第39話 じゃあ僕、今からドラゴン使いってこと?!

 陸人達はエレベーターに乗り、今いる一階から寝室がある三階まで一気に上がった。


が、扉が開いた瞬間――――


「うわっ!」


突然扉の外から、一匹のコウモリが勢いよく飛びこんできたのである。


コウモリは陸人の顔面に翼で一撃入れてから、後ろ足で器用に地下二階のボタンを押した。扉が閉まり、エレベーターは急降下する。


「おいっ!何なんだ、コイツは!」


「知らないよ!とにかく捕まえよう!」


するとコウモリは瞬時に舞い上がり、陸人達の手の届かない天井へと移動した。


「くそ~!すばしっこいコウモリめ!」


「陸人くん、あれはコウモリじゃないわ」


空中で優雅にホバリングするコウモリを指差しながら、エレミアが指摘する。


「見て、オレンジ色の首輪をつけているわ。長官さんの使い魔であるドラゴンがつけていたものと同じものよ」


「え?デンスケって名前のあのドラゴン?まぁ、言われてみればちょっとドラゴンっぽいかも…」


「デンスケじゃなくてゴンスケだろ。つーかなんでこんなに小さくなってんだよ」


「動きやすいように魔法で大きさを変えたんじゃないかしら」


「確かに、元の大きさじゃ城内を移動できないもんね」



 地下二階に到着し、コウモリ―――もといミニドラゴンは降りろと言わんばかりに陸人の後頭部を爪でつつき回した。


「いててててて!痛いって!やめろよ!」


「はは…お前のことが気に入ってるみたいだな」


「笑いごとじゃないよ!これ、すっごい痛いんだから!」


「陸人くんの頭に穴が開く前に降りましょうか」


三人はゴンスケの命令に従ってエレベーターを降りた。


陸人達が前を歩き、ゴンスケがせっつくようにすぐ後ろからついてくる。


地下というと薄暗く冷たい石畳みの廊下をイメージするが、この妖精の城はそうではないようだ。廊下は煌々と明るく、床はどこまでもピンクと水色の市松模様のタイルで覆われている。


「ねぇ、僕らどこに連れて行かれるんだろう?」


明るくファンシーな空間とは裏腹に、陸人は些か不安になってきた。


「そうだな…。地下と言えばやっぱり座敷牢だろう」


「もしくは拷問部屋かしら?」


「ええっ!怖いこと言わないでよ!」


ふいにゴンスケが陸人の首根っこを引っ張り、ギャアギャアと騒ぎ始めた。


「今度はなんだよ、うるさいなぁ…」


「おい、陸人…」


シメオンは陸人が背負う風呂敷を見やりながら、


「巻物が光ってるぞ」


「え?」


陸人はすぐそばにある板チョコレートのような形のドアに目をやった。


「もしかして、ここがあのモヒカンおじさんの部屋なのかな?」


「ああ、違いねぇ」


「だけどなんで僕らをわざわざここまで案内してくれたのかな?」


「ご主人様を裏切って、陸人くんに鞍替えしたんじゃない?」


「えっ?じゃあ僕、今からドラゴン使いってこと?!うわぁ、それって超カッコいいじゃん!なんか俄然テンション上がってきた!」


「はっ…!“ドラゴン使い”か。どっちが手綱を握ってんのかわかんねーけどな」


「え?それどういう意味?」


「気にしないで、陸人くん。取り合えず扉を開けてみましょう」


「うん、そうだね」


陸人は一二の三で扉を開け、中に踏み込んだ。


「アスパラガス長官!覚悟!」


視界に飛び込んできたのは、やはりパステルカラーを基調とした可愛らしい部屋。


ワイト長官達の姿は見えないが、部屋の一角を仕切る怪しげなピンクのカーテンが設置されている。


「ふっ…見るからに怪しいカーテンだな。そんなところに隠れたって無駄だぜ!」


シメオンは布の端をむんずと掴み、カーテンを全開にした。


そこにいたのは、見紛うことなくワイト長官とその手下達だった。


しかしどういうわけか全員両手首に鉄の枷を掛けられ、立ち姿勢のまま天井から鎖に吊られていた。おまけに半裸で猿轡まで噛まされ、羞恥と苦痛に顔を歪ませて悶えている。


見るに堪えない光景をいったん視界から追い出すため、シメオンは取り合えずカーテンを閉めた。


陸人とエレミアに向き直り、やや動揺した様子で問い掛ける。


「おい、ヤバくないか、アレ・・…?」


「うん。S・Mプレイの類いだよね。拘束プレイかな?それとも緊縛プレイかな?」


「いえ、あれは放置プレイじゃないかしら」


「誰もそんなこと聞いてねーよ!お前らには危機感ってもんがないのか!あいつらがここでこうして捕まってるってことは、俺達もいずれ捕まるかもしれないんだぞ!」


「ええ。それは薄々気付いていたわ」


エレミアは急に真面目な表情を浮かべ、自分の花首飾りをそっと外した。


「お…おい、何やってんだ!」


「放射能浴びちゃうよ!」


突然の彼女の奇行に陸人達は思わず面食らってしまったが、エレミア本人は涼しい顔でそこに立っている。


「あれ…?もしかして君も放射能に耐性あるの?」


「あの話はロティーの出まかせよ。一時いっときでも首飾りを外させないために、言葉の呪縛で私達を戒めたのよ。あなた達もそれを外してみれば真実がわかるわ」


陸人とシメオンは顔を見合わせ、互いに頷いてからゆっくりと首飾りを外した。


「あ…!」


目の前に広がるファンシーな空間が、一瞬にして崩れ去る。


ピンク色のカーテンは薄汚れたすだれに、花柄の絨毯は冷たい石畳へ――――


「なるほどな…。俺達はずっと偽物の世界を見せられてたってわけか」


「ええ。太陽と月以外は、すべて幻でしょうね。花畑で白い花を見ても呪いが発動しないから、おかしいと思っていたの」


「だけどさ、ロティー達は僕らをどうするつもりなんだろう?」


「知るかよ。どうせろくでもないことに決まってる。んなことより、さっさと石を取り返してこの城からずらかるぞ」


シメオンが再度カーテンを開き、ワイト長官に向かってニヤリと笑いかける。


「さぁて…今度こそ石を返してもらうぜ」


「今は持ってないんじゃないかな。上着剥ぎ取られちゃってるし」


「ズボンは履いてる。ポケットの中にも入れられるだろ」


「アスパラおじさんのズボン、ポケットついてないみたいだけど」


「チッ…。じゃあ、ズボンの中を確かめるしかないな」


「そうだね。―――って、誰がやるの、それ?!」


突然ワイト長官が体をくねらせ、両目を見開きながら大きな唸り声を上げた。


「シメオンがパンツ脱がすとか言うから興奮してるんだよ」


「言ってねーよ!」


「“焦らし気味に脱がしてくれ”―――ですって」


「だから脱がさねーよ!」


すると、ワイト長官に続いて他の手下達も騒ぎ始めた。


「どうしたんだろう、みんなして」


「おい、何か様子がおかしくないか?」


「まさか―――」


シメオンとエレミアが同時に背後を振り返る。陸人もつられて振り向いた。


部屋の入り口に、タンポポ色の髪の少女が立っていた。口元に、不気味な笑みを携えて。




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