第42話 わかりました、では陸人さんは、Bコースということで!

 意識が戻って瞼を開くと、薄暗い空間の中で、ぼんやりと鉄格子が見えた。


「ん…。ここ、どこだろう…?」


覚醒したばかりで頭がボーッとしている陸人は、両手を鎖で縛られていることにもまだ気付いていない。


――――あれ…?僕、さっきまで何してたんだっけ…?


上半身を捩り、まだ体に残る微かな痺れを感じると共に、ようやく気絶する前の出来事をはっきりと思い出した。


「おい、大丈夫か?」


頭上から、シメオンの声が聞こえる。彼も陸人と同様に、両手を後ろ手に縛られているようだ。


「うん…。なんとか…」


体を起こして周りを見回すと、他の顔ぶれも視界に入ってきた。エレミアにオーガスト、ワイト長官とその手下達もいる。どうやら陸人達はまとめて同じ檻に閉じ込められているらしい。


「ねぇ、ここどこなの?ロティー達は?」


シメオンはギリっと唇を噛み、檻の外を見てみろと顎で示した。


言われた通り鉄格子の隙間から外を覗いてみると、そこには巨大な厨房が広がっていた。


中ではエプロンをつけた数十人のダークエルフ達が忙しなく動き回っており、調理に使用する道具や調味料などを準備している。


さらに厨房の奥に設置されたかまどの上には直径二メートルはありそうな巨大な鍋が二つ置かれており、壁にはシングルベッド並みの大きさのまな板が一枚、無造作に立て掛けられてあった。


「嘘でしょ…?僕ら本当に食べられちゃうの…?」


恐怖と絶望が胸の奥から込み上げてくる。


「ああぁ、どうしよう!いやだ、死にたくないよぉぉ!誰か助けてぇぇぇ!」


陸人は意味もなく厨房に向かって叫んだ。


恐怖で半狂乱になっているのは彼だけではない。


ワイス長官と五人の手下達も、床にうずくまって壊れた機械のようにぶつぶつと恨み言を繰り返している。


一方、他の三人は違った。


シメオンは鎖を解こうとひたすら上半身をくねらせているし、エレミアはナメクジの行列を観察しているし、オーガストに至っては涎を垂らしながら転寝している。


「みんな本当マイペースだなぁ…」


陸人はすっかり呆れ返ってしまった。


厨房の方からカツカツと靴音が近付いてきたのは、その時だった。


「ごきげんよう、人間の皆さん。気分はいかがですか?」


鉄格子の向こう側から、ロティーがさも愉快そうにこちらを眺めている。つい先ほど陸人の一撃でノックアウトされたとは思えないほど元気そうだ。


呆気に取られている陸人の表情を見て、彼女は得意げにニヤリと笑った。


「ふふふ…驚いているようですね。ご存知ないようなので教えてあげましょう。私達ダークエルフには、超回復能力があるんですよ」


「超回復能力?!ずるいよ、そんな能力!」


「悪役は少しくらいずるい能力持ってたっていいんですよ」


ロティーはふてぶてしく鼻を鳴らすと、どこからともなくクリップボードと羽ペンを取り出して構えた。


「さて、そろそろ厨房の方も準備が整いますので、今のうちに皆さんの希望をお伺いしておきますか」


「希望?」


「はい。私も悪魔ではありませんので、皆さんには特別に選択権を与えてあげます。四つありますので、お好きなコースを選んでください」


ロティーはクリップボードの紙面に視線を落とし、機械的な口調で読み上げ始めた。


「Aコース、フライ。Bコース、き造り。Cコース、水炊き。Dコース、丸焼き。以上の四コースになります。この中から、ご自分がどう調理されたいか選んでください。ではまず、陸人さんから聞いていきましょうか」


「え?!ちょっ…待ってよ!そんないきなり聞かれても困るし――――」


「無回答の場合は自動的にBコースの活き造りとなりますが、それでよろしいですか?」


「は?!全然良くないよっ!それ一番最悪なやつじゃん!」


「はぁ…いちいち文句の多い方ですね」


「君が横暴すぎるからだろ!」


「じゃあ後三秒以内に決めてくれますか?」


「ええ?!短すぎだろっ!!」


「陸人くん、私は断然水炊きをオススメするわ」


エレミアが背後から助言を与えた。


「“茹で蛙の法則”というものがあってね、水に浸かったままゆっくりと加熱されると、温度が上がったことに気付かずにいつの間にか茹で上がって死んでしまうんですって。楽に死にたいのなら、これが一番だと思うわ」


「ふーん、なるほどね…。―――じゃなくて、何他人事みたいに説明してんの?!僕まだ死にたくないんだけど?!」


「わかりました、では陸人さんは、Bコースということで!」


「ちょっと勝手に決めないでよ!」


ようやく騒ぎに気付き、オーガストが眠りから目を覚ました。


「なんだなんだ…?随分盛り上がってるな…」


「ちょうどお目覚めのようですので、次はオーガストさんにお伺いしましょうか」


ロティーがオーガストに視線を向ける。


「え?一体なんの話だ?」


「了解です、陸人さんと同じBコースですね」


「えっ?」


オーガストは状況が飲み込めず、ポカンと口を開けていた。


「おーい、準備ができたぞー!」


厨房の方から数人のダークエルフ達が呼びにやってきた。ロティーはすぐさまクリップボードをしまって檻の出入口に手を掛けた。


「どうやら希望をお伺いしている時間がないようですので、調理法はコック達にお任せすることにします。それじゃ、一人ずつ檻から出てください」


「嫌だ!私は絶対にここから動かんぞ!」


ワイス長官は鉄格子に足を絡ませ、そこにしがみついて頑なに離れようとしなかった。


が、その必死の抵抗もむなしく、彼は屈強なダークエルフ二人によって無理矢理鉄格子から引きはがされたのであった。


「さぁ、お前達もとっとと出ろ」


居丈高に命令され、陸人達も渋々檻を出た。


――――どうしよう…。このままじゃ活き造りにされて食われる…。何か方法は…。


厨房に向かって歩きながら打開策を必死で模索していると、ふいにオーガストが背後からそっと囁きかけてきた。


「陸人、魔法協会の男にもらったコネクティングカードをまだもってるか?」


「コネクティングカード…?」


「カンパナのレストランで、カウンター席に座っていたローブの男がカードを置いていっただろ。あれだ」


「ああ、うん。持ってるよ。右のポケットに入ってる。だけど、どうして?」


オーガストは不本意だと言わんばかりに首を振りながら、


「こうなったらもう四の五の言ってられんからな、魔法協会に助けを求めるんだよ」


「えっ?あのカードで魔法協会の人呼べるの?」


「ああ。あれは“コネクティングカード”と言って、カードに向かって持ち主の名前を呼ぶだけで向こうに声が届き、こちらの場所がわかるんだ。お前がクラリネートでエレミアを呼び出した時のようにな」


「なるほど、そういう仕組みだったんだ。でも今は両手縛られてるし、カードを取り出せないよ」


「それなら問題ない」


そう言って、オーガストはシメオンを顎でしゃくった。


「あ…!」


陸人は思わず唖然とした。


全身全霊の力でもがき続けていたのが功を奏し、彼の腕を縛る鎖はもはや千切れかけていたのだ。


「シメオン、君本当に人間…?」


次の瞬間バキッと鎖が壊れ、床に落ちると同時に、陸人はシメオンに向かって早口で呼び掛けた。


「シメオン!僕の右手のポケットからカード出して!早く!」


陸人の訴えるような眼差しを受け、シメオンは悟ったように即座に行動に出た。


異変に気付いたロティー達が猛然と駆け寄ってくるが、シメオンの本気のスピードには敵わなかったようだ。


「このオレンジ色のカードのことか?」


「うん、そう!それに向かって助けを呼んで!」


さらにオーガストが付け加える。


「カードの裏に書いてある名前を呼ぶんだ!探しているお尋ね者を見つけたと言えば、すぐにでも飛んでくるだろう!」


取り押さえようとやって来るダークエルフの男達を片手でなぎ払いながら、シメオンはカードに向かってその名を叫んだ。


「おい、“ジュラール・マロウディ”!お尋ね者の凶悪犯があんたを待ってるぞ!逮捕したけりゃとっとと出て来いや!」


直後、神々しいまでに目映い黄金の半円扉が現れ、中からオレンジ色のローブを纏った優男が現れた。


「おやおや…。随分大変なことになってますねぇ」


男は瞬時に状況を把握し、右手を掲げて呪文を唱えた。


「“氷結フリージング”!」


辺りは凄まじい冷気に包まれ、白い闇が瞬く間に広がっていく――――


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