第51話 せめて半額のシールは剥がしてほしかったなぁ

 陸人達はトライデント王国北西部の地シロフォーヌへとやってきていた。人里離れた湖畔に佇む青い丸屋根の建物がエレミアの営むヒーリングクリニック“エリューズニル”である。


サロンの玄関口で陸人達を出迎えてくれたのはエレミアの助手リリー。桜色の長い髪を左右おさげに結んだ可愛らしい少女だった。背は陸人より十センチも低く、どんなに多く見積もってもせいぜい十二、三歳にしか見えない。


「申し訳ございませんが当店はただいま店主不在のため休業中でして――――まぁ、どうなさったのですか!」


幼女化している上、重傷を負った師匠を目にし、泡を食って飛び上がるリリー。


陸人達は事情を簡潔に説明し、とにかく治療を急がせた。



 リリーがエレミアの治療に徹している間、陸人達は別室の長椅子に座って待っていた。椅子と丸テーブルと大蛇の置物以外は何も置いていない、小ざっぱりとした部屋である。


陸人はリアルな大蛇の置物に目を引かれ、様々な角度からじっくりと観察していた。


「ねぇねぇ見てよ、これ。本物みたいだよ」


二人も暇だったので陸人と一緒に蛇を観察した。


「ほう、本当だ。実にリアルだな」


「ああ。本物かもな」


「もしかして燻製とかかな?」


「それを言うなら剥製だろ」


「しかし蛇の燻製も中々上手そうだなぁ。酒につまみには良さそうだ」


オーガストが大蛇の剥製を見つめながら喉を鳴らす。


ちょうどその時、治療を終えて回復したエレミアがリリーと共に戻ってきた。


「それは魔除けの蛇だから、食べないでね」


「良かった!治ったんだね」


「ええ、途中で何度もお花畑が見えたけどね。リリーは本当に優秀な助手だわ」


エレミアはリリーを一瞥し、皮肉っぽく笑った。


「すみません…。治療中に色々アクシデントがありまして、少々時間が掛かってしまいました」


「まぁまぁ、こうして元気になったのだから良かったじゃないか!」


オーガストはリリーの肩を叩き、朗らかに笑った。


「それじゃあ快気祝いと石が集まったことを祝って、今夜は酒盛りだな!」


「そうね。リリー、悪いけどキッチンから何か食べ物を持ってきてくださる?」


「はい!かしこまりました!」


リリーはバタバタと部屋を出ていき、五分後に食糧を盆に乗せて戻ってきた。


「ではごゆっくり!」


深々と礼をして彼女はまた部屋を出ていった。


「しかしそれにしても…」


オーガストは不満げに低く唸りながら、


「随分と質素な夕飯だな…」


その視線の先にあるのは、半額のシールが貼られた食パン一斤(ノンスライス)とプリン(四個入り)。ちなみに飲み物は酒の入ったデキャンタが一瓶と、牛乳瓶が四本。


「ボンボンジュールの食事に比べたら百倍マシだろ」


「そうだよ。だけどせめて半額のシールは剥がしてほしかったなぁ…」


「そうだな…。酒があるだけ有難いか」


オーガストはデキャンタを傾け、グラスに注ぎ始めた。


「おい、ちょっと待て」


シメオンは怪訝そうにグラスの中の琥珀色の液体を見つめながら、


「これはまさかカンジキムシとやらの培養液じゃないだろうな?」


「ふふ、それはただのブランデーよ」


「そうか、それならよかった」


オーガストがぐいっとグラスを煽る。


エレミアはデキャンタを持ち上げ、瓶の口から中を覗いてあっと声を上げた。


「大変、これ殺虫剤だわ…」


「ゴフッ!何だって?!飲んでしまったぞ!」


「なんてね、冗談よ」


「おいおい…心臓が止まるかと思ったじゃないか!」


「大丈夫、止まったら蘇生してあげるわ」


「ふむ…それなら安心だな」


「ねぇ、そんなことより乾杯しようよ」


陸人は三人に牛乳瓶を渡した。


「ああ、そうだな」


四人は立ち上がり、それぞれの牛乳瓶を掲げた。


乾杯の音頭を取るのは最年長のオーガストだ。


「それでは、デルタストーンが集まったことを祝って、乾ぱ――――」


「いや、ちょっと待て!」


突如シメオンがハッとしたように声を上げた。


「デルタストーンが集まったのはいいが、その後はどうすりゃいいんだ?」


十秒ほどの沈黙の後、陸人が思い出して口を開く。


「そういえばアラクネばあちゃんは、いにしえの神殿がどうのこうのって言ってなかったっけ?」


「で、その古の神殿って、どこにあるんだよ?」


「えっと…」


陸人は期待を込めてオーガストやエレミアに視線を投げ掛けた。


が、二人とも肩を竦めて首を振るばかりだった。


ところがたった一人、その答えを知る者がいた。ジャン・ダッシュである。


『古の神殿とは、メラースの森の地下にあるテロス神殿のことだ。お前が一つ目の石を手に入れた場所でもある』


――――えっ?墓の下にあった、あの場所が?


『そうだ。お前達は棺桶に夢中で見向きもしなかったが、円卓の上には石を設置するための魔法陣が描かれていたのだぞ』


――――そ…そうだったんだ。


陸人は他の三人にもジャン・ダッシュから聞いた情報を伝えた。


「そうか、またあの墓場に行けばいいということだな。ああ、ようやくこの醜い河童の姿から解放されるんだな…。もう水を見るたびに震え上がらなくてもいいんだな…」


「願い事は三つまで叶えてもらえるんでしょう?あとの二つはどうするの?」


「は?俺達一人ずつの呪いを解いたら三つ使い果たしちまうだろ?」


「いいえ。私達の呪いは朔の書一つの呪いだから、朔の書の呪いの解除を申し出るだけで三人いっぺんに解呪できるはずよ」


「そうだぞ、マトン君!俺達三人の呪いを解くだけで願い事を使い果たしてしまうなんて勿体無いではないか!それじゃあ明日に向けて残り二つの願い事を考えようじゃないか」


「あ…あのさ!」


堪えかねて陸人は口を開いた。


「僕も叶えたい願いがあるんだけど!」


「おお、すまんすまん。お前のことをすっかり忘れていた!」


オーガストは笑いながら軽い調子で尋ねた。


「それで、お前が欲しいものは何なんだ?金か?身長か?IQか?もし金を頼むのなら、ついでに俺の分も―――」


「違うよ…。そういうのじゃないんだ」


陸人はいったん口をつぐみ、三人を見回してから、ずっと隠していたことを全て打ち明けた。


「実は僕、違う世界から来たんだ」


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