第49話 魂振り絞って考えてよ!

――――どうしよう…。この問題に僕が間違えたら、全員マフィンクスの餌食に…。


息の詰まりそうな切迫感で、陸人の頭はほとんど真っ白になっていた。


「子供の方が頭が柔らかいからのう。簡単に正解されては困るので、とびきり難しい問題を出してやらねば…」


マフィンクスは天を仰ぎ、最後の問題を考え始めた。


「きっとどんな機知に富んだ回答も不正解になるわ。このクイズは彼にとっての余興でしかないのよ」


「じゃあ結局僕らはあの化け物の餌食にされちゃうってこと?」


「くそっ…食われてたまるかってんだ!どうにかしてこの壁から脱出するぞ!」


「しかしマトン君、どうやって壁を破るんだ?」


「それは――――」


シメオンは言葉を切り、陸人に視線を向けた。


「おい、お前ジャンの幽霊と会話できるんだろ?壁を壊す方法を知らないか聞いてみろ」


「そっか、ジャンはマフィンクスと戦ったことがあるし、もしかしたら知ってるかもしれないね!」


陸人はさっそくジャンとコンタクトを取り、助言を仰いだ。


しかし――――


『すまんが、奴と戦った時のことはよく覚えていない』


――――え?!そんなこと言わずに脳みそ振り絞って思い出してよ!


『私は残魂なので振り絞る脳はない』


――――じゃあ魂振り絞って考えてよ!


『うーむ…。やはり思い出せん』


――――そんなぁ…!


『そう肩を落とすな。あの怪物はああ見えてわりと律儀な奴だから、少なくともクイズが終了するまでは食べられることはない』


――――そんなの何の慰めにもならないよ!


『とにかく三問目のクイズを出題させるな。それが私から言える唯一のアドバイスだ』


その言葉を最後にジャン・ダッシュとは音信不通になった。


「どうだ、何か良い情報は得られたか?!」


オーガストが期待に満ちた瞳で陸人を見つめる。陸人は吐息をつき、首を振った。


「とにかくクイズを出題させるなだってさ。クイズが終わらない限り食べられることはないだろうからって」


「ふむ、なるほど!つまり時間を稼げということだな」


「何が“なるほど”だよ!」


シメオンは苛立ちを隠せない。


「時間稼いだって壁の外に出られなきゃ何の解決にもなんねーだろ!」


「いや、そんなことはないぞ。その間に俺の魔力が少しでも回復すれば、転移魔法を使って逃げられるかもしれない。とは言え、さすがに遠方まで転移することはできないが、五キロくらいの距離なら飛べると思う」


「とにかくドームの外に出られれば充分だよ。サンディの転送盤もあるし。で、あとどのくらいで回復するの?」


「そうだな…。早くてあと十分ほどだ」


「よし、わかった。十分だな?」


シメオンはマフィンクスに向かって全速前進した。


「ではクイズを再開するとしようかのう」


ちょうどマフィンクスの方も出題の準備が整ったようだ。


「それでは第三問――――」


「させるか!」


シメオンが砂を蹴って高く跳躍し、マフィンクスの頭の上に乗る。


「むむ?なんじゃ青年、わしと遊びたいのかのう?」


「ほざけ!今すぐその舌叩き斬って喋れなくしてやるよ!」


が、腰に手を伸ばした瞬間、シメオンはハッと気が付いた。


「剣が…ない…!」


どうやら先ほどマフィンクスに大剣を奪われたことをすっかり忘れていたようだ。


「悪いがそなたの一人漫才に付き合っている暇はない」


マフィンクスは右手でシメオンの体をむんずと掴み、ボウリングの玉のように投げ放った。


シメオンが鉄砲玉のようなスピードで陸人達の方に転がってくる。


「うわぁぁっ!こっちに来る!」


両端に立っていたオーガストとエレミアはどうにか難を逃れたが、その間に並んで立っていた陸人、サンディ、老爺は逃げ遅れ、転がってきたシメオンに巻き込まれて転倒した。


「あら残念、スプリットね」


「ふむ…。中級者ってところだな」


「これでスペアを取るのは至難の技よ」


「そうだなぁ。中級者には無理だな」


いい加減、マフィンクスはキレた。


「わしはボウリングしとるんじゃないわ!」


エレミアとオーガストが黙ったところで、マフィンクスは咳払いしてから切り出した。


「オホン…では気を取り直してクイズの続きをしようかのう」


――――まずい…!


陸人はとっさに巻物に手を伸ばした。


――――お願い、ジャン・ダッシュ!ロティーと戦った時に使った、あの凄い武器に変身して!ほら、トゥエンティーなんとかっていう時間制限付きのアレだよ!


『残念だがまだ二十時間経っていないので発動できない』


――――そんな!


『そう落ち込むな。この灼熱の環境でこそ使える取っておきの技があるから、代わりにそれを発動しよう。その名も“爆裂炎舞刀ばくれつえんぶとう――ハンドレッドソード――だ』


――――わ、わかった!どんな剣だか知らないけど、取り合えずそれ頼むよ!


『御意』


巻物は光り輝きながら二つに分裂し、細長い竹筒へと変形した。


「え…?」


竹筒を両手に持ったまま、陸人はしばし茫然としていた。


「ちょっ…!これ刀じゃなくてただの竹だけど?!」


「小僧、そなたもわしのクイズの邪魔をするつもりか?」


マフィンクスは怒気のこもった目で陸人に焦点を当て、


「これ以上邪魔をするのならわしとて黙ってはおらんぞ」


と、上体を起こし、目の奥に赤い光を宿した。


「くそ~!もうヤケクソだ!」


陸人は両手に竹筒を掲げて出撃した。


どうにかビームをかわし、マフィンクスの背後に回る。


「ちょこまかと動きおって…」


マフィンクスがぐるりと首を180度回転させ、再びビームを発射しようとする。


「うわぁっ、ヤバい!」


陸人は腰を屈めたままマフィンクスの顎の下まで猛進し、鬣をつかんで頭の上までよじ登った。


「痛てててて!こらっ!わしの鬣を引っ張るな!」


『リクト、今が攻撃のチャンスだ』


ジャンが短く指示を送る。


―――――攻撃って言ったって…。この武器どう使えばいいのさ?


『お前の内なるパッションを炸裂させればいい』


―――――はぁ?!わかんないよ、パッションの味なんて!僕はマンゴーすら食べたことないんだぞ!


『果物のことではない。情熱のことだ。ちなみに私はマンゴーやパッションフルーツよりも庶民的なバナナの方が好みだ』


「聞いてないよ、そんなこと!」


『では健闘を祈る』


それきりジャン・ダッシュは口を閉ざした。


「くそっ…。こうなったらもうやるしかない!」


陸人は二本の竹筒を力強く握り締め、大きく息を吸った。


いつだったか友達の家でやらせてもらった太鼓のゲームを思い出し、マフィンクスの頭頂部に向かって竹を思いきり振り下ろす。


「パッション!パッション!パッション!パッション!」


ポカポカポカポカポカポカ!


陸人は“パッション”を連呼しながら、我を忘れてマフィンクスの頭を高速連打した。


「痛ててててててててて!やめんか、こらぁっ!」


「パッション!パッション!パッション!パッション!」


陸人はマフィンクスを無視し、無我夢中で連打し続けた。


異変が起こったのは、百打目を越えた時だ。


突如両の竹筒が真っ赤に色づき、竹の穴から噴水のように爆炎が吹き出したのだ。


炎はあっという間にマフィンクスの頭に燃え移り、ふさふさの鬣を丸焦げにした。


「うああああああ!わしの鬣がぁぁぁぁ!」


マフィンクスはショックのあまり半狂乱になっている。


「このクソガキぃぃぃ!もう許さん…許さんぞ!」


マフィンクスが頭を振り乱した拍子に陸人は地面に振り落とされ、体勢を整える間も無く舌に捕らえられてしまった。


「うわぁっ」


舌に全身をぐるぐる巻きにされ、身動きが取れない。


「わしはもう怒ったぞ!お前を今すぐ食ってやる!」


「ええ?!話が違うよ!クイズ終わるまでは食べないんじゃなかったの?!」


「わしの鬣を燃やしたクソガキは例外じゃ!死んで詫びろ!」


「うわぁぁっ!ごめんなさぁ~い!!」





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