその奥には階段があり、その先には扉がある。
恐らくその先には二人の居住スペースがあるのだろう。
ゲームで暇を潰していた二人も限界が来たのだろう。
背伸びをして柔軟を始めるネームレス、欠伸をして頭を掻くレイジ。
店の表に続く扉を眺めながら呟いた。
「チラシ配りでもしてみるか?」
「ああ、前に『複製箱』で刷ったヤツか」
「しかし、すげぇよな。魔力を使わずに文字と絵を複製するなんて」
「まあその代わり、手動だから、結局、魔法のが楽なんだけどな……まだまだ、お祖父ちゃんに及ばないぜ」
「お前の爺さんって、魔力でも、手動でもなく、『道具』を動かしてたんだろ? どうやってたんだ?」
「話した事なかったけ? 確か……大昔の大戦の頃に使われてたっていう。電――」
話の途中だったが、からんころんと表のドアが開いた時に鳴る鈴が鳴った。
「あの、表の看板を見て、ここが何でも屋『リトライ』で間違いはありませんか?」
お客様がやってきたのだ。
「いらっしゃいませ」
「草むしりから用心棒まで、何でもござれの『リトライ』へようこそ」
二人は会話を切り上げ、態度を仕事する状態へと切り替えた。
せっせとお客様である少女を椅子に案内するレイジに、もてなしのお茶を淹れるネームレス。
「いやー、よく来てくれました。最近、仕事がなくっ……じゃなくて、えーと、そう! 平和でね! ウチはほら、ちょっと過激な仕事もやったりするから、ああでも! さっきも言った通り、庭の草むしりとか猫探しとか、でも全然大丈夫ですんで!」
一気にまくしたてるレイジ、相手は少し困惑気味だ。
お茶を持ってきたネームレスがレイジを制する。
「あんまりいっぺんに喋るな……お客様が困ってるだろう。すいませんね、あ、これウチの故郷のお茶ですが良かったら」
「あ、ありがとうございます」
目深にフードを被った少女。
声とフードからはみ出た金色のロングヘアーと体型で少女であろうという事は分かったが、そもそも顔を隠している時点で、今回の仕事は猫探しだの草むしりだのの類いではないだろうと二人とも察していた。
「それで今回はどんなご用件で?」
レイジが本題に入る。
何でも屋という看板を掲げているからにはどんな仕事でもこなす心積もりはしているが、それでも「それは無理です」な仕事もあるので、その内容はきちんと聞いておかなければならない。
「……デターを、……んです」
「……え?」
「すいません、もう一度お願いします」
少女のあまりに小さい声に二人とも聞き返す。
その言葉を受け、少女は意を決したようにフードを外し、椅子から立ち上がってまでして声を発した。
「クーデターを止めて欲しいんです!」
「……え?」
「すいません、もう一度お願いします」
混乱のあまり、同じセリフを繰り返す二人。
しかし二人が混乱しているのは、その依頼の内容からではない。
そのフードの下にあった顔を見たからだった。
透き通った蒼い瞳、整った顔立ち、その顔をこの国で知らぬ者はいなかった。
「エンビシェン様……」
「……王女様が、なぜこんなところに?」
レイジはあまりの出来ごとに、目の前の光景を受け入れられずにいたが、ネームレスはなんとか冷静さを取り戻した。
「先ほども、申した通り、クーデターを止めるのに協力していただきたいのです」
一度立ち上がったエンビシェンは、もう一度座り直し、二人を交互に見つめる。
レイジは話せそうにないと判断しネームレスに視線を移した。
「クーデターとは? この前、国王がお亡くなりになられたのと……関係は、もちろん有りますよね」
ネームレスは、いい加減、正気に戻れという意味を込めてレイジにビンタをかました。
「はっ! つか痛ぇ! なんだなんだ、いきなり目の前に王女様が現れたと思ったら今度は敵襲か!?」
「敵襲なんかウチに来るわけないだろ、いいからお前も話に参加しろ。この店の主はお前だろう」
ネームレスの言葉に不承不承ながら、したがった。
「あー、自己紹介が遅れました。俺はこの何でも屋の店主レイジ・フェロウ、それでこの包帯野郎がネームレス。それで。えー、そのまず、誰がクーデターを起こすんです? そんな不穏な話、少なくとも噂すら聞こえてきませんが」
ダイヤモンド王国は平和な国だ。
過去に大きな戦争があったという話だが、その頃の記憶が風化してしまうほど長い間、平和を維持し続けた。
それは今も変わらず、王家の方々や、家臣達も皆、人格者として民に慕われていた。
国王が亡くなった際にも、国を挙げての葬儀が行われ、誰もが涙を流していたほどだ。
そんな国にクーデターを目論む輩がいるとは二人は思えなかった。
「信じられない事だとは思います。しかし、犯人は確実に行動を起こしています! その証拠がこれです!」
テーブルに一枚の紙切れのようなものが叩きつけられた。
そこに映っているのは国王、眠っている……いや死んでいる国王。その遺体だった。
「……これは『転写』の魔法ですか?」
レイジが、その国王の遺体が転写された紙を覗き込みながら聞く。
「はい、城には専属の『転写士』がいるのです。その方に転写してもらいました」
ネームレスも同じく、その紙を覗き込みながら質問する。
「……なるほど、右手がありませんね」
その言葉に驚き、国王の顔や、豪奢な服に向けていた視線を右腕に移す。
確かに、その手首から先が無くなっていた。
「これを行った犯人が、クーデターを起こそうとしていると?」
冷や汗を掻きながら「この仕事は、受けない方がいいのではないか?」と考え始めるレイジ、それでも自分のいる国の一大事とあっては、その先を聞かずにはいられない。
「お二人は、『救国の宝剣』の伝説は、ご存知ですか?」
話の流れが逸れたと思ったのか怪訝な顔するネームレス。
しかし、レイジは打って変わって目を輝かせて頷いていた。
「もちろんです! 過去の大戦で、今の王家の始祖たる勇者ダイヤモンドが、その宝剣で持って敵の大群を退けたんですよね!」
まるで憧れの人物に出会った少年であった。
いや一応まだ少年というくらいの歳だし、憧れの人物の子孫が目の前にいるので、それほど比喩という訳でもなかった。
ちょっと気押されつつ、王女は話を続ける。
「勇者ダイヤモンドは、その宝剣に、その代の王にしか使えない『制約』を課したのです。今も城の武器庫の最奥に保管されている『救国の宝剣』は、王家の者でないと使うことは出来ません……しかし」
「盗まれた国王の右手があれば、宝剣を使うことが出来る?」
王女の言葉の続きを代わりに紡ぐネームレス。
「マジかよ……いやいや、ちょっと待ってださい、今の王様ってピュア女王様じゃないんですか? もう国王は代替わりしたって事になるんじゃ……?」
レイジの言葉に、王女は首を横に振った。
「いいえ、国王になるには、『継承の儀』を行わなければなりません。それにお母様は、お姉様に王座を譲る気です。そのため、お母様を王にする予定で組まれていた儀式の準備は、お姉様を王にする儀式へと作り変えることになりました。そのために大幅な作業の変更が余儀なくされたのです」
「……つまり、今代の王は、まだ亡くなったオデイシアス様のままって事ですか?」
「はい、しかもお母様が急に予定を変えたせいで、継承の儀までの時間は伸びてしまいました」
「王の右手を使う、またとないチャンスってわけだ。王女様、その右手を盗んだ犯人に心当たりは?」
聞かれた途端、少し顔を俯かせる王女は少しためらいながらも話し出す。
「大臣のアイアンです。……私は、アイアンがお父様の遺体が安置されている部屋から出て来て、布に包んだ何かを運ぶのを見てしまったんです」
その時のことを思い出しているのか、エンビシェンは少し震えていた。
レイジがなにか言葉をかけようとした時だった。
ネームレスは声を少し低くして話始める。
「その光景を見て、さらには転写士に転写まで撮らせた……あなたはどうして、まず大臣以外の家臣や、それこそ女王陛下や第一王女に話に行かなかったんです? こんなところに来る前にそうするべきだ」
「お、おい。そんなの事情があるに決まってんだろ」
「いいえ、ネームレスさんの言うとおりです。本来ならそうすべきなんです……そうできたはずなんです……」
声のトーンはどんどんと下がっていった。
「出来ない理由がある……と?」
ネームレスの声は鋭いままだ。
「アイアンは、とても良く働いてくれました。皆、彼の事を信頼し尊敬しています。私だって、彼が手を盗む瞬間を見るまでは、そうでした」
「つまり、言っても信じてもらえないという事ですか? 大臣が信頼されているから? でも証拠があるじゃないですか、転写が」
まるで問い詰めているようだった。しかし、それに対するエンビシェンの反応は少しおかしかった。
顔を少し赤らめたのだ。
「……実は、私、城の中ではイタズラ好きで有名になってまして」
頬に手を当てて、いやいやと体をくねらせる王女。
「……なんだっけ、オオカミ少年?」
「なんだそれ、知らん」
レイジとネームレスは互いに肩を組み顔を寄せてひそひそ話始めた。
「つまりよ、王女は信頼されてなくて、アイアン大臣は信頼されてる。だから右手のことを話しても、どっちが信用されるかはわかりきってると、そういう話だろ?」
「整理するとそうなるな、だけど、おかしくないか? 国葬の時、王様は手を胸の上でクロスにしてなかったか? つーか、葬儀前なら誰か気づくだろ普通」
「右手が盗まれたとこから嘘だってのか? じゃああの王女様は何しに来たんだよ」
「……実はな、噂で聞いたことがある。第二王女はちょくちょくお忍びで城下に来ているらしいって、フード被った怪しい少女の目撃例も結構ある」
「情報通のお前が言うならホントなんだろうな……。つまりだ。今回、ホントだったのは王女様はイタズラ好きってとこだけだ」
「結論出たな。それでいこう」
レイジとネームレスは拳を突き合わせ、エンビシェンの方へと向き直る。
「えー、王女様? 今回の件ですが、残念ですけど、うちでは扱うには事が大き過ぎますので……お断りさせていただきたいのですが……」
その時だった。
唐突に、ドンッと、布袋が置かれる。
赤い上質で丈夫そうな布だった。
王女が取り出したそれ、彼女はその布袋の紐を緩め中身を二人に見せた。
「金貨百枚、まずは前払いで」
「お受けいたします! 王女様!」
「おいレイジ!?」
こうして、何でも屋「リトライ」のクーデター阻止大作戦の開始が決定された。
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