第43話 失敬な!誰が短小だ!
凍てつく氷霧の中、数十体の氷の像が乱立している。
陸人のすぐ近くにも一体立っている。口を開け、驚いた表情のまま氷の中に閉じ込められているのは紛れもなくロティーだった。他のダークエルフ達も、全員氷漬けになっている。
「急速冷凍機も顔負けの凍結技術ね。今度マグロでも冷凍してもらおうかしら」
頷きながら感心しているエレミアは、立ち込める白い氷霧を目にしたせいで呪いが発動し、幼女化していた。
「ジュラール様!よくぞ助けに来てくださいました!」
情けない声を出しながら、ワイト長官と手下達がジュラールに駆け寄ってくる。
「さぁ、氷結魔法の効果が切れないうちに脱出しましょうか。ああ、その前に鎖を外さないといけませんね」
ジュラールは陸人達一人一人の両手に手を翳し、「“
それから息つく間もなくロッドを手中に出現させ、両手で持って床に少し大きめの魔方陣を描き始める。
上級魔法を駆使し、電光石火の早業でテキパキと作業をこなしていくその姿は、まさにベテラン魔法使い。同じ魔法協会の者でもワイト長官達とは桁違いの実力だ。
「さぁ、できましたよ。皆さん、魔方陣の中に入ってください」
ジュラールは十人全員を魔方陣の中に呼び寄せると、ロッドの先を真上に向けて、最後の呪文を唱えた。
視界は揺らめき、温かい光が陸人達を包み込んでいく――――
「あいたっ!」
陸人は硬い地面の上に投げ出され、尻餅をついた。
目の前には見覚えのある大衆レストラン。真夜中なので、今は閉店中だ。
どうやら彼らはカンパナの町に戻ってきたらしい。
「いやぁ、危ないところでしたね」
ジュラールはヘラヘラ笑いながら、陸人達をざっと見回した。その視線はやがてオーガストを捉え、彼一人に焦点が絞られる。
「しかし驚きました。緊急事態でやむを得ない状況だったとは言え、まさか兄上の方から連絡をくださるなんて。やはり昨日コネクティングカードをお渡ししておいて正解でした」
「え…?“兄上”?」
陸人達は怪訝そうに眉を寄せ、オーガストとジュラールを交互に見た。
「おじさん、どういうこと?」
「いやぁ、その――――」
口ごもり、決まり悪そうに頭を掻くオーガスト。
「私の方からご説明させていただきましょう」
ジュラールはオーガストの横に立ち、改めて挨拶を始めた。
「私は魔法協会副会長のジュラール・マロウディ。魔法協会会長の息子であり、ここにいるオーガスティン・マロウディの弟でもあります。元々副会長の座には兄が就く予定だったのですが、就任を目前に失踪してしまいまして、繰り上がりで次男の私が就任したのです」
彼は言葉を切り、厳格な顔つきでオーガストに詰め寄った。
「兄上、一体あなたはいつまで遊んでいるつもりですか?もう六年ですよ、六年!いい加減流浪人はやめて実家に戻ってください。でないと本当に凶悪犯として全国で指名手配しますよ!」
「ああ、うるさいな…。わかった、わかったよ!」
煩わしげに耳を塞ぎながらも、一応オーガストは首を縦に振ってみせた。
「ご理解いただけたようでよかったです」
ジュラールは満足げににんまりと微笑み、
「それでは今から協会本部までご同行いただきましょう。父上も会いたがっておりますし…」
「は?!今から?!それは困る!」
オーガストはジュラールの手を振りほどき、慌てて陸人達の背後へと回った。
「俺はまだ戻るわけにはいかないんだ!こいつらと共にやり遂げなければいけないことがあるんだ!」
ジュラールは呆れたようにため息をついた。
「なんですか、また全国ツアーですか?それともインディーズ・ムービーの製作ですか?何度も同じ手には引っかかりませんよ」
「違う!話せば長くなるんだが、とにかく今はタイミングが悪いんだ!」
ちょうど雲が途切れ、闇を裂くように月が顔を覗かせた。いつものごとく、シメオンが羊に変身する。
陸人達は見慣れているので無反応だったが、ジュラールやワイト長官は声も出ないほど仰天していた。
「あ…兄上、どういうことですか、これは?」
「
「え?あれは特殊メイクでゾンビ役に扮していたのではないのですか?」
「ゾンビではないっ!河童だ!」
「どっちでもいいですけど、それが兄上の言う“呪い”なのですか?」
「そうだ。俺達はその呪いを解くため、旅を続けている。それはもう、涙なくして語れない、過酷で壮絶な旅だ。お前の耳にも入っているかもしれないが、ジャン・ギッフェルの秘宝と呼ばれる五つの石を集めていてな…」
“石”という言葉を聞き、シメオンがハッとしたようにワイト長官に向き直った。
「色々ありすぎてすっかり忘れてたぜ。おいアスパラ!いい加減盗んだ石を返せよ!」
「石?はて…何の事だかさっぱりわからんな」
「おじさんがパンツの中に入れてる石のことだよ」
「は?!誰がそんな場所に入れるか!」
「何?パンツの中に石を入れているのか?!」
オーガストがわざとらしく驚いてみせる。
「いくら短小なのが悩みでも、石をパット代わりに使うのはいかがなものかと思うぞ?」
「失敬な!誰が短小だ!」
「パ…パルドラス長官…」
ジュラールの怪訝そうな表情に気付き、ワイト長官は慌ててブーツを脱ぎ、中から巾着袋を取り出した。
「ほら、石はここだ!股間になど入れておらん!わかったか、馬鹿共!」
「パルドラス長官」
ジュラールは満面の笑みを彼に投げかけ、穏やかだが威厳のある低い声音で言った。
「その馬鹿共に、ちゃんと石を返してあげてください。窃盗は犯罪ですよ?」
「ジュラール様…」
上司の命令に背くことはできず、ワイト長官は泣く泣く巾着袋を陸人に返した。
「それでは兄上――――」
ジュラールは一つ咳払いしてから、念を押すように語気を強めた。
「仕方ないので今回も見逃してあげましょう。ですがその呪いが解けたらすぐに帰ってきてもらいますからね。次はどんな言い訳も聞きませんから、そのつもりで」
「おお…感謝するぞ、ジュラール」
二人は抱擁を交わし、再会を誓って別れた。
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