第30話 貴様など冷凍ポークステーキにして肉屋に売り飛ばしてくれるわ!

「忌まわしい小童こわっぱと豚め!わらわのコレクションルームをけがしおって!もう許さん…!許さんぞ!」


マシュマロウは烈火のごとく怒り狂い、手に持つ氷のロッドを陸人達に真っすぐ向けた。


「貴様ら全員、この場で氷漬けにしてくれるわ!」


ロッドの先からじわじわと白い冷気が噴出し始める。


「どうしよう…!吹き溜まりおばさんの顔にいっぱいムカつきマークがついてるよ!」


「問題ない」


大あくびをしながらオーガストが呑気に言う。


「年配のご婦人というのは、常にイライラしているものだ。放っておけばそのうち機嫌も直る」


女王の眉が、ピクリと動いた。


「誰が更年期のババアじゃ!このハゲ!」


「え?!言ってないですよ、そんなこと!何勝手に脳内変換してるんですか?!」


「黙らっしゃい!貴様も一緒に氷漬けじゃ!」


「えええ!そんな理不尽な!」


「落ち着け、お前ら」


シメオンが声を低めて囁く。


「まだ奥の手が残ってる」


「奥の“手”?」


陸人とオーガストはシメオンの四肢を一瞥し、顔をしかめた。


「それ、全部足だよね…?」


「もしや、その分厚い毛皮の中に“手”と呼べるモノを隠していたのか?まさか触手か?!触手なのか?!」


「あるか、そんなモノ!言葉の綾だ!」


シメオンはいったん咳払いして気を取り直し、


「おい、エレミア。それをちょっと貸せ」


と彼女の十字架を顎でしゃくった。


エレミアは快諾し、シメオンの角にふわりと十字架をかけた。


「後でレンタル料5000メルンね」


シメオンはその言葉を聞き流し、吹き溜まりの女王に向き直って不敵な笑みを投げ掛けた。


「ふっ…。観念しろ、氷塊ひょうかいの夜叉よ。今から貴様に阿鼻叫喚の地獄を味わわせてやる」


「はん…!小癪な豚め!」


女王のこめかみに青筋が浮かび上がる。


「貴様など冷凍ポークステーキにして肉屋に売り飛ばしてくれるわ!」


「おっと、そんなことをしようものならこのデストロイ・クロスが黙っちゃいないぜ?」


「何…?」


「これは貴様のような傍若無人な醜女しこめを一瞬で灰燼と化する裁きの神器なんだよ。なんなら今すぐ使ってやってもいいんだぜ?」


「やっ…やめんか―――それをわらわに向けるな…」


女王はとたんに及び腰になった。


「じゃあこっちの条件を飲んでもらおうか」


シメオンが女王の髪飾りの一つに焦点を当てる。


「その紫銀の石を渡せ」


「断る!これはわらわが幼少から大切にしている装身具じゃ!」


「拒否するというのなら、やむを得ん。貴様にはデストロイ・クロスの裁きを受けてもらおう」


「―――ひいィっ!わ…わかった!渡せば良いのじゃろう…!」


女王はデルタストーンをこちらに向かって投げ捨て、そのまま身を翻して逃げて行った。


その後ろ姿を見やりながら、シメオンが勝ち誇ったように薄ら笑いを浮かべる。


「ふっ…見たか。白銀の氷輪団第一部隊隊長シメオン・ヴァロシャーツ様の力を!」


陸人はデルタストーンを回収し、少々呆れたような目で彼を見つめた。


「シメオン、君って中二病患ってるの?」


「は?ちっ…ちげーよ!」


「だって…。“デストロイ・クロス”とか“氷塊の夜叉”とか、いかにもじゃん」


「うっせーな!どうにか命拾いしたんだから感謝しろよ」


「いいえ、新たな問題が発生したわよ」


エレミアはシメオンの角から十字架を回収し、それを陸人達の目の前に突き付けた。


「あれ…?十字架が光ってる…?」


「なんで光ってるんだ?」


「隊長さんが灰燼の呪いを発動させる呪文を唱えたからよ」


「は?!俺は唱えてないぞ」


「唱えたわ。さっき独り言で自己紹介をした時に」


「まさか―――“シロガネ”か?それとも“ヒョウリン”か?」


「いいえ、“オンヴァロ”よ」


「俺の名前の一部かよ!?そんな偶然あるのか?!」


「そんなのどうでもいいから早く逃げようよ!幸い吹き溜まりのおばさんは扉を開けっ放しにして出ていってくれたし――」


が、扉に目をやった陸人は愕然とした。なぜか扉がまた閉まっている。


「えっ?どういうこと?!」


「さっき強風が吹いた時にまた閉まっちまったみたいだな」


まだ灰燼の呪いの本当の恐ろしさを知らないオーガストは呑気にしている。


「そう焦る必要はない。そのデストロイ・クロスとかいうアイテムは傍若無人な醜女しか裁かないんだろう?」


「違うよ、おじさん。あれはシメオンがかっこつけるために作った嘘。本当は半径5メートル以内のもの全てを燃えカスにしちゃう超ヤバいものなんだよ!」


「何?!超緊急事態じゃないか!」


「だからさっきからそう言ってるじゃん!」


「あと十秒で発動するわよ」


「ああああ!どうすればいいんだ!…というかエレミア、君はなぜそんなに落ち着き払っているんだ?!」


「エレミアは海馬の毛100%で作られた呪い除けの服を着てるからだよ!」


「何だと?!一人だけずるいぞ!こうなったらスカートの中に隠れさせてもらおう!」


「馬鹿め。その図体じゃ、せいぜい頭しか入らないだろ」


とうとう観念したのか、シメオンは馬の腹の下で四肢を折りたたんで大人しくしていた。


「そうだよ、おじさん…。最後まで見苦しいよ」


「…そうだな」


陸人達も覚悟を決め、シメオンの両隣りに腰を下ろした。


「そうだ…死ぬ前に念仏を唱えておかなければ…」


オーガストは今生の罪を悔い改めるように両手を合わせ、ぶつぶつ唱え始めた。


「無病息災、一日一善、豊年満作、千客万来…」


「“南無阿弥陀仏”じゃないのかよ!」


と、シメオンが突っ込んだその時――――


十字架の先端から、怒涛のごとく黒い煙が噴出した。焼けるような熱さを肌に感じると共に、辺りは暗黒に包まれる。








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