第2話 しけてんなー
頬を撫でる心地よい風、眩しい太陽、そして喧騒。
目を開けると、陸人は大きな通りの真ん中に立っていた。周囲には広場や大聖堂、市場、カフェテリア、さらには射的場や賭場などの遊び場もある。中央に設置された巨大な噴水の周りには整備された道があり、人や馬車が所狭しと行き交っていた。
「あれ?スペシャルギフトはどこ?――っていうか、僕はなんでこんな中世の町みたいな所に立ってるんだろう?」
わけがわからないままきょろきょろと辺りを見回していると、親切そうな婦人が声を掛けてくれた。しかし知らない国の言語なので、陸人には彼女が何を言っているのかわからない。
「何語喋ってるんだろ。英語通じるのかな?“ハウアーユー?”」
女性は首を傾げていた。
「やっぱ通じないか。うーん…」
ふいに女性が視線を落とし、陸人が手に持つ巻物を指さして何か言った。
「ああ、これは巻物…。って言っても外国人にはわかんないか」
陸人は中身を見せようと巻物を広げた。いつのまにか先程の広告は消え、巻物はまた白紙に戻っている。
「あれ…広告が消えてる…。なんで…?」
眉を寄せて唸っていると、突然紙の真ん中に文字が浮かび上がった。
“ジャン様の言語記憶をインストールしますか?”
「ジャンサマって誰だろ?まぁ、いいや。じゃ、お願いしまーす」
ほんの一瞬、脳が揺さぶられるような変な感覚に襲われたが、それ以外は特に体に変化はない。
「大丈夫?一人でおうちに帰れる?」
「えっ?」
先ほどまでわからなかった女性の言葉が、今は嘘みたいに理解できる。
「えーと…大丈夫です。それより、ここどこですか?なんていう国の、なんていう町ですか?」
「え?どこって…トライデント王国最大の発展都市、クレヴィエよ。あなた本当に大丈夫?」
こちらが発する言葉も通じているらしい。
陸人はもう一度巻物を広げた。また白紙に戻っている。
「その紙、何も書いてないけど…?」
女性は訝しそうに眉を寄せ、そのまま何も言わずに去っていった。
「トライデント王国なんて聞いたことないなぁ。一体、何がどうなってるんだろう」
数分ほど熟考した後、陸人はハッと閃き、ある結論へと達した。
「そうか、これは俗に言う“異世界転移”というやつだな。さっきあの【今すぐココをクリック】を押したからか。くそっ!あれは当選詐偽だったのか!だけど、どうやって日本に帰ればいいんだろ。まぁ、焦っても仕方ないか。取り合えずその辺見て周りながら考えよう」
子供の適応能力恐るべし。
「あっ、良い物見っけ!」
陸人は誰かがベンチに置き忘れて行った食べかけのポップコーンをちゃっかりゲットした。そしてそれを片手にメインストリートに立ち並ぶ店屋をざっと見て回った。
「なんだろう、あの店すごい人が集まってる。行ってみよう」
陸人の目に留まったのは射的場だった。
主に若い男性陣が、遠く離れた台の上に設置してある景品を撃ち取ろうと必死になっている。
彼らが必死になって狙っているものは人形や玩具ではなく、一つ一番遠い場所に設置してある親指ほどの小さな旗だった。
「あの旗に当てると何がもらえるの?」
陸人は見物人の若い男性に尋ねてみた。
「金さ」
「金っていくらくらい?」
「五万メルンだ」
「五万メルンてどのくらいの価値あるの?このポップコーン何個くらい買える?」
「あ?いちいちうっせーな。500個くらいは買えるだろ」
「ほんと?僕もやりたい!お兄さん、一回だけでいいからやらせてよ。僕、お金持ってないんだ」
陸人は男性の服にしがみついて激しく揺さぶった。
「うるせーっつってるだろ!」
案の定、男性はキレた。
「ガキのお守りしてるほど俺は暇じゃないんだよ。あっちへ行きな、しっし!」
「ちぇっ、ケチ!」
陸人は射的場を離れ、再び噴水の近くに戻ってきた。ベンチに腰掛け、先ほどの若い男からこっそり抜き取った財布の中身をあらためる。
「三千メルンか。しけてんなー」
などと文句を言いながら、取り合えず腹ごしらえしようと近くの大衆レストランに入った。
店の中は多くの客で賑わっていた。
かろうじて空いていた奥の二人掛けのテーブルにつき、比較的安価なひき肉オムレツサンドと牛乳を注文する。
料理を待ちながら、退屈しのぎに巻物を机の上に広げてじっくりと観察してみた。
今は白紙状態だ。
「どうやったら元の世界に戻れるんだろう?」
陸人は一つ咳払いしてから、もう一度呪文(?)を唱えてみた。
「“莫大な力を秘めし白紙の巻物よ、我が前に汝の真の姿を現せ”!」
すると、みるみるうちに文字が浮かび上がってきた。
『詐偽広告に騙されて落ち込んでいるそこのあなたにオススメ!宝探しで一攫千金!金銀財宝ゲットだぜ!詳細は【今すぐココをクリック】』
「誰のせいで落ち込んでると思ってんだよ!っていうかさっきから“クリック”ってなんなんだよ!どこにもマウスなんて付いてないだろ!」
怒涛のツッコミを入れながらも、これ以上悪くなることはないだろうと、指を【今すぐココをクリック】に当ててみる。
文字がパッと消え、今度は歪な形の黒い紋様が浮き出始めた。
陸人は巻物を両手で持ち、顔を近づけた。
浮き出た紋様は大陸の地図のようで、あちこちに様々な色のバツ印がつけられている。
さらに紙面の上部には太字で“トライデント王国”と刻まれていた。
「ふーん、この巨大な大陸全部がトライデント王国なんだ。僕が今いる場所、どこかな?あのおばさん、確かクレヴィエって言ってたっけ。あ…ここか」
クレヴィエはトライデント大陸西部の海外沿いに位置していた。その内陸側にはメラースの森という広大な森が広がり、赤いバツ印が一つ、森の中心部に記されている。
「これってやっぱり宝の地図なのかな?もしかして、お宝全部見つけたら元の世界に戻れるとか?」
「失礼」
ふいに背後から誰かが声を掛けてきた。
てっきり料理が運ばれてきたのかと思いきや、話しかけてきたのはどうみても店のスタッフには見えないラフな恰好をした男だった。
「相席しても構わないかな?」
陸人は男を上から下まで眺めた。
年は二十代半ばくらい。ゆったりとした白のズボンに、着崩した詰襟の長袖チュニック。細身だが長身で引き締まった体格で、腰まで届く長い赤髪を緩く編んで垂らしている。身だしなみは少々だらしないような印象を受けるが、朗らかで人当たりは良さそうだ。
「いいよ」
「ありがとう!」
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