第40話 この薄情者っ!

 首飾りをつけていない陸人達に気付き、ロティーはやれやれと吐息をついた。


「どうやら気付かれてしまったみたいですね…」


「ロティー…」


陸人は吊るされているワイト長官達とロティーを交互に見やりながら、


「これ、君の仕業なの?」


ロティーはふっと嘲笑を溢し、右手を掲げて黒い光の球を宿した。


「ただのおちゃらけた連中かと思っていましたが、そうではなかったみたいですね。逃げられる前に、手を打っておきますか」


彼女の手に宿る光の球が何なのかはわからないが、食らったらかなりヤバそうだということくらいは陸人にもわかった。


「ちょっ…待ってよ、ロティー!早まっちゃダメだ!」


「そうよ、いったん落ち着きましょう」


エレミアも同調し、交渉を持ちかけようとする。


「あなたがこういう趣味を持っていることはここだけの秘密にすると約束するから、私達のことは見逃してくださらない?」


「“こういう趣味”…?」


ロティーはしばし黙考した後、ふいにハッと気付いて顔を赤らめた。


「違います!そのおじさん達は逃げられそうになったから拘束しているだけです!私は別にそういう趣味ありませんからっ!」


声を荒らげて一気に捲し立てると、「もう怒りましたよ」と言って光の球を宿した右手を頭の上まで上げた。光球が、どんどん大きくなっていく。


「まずい…!早く逃げないと!」


「あのヤバそうな球からどうやって逃げるんだよ!」


「二人共落ち着いて。取り合えずバリアを張るわ」


突き出したエレミアの右手から紫がかった半透明の壁が現れ、ドーム状に広がって陸人達を覆う。


強靭な結界は見事ロティーの攻撃を防ぎ、光球を木っ端微塵にした。


「よし、このまま逃げるぞ!」


シメオンの掛け声と共に、陸人達はバリアに覆われた状態で一斉に駆け出した。


「無駄ですよ」


ロティーが冷たく言い放つ。


「あなた方がこの城から脱出するのは無理です。もうじき薬が効いて動けなくなる頃でしょうからね」


「薬だと?」


シメオンが立ち止まり、キッとロティーを睨み付ける。ロティーは得意気に大きく頷いた。


「ええ、そうです。アレーナがあなた達に提供した飲み物には、痺れ薬が混ぜられていたんですよ。ふふふ…そろそろ指先が痺れ始めてきたんじゃないですか?」


「は?全然痺れなんてないぞ」


「は…?そんな馬鹿な!」


「はは…残念だったな。俺はその手の薬には訓練で慣らされてんだよ」


「くっ…!私としたことが、あなたが元騎士であることを失念していました…」


「“元”じゃねーよ!勝手に退役たいえきさせんな!」


ロティーはシメオンを無視し、陸人とエレミアに視線を向けた。


「あなた達二人にはちゃんと効いているはずですよ」


「それは有り得ないよ」


けろりとした顔で陸人が返す。


「だって僕、オレンジジュース嫌いだから飲んでないし」


「は?!」


「私もあのカクテルは飲んでないわ。なんだか怪しいと思ったから、こっそりアレーナさんの飲み物と取り替えたの」


「はあぁぁ?!何なんですか、あなた達!」


ロティーは怒りとショックに体を震わせている。


「さ、早いとこ逃げよっか」


再び身を翻した陸人達に向かって、ロティーが声を張り上げる。


「絶対逃がしませんよ!」


彼女がパチンと指を鳴らすと共に、何もなかった石の壁に大きな穴が開き、中から大柄な男が現れた。そう、ロティーの兄ロックである。


「お兄様!そのふざけた連中を捕まえてください!」


「お安い御用だ、妹よ」


ロックが右手にロティーよりも巨大な光の球を宿し、陸人達に一歩ずつ歩み寄ってくる。


「喰らえ!“デュアルダークボルト”!」


巨大な光球が勢いよくバリアに撃ち込まれる。どうにか攻撃は跳ね返したが、衝撃によってバリアは崩れてしまった。


間髪開けず、ロックがまた新たな光球を手に宿す。少々時間を掛け、先程よりもさらに大きく威力のあるものを作っているようだ。


「おい、エレミア…」


シメオンがバリアを張るよう彼女を促す。しかし彼女は難色を示した。


「あれを防ぐにはより丹念に頑丈なバリアを張らないといけないわ。だけど今は時間がない」


「じゃあ…どうするの?」


「大丈夫、まだ最後の手段が残ってるわ」


エレミアは十字架を外し、指先でポンと弾いた。


十字架が、みるみるうちに権杖けんじょうへと変形していく。


彼女は素早く権杖を握り直し、その先端を床に突き立てた。


「そっか!転移魔法を使うんだね!」


「石は取り返せなかったが、この際やむを得ないな」


「ちょっと、あなた達!仲間を置いて逃げるつもりですか!彼がどうなってもいいんですか?!」


ロティーは少々慌てている様子だ。


「仲間…?ああ、あのエロ河童か」


「おじさんのことすっかり忘れてた。どうする?」


「ほっといても心配ないだろ。あいつの生命力はゴキブリ並だ」


「それもそうだね」


「この薄情者っ!何なんですか、あなた達は!どうしましょうお兄様?!」


「落ち着け、妹。転移魔法なんてこの俺様が絶対に使わせねーよ」


ロックは右手を突き出し、魔方陣を描いているエレミアに向かって呪文を唱えた。


「“ダークチェイン!捕縛せよ!”」


ロックの手のひらから漆黒の鎖が二本放たれる。鎖は触手のようにうねりながら、猛然と床を這い、あっという間にエレミアの両手に絡み付き、動きを封じた。


「んっ…ダメだわ。これじゃ魔方陣が描けない…。足を使おうかしら?」


「無駄だよ、お嬢さん。ダークチェインは魔法の使用も封じちまうから、たとえ魔方陣を完成させたとしても発動できねーよ」


「くそっ、邪魔するんじゃねーよ、このデカブツ!」


「そうだ、そうだ!早くエレミアを離せよ、この変態鎖野郎!」


さすがにロックもカチンときたようで、こめかみに青筋を浮き立たせている。


「俺様を本気で怒らせるとは良い度胸をしてんじゃねぇか」


ロックは空いた左手を広げ、その大きな手のひらに黒い光の球を宿し始めた。


「俺のスペシャルダークボルトで、全員まとめて全身麻痺にしてやるよ!」


男の姿が、徐々に変化していく。肌は浅黒く、耳は尖り、髪は鉛色に、瞳は淀んだ朱殷しゅあん色になり、白い唇の端からは鋭い牙が飛び出している。


「えっ?!何々?!進化?進化したの?」


「もしくは急激な老化かもしれないわ。妖精は基本的に不老長寿だけど、死ぬ間際には一気に老け込むというし…」


「そんなわけあるか!少しは怖がれよ!」


ロックは激怒しながら突っ込んだ。咳払いをし、気を取り直して話し始める。


「この際だから冥土の土産に教えてやるよ。俺様は妖精じゃない。人間の血肉を食らう闇の生き物、ダークエルフだ。妖精に化け、親切そうな顔をして人間に近付くってのが常套手段だ。勿論お前らが渡っていた吊り橋が壊れたのも単なる偶然じゃねぇ。人が通ったらケーブルが千切れるように、俺達があらかじめ仕掛けておいたんだよ」


「な…なんだって…?!」


陸人の顔から、サッと血の気が引いていく。


「くそ…。やっぱりろくなことがねぇじゃねーかよ」


シメオンも若干焦っているようだ。


「なるほど…」


エレミアだけは落ち着いた様子で頷いている。


「これから本当の“肉祭り”が始まるということね」


「呑気に納得してる場合か!」


シメオンは描きかけの魔方陣から一歩出て、剣を構えた。


「どうやら戦うしかないようだな」


「“戦う”?」


ロックが鼻先でふっと笑う。


「そんなちっぽけな剣で俺達を倒そうってか?ふっ…笑止千万!お前に勝ち目はねーよ!」


「それはどうだかな!」


シメオンが床を蹴って高く飛び上がる。


そのままロックの頭上目掛けて剣を振り下ろす――――かと思いきや、彼の肩を踏み台代わりにし、そのまま数メートル先まで飛んでロティーの背後へ回った。


「しまった!」


ロックが振り返った時には、すでにロティーはシメオンの人質になっていた。


「ふふふ…」


ロティーの首に剣を押し当てながら、シメオンがニヤリと邪悪な笑みを浮かべる。


「いいか、デカブツ。妹を傷付けられたくなかったら、大人しく――――」


「私を人質に取るなんて馬鹿ですね、あなた」


突然ロティーがくつくつと笑いだした。


「な…なんだと…?」


面食らうシメオンに対し、ロティーが呪文を唱える。


「“ダークスパーク!感電せよ!”」


ロティーの体からバチバチと放たれた黒い火花がシメオンを襲う。


「うわぁぁぁっ!」


シメオンは感電し、気絶してその場に崩れ落ちた。









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