第3話 ブランドものだからきっと高く売れると思うよ!

「なぁ、坊主。名前はなんていうんだ?」


男性は奇異の目を陸人に向けながら、馴れ馴れしく話しかけてきた。


「陸人だよ」


「ほう、陸人か。で、どこの少年院から逃げて来たんだ?」


「僕は脱走中の非行少年じゃないよ!っていうか、おじさんこそ誰?」


「おいおい、この顔が“おじさん”に見えるか?」


「え…?“おばさん”なの?」


「ち…違う…」


男性は怒りを押し殺しながら、


「俺はオーガスト・ロウ。二十五歳だ」


と、名前より年齢を強調して自己紹介した。


そして間を置かず、陸人の手元にある宝の地図に視線を移した。


「なぁ、陸人。お前の見てるその紙、やたらバツ印がついているけど…もしかしてテストの答案か?」


「違うよ、宝の地図」


「何?宝の地図?!」


とたんにオーガストは子供のように瞳を輝かせた。


「ちょっと俺にも見せてくれ!」


と、勝手に陸人の手から地図をひったくった。


「ひぃ、ふぅ、みぃ――ほう!お宝は全部で五つか!」


そのまましばらく宝の地図に見入っていたが、やがて陸人の冷たい視線に気付き、ハッとしたように顔を上げた。


「悪い、悪い。宝の地図と聞いたとたん、つい興奮しちまって」


オーガストが地図を陸人に返す。


「しかしそれにしても、この地図を一体どこで手に入れたんだい?」


「じいちゃんの家の床下から見つけたんだよ」


陸人は得意げにそう答え、地図上のある位置を指差して、一つ尋ねてみた。


「この赤いバツ印の場所へ行きたいんだけど、森の中にあるみたいなんだ。メラースの森の入口ってどこにあるのかな?」


オーガストは驚いたように目を見開いた。


「お前、一人でメラースの森へ行くのか?」


偉く真剣な表情だ。


「うん、そうだけど。まずいかな?」


オーガストは再び地図に目を落とし、顎に手を当てて低く唸った。


「ねぇ…」


おずおずと陸人が声をかけると、彼は顔を上げ、テーブルの端に添えてある羊皮紙と羽ペンを手に取り、丁寧に道順を書いてくれた。


「メラースの森の入口は、町から少し外れた場所にあるんだ。ここから徒歩で行くなら、だいたい一時間くらいかかるな。真向かいにゴルフ場があるから、わりと分かりやすいと思う」


「そっか、ありがとうおじさん!」


陸人は喜々として彼の書いてくれた地図をポケットにしまった。




 オーガストは陸人より早く食事を済ませ、ひと足先に店を退出した。そのあとすぐに陸人も席を立ち、注文用紙の挟まれたクリップボードを片手に支払いカウンターへと向かった。


「お会計8500メルンになります」


「は?」


支払いカウンターで2000メルンを用意して待っていた陸人は、店員から請求された金額に耳を疑った。


「今、なんと?」


「ですから、8500メルンになります」


店員は少し面倒くさそうな口調でそう繰り返すと、注文用紙の挟まれたクリップボードを少々粗っぽく手渡してきた。


クリップボードには、二枚の注文用紙が挟まれていた。


「は?!なんだよ、コレ!」


うち一枚には先ほど陸人が注文した、ひき肉オムレツサンドと牛乳、計1500メルン。


ここまではいい。


しかしどうしても納得できないのは、もう一枚の注文用紙に書かれた覚えのないオーダーだった。


トリュフ乗せフォアグラステーキ5500メルン、スフレ・グラッセ・オ・ショコラ1500メルン、計7000メルン。


「僕はこんな高い料理頼んだ覚えはないんだけど?」


「ですが、先ほどお帰りになられたお連れのお客様が、お会計はあなた様がなさるとおっしゃられておりましたので…」


「お連れのお客様…?」


陸人はしばし状況が飲み込めず呆然としていたが、すぐにハッと気が付いた。


「あのオーガストとかいう男、自分の注文用紙を僕のクリップボードに挟んだな!そうか、最初からそのつもりで僕に近づいてきたんだ。まったく油断も隙もあったものじゃない」


「あのう、お客様…」


「あ…ええと―――ちょっと足りないけど、これで勘弁して!」


陸人は全財産をカウンターに置いた。


「あのう…5500メルン足りませんが…?」


「じゃあ、この財布もつけるよ」


と、財布も出した。勿論中身は空っぽである。


「ブランドものだからきっと高く売れると思うよ!」


などと適当なことを言い、そのまま身を翻して全速力で店を出て行った。


「お…お客様!困ります!ちょっと、誰か来て!食い逃げよー!」

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