第29話 今できることは寝ることだけだよ

 陸人達はいったん城を出て裏手に回った。スモアの言っていた通り、そこには厩舎らしき建物が設置されており、中から馬のいななきが聞こえてくる。


ぴったりと閉ざされた扉はやはり鍵が掛かっておらず、簡単に中へ入ることができた。


厩舎の中に仕切りはなく、藁の敷き詰められたスペースを白い馬達が所狭しとひしめき合っている。パッと見た限り、オーガストの姿は確認できなかった。


「うわ…。鮨詰め状態だね。おじさんはどこにいるんだろう?」


「あいつのことだから、もうとっくに逃げてるんじゃないか?」


「それはないでしょう」


エレミアはシメオンの考えを否定し、背後の扉をトントンと指で叩いた。


「この扉は内側から開かないようになっているわ」


「なんだと?!」


「それ、すごくヤバいじゃん!」


「転移魔法は使えないのか?藁をササっとよければいけるんじゃないか?」


「こんな満員電車みたいなところで魔法陣は描けないわ」


「おい、これ以上この世界の設定を破壊するなよ?」


いつものごとく騒いでいると、突然厩舎の奥から何者かの呻き声が聞こえてきた。馬を掻き分けて奥へ進んでみると、藁に寝転んでいる河童の姿が見えた。


「オーガスト!」


陸人に大声で呼びかけられ、オーガストがびっくりして身を起こす。


「はいはいはい!俺は別にサボってなんかないっすよ!ちょっと休憩してただけ――――って…なんだ、君達か…」


オーガストは陸人達に視線を走らせながら、ふいに気付いて首を傾げた。


「寝起きで頭がぼうっとしているせいかもしれんが…なんだかエレミアが偉く小さく見えるな」


「遠近法の効果よ」


「おお、そういうことか!」


「ちげーよ!」


「違うのか?」


「うん、実は――――」


陸人は手短かに事情を説明した。


「なるほど、そういうことだったのか。だけどよかったじゃないか、無事に檻から脱出できたんだから」


「今はここに閉じ込められちゃったけどね」


「そうだな。しかし外と違って凍死する心配はないぞ。ここは馬がたくさんいて温かい」


朗らかに笑って、オーガストが背後の白馬の尻を軽く叩く。


「確かに温かいといえば温かいが…」


シメオンは相変わらず難渋さに満ちた表情だ。


「このままじゃ、一生馬小屋生活だぞ」


「そのうち脱出できる日が来るさ」


「どうやって脱出するんだ?」


「それは…アレだ。春になって暖かくなったら、この厩舎も解けるだろう」


「ふざけるな!そんなに待てるか!」


オーガストは目を閉じ、再び寝る体勢に入った。


「おいっ、寝てんじゃねーよ!」


「いいじゃん、シメオン。考えるのは明日にしよう」


「寝れるときに寝ておいた方がいいわ」


いつの間にか陸人やエレミアも藁の上でまどろみ始めていた。


「こら!お前らまで寝てんじゃねーよ!」


「んー…。だって起きてたってやる事ないし。今できることは寝ることだけだよ」


「そうよ。春になるまで冬眠しましょう」


「ふざけんじゃねー!」


と、シメオンが激怒したその時だった。


厩舎の外から、ドシンドシンと象のような足音が近づいてきたのだ。


足音と共に厩舎が大きく揺れるので、さすがに陸人達も目を覚まさずにはいられなかった。


「なんだなんだ…雪崩か…?!」


「もしかして、あの吹き溜まりのおばさんが来たんじゃない?」


「ああ、あの化けウサギが俺達のことをチクったんだろう」


予想は大当たりだった。開け放たれた扉の向こうから般若のような形相で現れたのは、紛れもなく吹き溜まりの女王マシュマロウだった。

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