第50話 百年後とか俺達とっくに死んでるっつーの
ところが死を覚悟したその時だった。
「諦めんじゃねぇぇぇ!」
猛進してきたシメオンが、マフィンクスの鼻っ柱に飛び蹴りを食らわせた。
「ふがっ!」
間髪空けずにエレミアが口元に近付く。
「まずは食前酒が先でしょう?」
彼女は懐から色付きの小瓶を取り出し、中の怪しげな液体をマフィンクスの舌の上にぶちまけた。
ジュウッと焼け焦げるような音と共に、マフィンクスが苦痛の叫びを上げる。
「ぎゃああああっ!舌が溶けるうぅぅぅ!」
「ふふ、一度使ってみたかったのよね、この劇薬」
「くっ…小娘がぁ!八つ裂きにしてやるぅぅ!」
「ギャーギャーうっせーんだよ!」
シメオンは強烈な蹴りと拳を顎に食らわせた。
「こらぁ、若造!わしの美しい顔を殴るなぁぁぁ!」
マフィンクスの両目からマシンガンのごとくビームが連射される。シメオンは騎士団で培った反射神経と敏捷性をフルに使ってどうにかビームを避け続けていたが、さすがに全部は避けきれず、左肩に一撃を受けてしまった。
「うっ…!」
片手で肩を押さえ、地面に膝をつく彼に、止めを刺そうとマフィンクスが顔を近付ける。
が、その時―――――
「“風よ切り裂け!ジャッキーン!”」
突如オーガストが乱入し、
「うぎゃああああああ!」
シメオンはどうにか窮地を脱し、陸人はようやく舌から解放された。
「ははは!これぞオーガスト様の真の力だ、思い知ったか!」
「おいっ、おっさん!」
怒り心頭に発するといった様子でシメオンがずかずかとオーガストに詰め寄っていく。
「あんた何フツーに魔法使ってんだよ!転移魔法に使う魔力減らしてどうすんだ!」
「ああ、しまった!つい使ってしまったぁぁ!」
「この間抜けがっ!」
「何ぃ?!助けてやったのにその態度はなんだ!」
「魔法使わずに助けろよ!」
「は?!無理を言うな!」
「二人とも喧嘩してる場合じゃないよ!あれ見て!」
陸人が震える指でマフィンクスを指差す。
「貴様らぁ…よくもわしをコケにしてくれたな?!全員まとめて食ってやるわ!」
早くも千切れた舌と両目を再生させ、頭から湯気を立てながらマフィンクスは猛烈に怒り狂っている。
「まずいよ、アレ!マジでキレる五秒前だよ!」
「チッ…。おっさんは期待できねーし、これ以上時間稼ぎはもう無理だな…」
「何かないのかな?あの怪物の弱点…」
「そういえばさっき、ボンボンジュールの料理は殺人的だと言っていたわ」
「ボンボンジュールの料理…?――――あっ!」
陸人達はハッとして顔を見合わせた。
「そうだ!僕らにはまだ最終兵器が残ってるじゃないか!」
「ああ、ダメ元で試してみよう!」
オーガストは荷物から例の特製弁当を取り出し、マフィンクスの巨大な口に目掛けて勢いよく放り投げた。
「俺達四人の絆の結晶を受けてみろぉぉぉ!」
地獄の大噴火弁当がマフィンクスの口内へと投入される。
「ハッ!こんなチンケな弁当でわしの機嫌を取ろうとしても――――ん…?」
弁当を咀嚼する口の動きが、突如停止する。
「き…貴様らわしに何を――――ぐあぁぁぁぁっ!」
マフィンクスは両手で口を覆い、地面にゴロゴロ転がってもがき苦しみだした。
「まずいまずいまずいまずい!まずくて死にそうだぁぁぁぁ!」
断末魔の叫びと共にドーム状の障壁は崩壊し、マフィンクスの体も雨を浴びた泥人形のように崩れ始めた。
「おのれ…覚えておれ貴様ら!わしは不死身じゃ!百年後に復活して必ず仕返ししてやるからな!わかったか、このくそったれぇぇぇぇ!」
最後に汚い捨て台詞を吐き、マフィンクスは砂の塊と化して消えてしまった。
「おおおお…!なんと――――奇跡じゃ!」
遠くから見守っていたサンディと老爺は手を取り合って喜んだ。
「つーかあの化け物も馬鹿な野郎だよな。百年後とか俺達とっくに死んでるっつーの」
肩の傷を押さえて顔をしかめながらも、シメオンは相変わらず憎まれ口を叩いている。
「あ~くそっ…痛ってぇな…」
「大丈夫?血みたいなもの出てるけど?」
「“血みたいな”ものじゃなくて血だよ!」
「まぁまぁ、そんなに騒がずとも、我がパーティーには優秀な回復要員がいるから大丈夫だ」
オーガストがエレミアを手招きする。
「魔力の回復具合はどうかな?」
「まだ三分の一くらいだけど、これくらいの怪我なら充分治療できると思うわ」
エレミアはシメオンの左肩に両手を翳し、ぶつぶつと呪文を唱え始めた。
治療が完了すると共に、オーガストが手を叩いて意気盛んに口火を切る。
「さてと、何はともあれ一件落着だな。石も全て集まったし、今夜はボンボンジュールで打ち上げだな!」
「はぁ?誰があんなまずい店行くかよ!」
シメオンは即座に反対した。
「僕もあの店はもうやだよ!激辛料理ばっかだし、ゆで玉子は口の中で爆発するし、パスタなんて段ボールみたいに噛み切れないんだもん!」
「私も反対よ。殺人的とまでは言わないけれど、あの店の料理は一口食べるごとに寿命が一年縮まるような気がするの」
「おいおい、エレミア!君まで酷いじゃないか―――――」
と、オーガストは言葉を切り、エレミアに駆け寄った。
彼女が急に脇腹を押さえて地面に崩れ落ちたのだ。黒い服なので分かりづらいが、押さえた箇所からはじわじわと血液が溢れだしている。
「エレミア…どうしたの、その傷!」
「実は…さっき隊長さんがよけたビームが当たって…」
「マトン君!なぜビームをよけたんだ!」
「なんで俺のせいなんだよ!つーか怪我してんなら早く言えよ!ボンボンジュールの悪口言ってる場合か!」
「でも、大丈夫だよね?魔法で治療できるんだし…」
「いいえ、残念ながら自分の怪我は治療できないの…」
「そんな…」
「だから、喋れるうちにあなた達に頼んでおくわ。うちのクリニックで働く助手のリリーに伝えて…」
陸人の服の袖を掴み、絞り出すような声で彼女は言った。
「薬棚の奥に置いてあるウイスキー瓶の中身は、カンジキムシの培養液なの」
「は?」
「最近個体の数が増えてきたから、もう少し大きな瓶にお引っ越しさせてあげて…」
それだけ言い残し、エレミアは口を閉ざした。
「ちょっ…!変な遺言残して死なないでよ!なんだよ、カンジキムシって!」
「微生物かなんかだろ!そんなことよりどうすんだよ、この状況!」
「とにかく、エレミアの助手とやらに助けを求めよう!」
オーガストはエレミアを抱き上げて立ち上がった。
傍で見ていたサンディが、転送盤を両手に抱えて駆け寄ってくる。
「皆さん、転送盤も直ったみたいなんで、よかったら使ってください!」
「おお、感謝するサンディ!ではエレミアのサロンまで頼む。陸人、彼女のコネクティングカードにサロンの住所が書かれてあったよな?」
「うん」
陸人はすぐさまカードを取り出し、サンディに渡した。
「なるほど、了解ッス!」
サンディは目にも留まらぬ速さで転送盤に座標を打ち込み始めた。
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