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オブリガート

第1話 二番煎じの麦茶で我慢せい!

 空山陸人そらやまりくと。都会に住む健康的な中学二年生。


季節は七月下旬。一学期が終了し、明日から楽しい夏休みを迎えようとしていた陸人に、突然母は言った。


「陸人。突然だけど、明日からママ出張で九州の方へ行かなきゃならないの。二週間帰って来られないから、その間あんたはおじいちゃんのとこ行っててね。ちょうどおばあちゃんが沖縄旅行に行ってていないから、おじいちゃんも一人で寂しいと思うし」


「は?ヤダよ!っていうか僕、一人で留守番できるよ?」


「絶対ダメ。あんたに任せておいたら家の中がどうなることか。考えただけでもゾッとするわ」


陸人の両親は五年前に離婚し、今は母と二人暮らしなのである。


「行きたくないよ、あんな田舎。ゲーセンもプールも遊園地もカフェもないじゃん」


「おじいちゃんの家にコリントゲームがあるわよ。家の近くには川もあるし、コーヒーは自販機で買えばいいでしょ?」


「遊園地は?ジェットコースターは?」


「公園の滑り台で我慢なさい」


「はぁ?!ふざけるなよー!」


「陸人!なんですか、その口の利き方は!あんたももう中学生なんだから、わがまま言わないの!」


「ちぇっ!」



 翌日、陸人は朝早くからバスに揺られて祖父母の暮らす村に向かっていた。到着したのは昼過ぎだった。


「じいちゃーん!来たよー!」


今にも崩れそうな築七十年のボロ家の玄関口で陸人は叫んだ。


ところがいくら呼べども祖父は出て来ず、返事すらしない。


仕方なく陸人は玄関の扉を開けて勝手に中に入った。


祖父の家は鍵がついておらず、常に開けっ放しなのである。


家に上がり、軋む廊下を渡って居間へと向かう。


祖父はいなかった。しかし食卓の上には手のつけていない料理の皿がそのまま放置されている。


嫌な予感が胸を過った。


「じいちゃん、まさかどっかで頓死してるんじゃ…?」


その時、台所を仕切るすだれの奥から、低い呻き声が聞こえてきた。


陸人はすぐさま台所へ走った。


そして、ようやく祖父を発見した。穴の開いた床から上半身だけを覗かせた、あられもない姿で。


「陸人…助けてくれ!」


「じいちゃん、何してるの?」


「見ての通り、床が抜けてしもうたんじゃよ」


「ふーん」


「“ふーん”じゃない!早う助けんか!」


「へぇ~。床って本当に抜けるんだね」


「おい!聞いとるのか!」


「あ、そうだ!スマホで写真撮ってSNSにアップしようっと」


「やめんか、こら!」


「はいはい、わかったよ」


孫の手を借り、ようやく祖父は床下から脱出した。


「すごいな~。床下ってこんな風になってるんだ!」


「あんまり覗き込むと落っこちるぞ」


「あ…!ねぇねぇ、じいちゃん!あそこ、何か落ちてるよ!」


「ん?石ころか何かじゃないのか?」


「違うよ。木の箱だよ。埋蔵金じゃない?」


「何?!」


祖父は目の色を変え、陸人を押しのけて床下に手を伸ばした。


回収した箱はそれほど重くはなく、埋蔵金が入っている気配など微塵も感じさせないが、何重にも紐を掛けられ厳重に密閉してある上、「開けるべからず」と書いた張り紙まで貼られている。


「これ何?じいちゃんが埋めたタイムカプセル?」


「はて…こんなもの埋めたかのう?取り合えず開けてみるか」


「えっ…。でも、開けるなって書いてあるよ。開けたとたんに煙が出てきて、おじいちゃんになったらどうするのさ」


「はっ!わしはもうじいさんだから関係ないわい!」


「は?!僕はどうなるの?」


「その時はその時だ」


祖父は笑いながらベリッと張り紙をはがして蓋を開けた。


色褪せた巻き物が一つ。他には一銭たりとも入っていない。


「なんだろ、これ?我が家の家系図かなんか?」


題箋には黒い三日月の記号が三つ。しかし広げてみると本紙はまっさらで、何も書かれていない。


「期待して損したな。さ、昼飯でも食おう」


「炙り出しかもしれないよ。ねぇ、コンロの火で炙っていい?」


「ダメだ。ガス代が勿体無い」


「ケチ!」


「ほら、さっさと手を洗って食卓につかんか」



 おにぎりにかぶりつきながら、陸人はまだあの白紙の巻物のことを考えていた。


「あの箱、誰が隠したのかな?」


「さぁな。もしかしたらこの家が建つずっと前に誰かが埋めたのかもしれん」


「何も書いてない巻物だけをわざわざ箱に入れて埋めるなんて、なんか変じゃない?」


「手紙を書いて一枚で終わってしまった時は、白紙の紙を添えるのがマナーじゃ」


「いや、あれ巻物だし。巻物添えるとか、おかしいでしょ。だいたい手紙なんて入ってなかったし」


「相当な粗忽者で、入れ忘れてしまったんじゃろ」


「ふーん…。ねぇ、やっぱりあれ埋めたのじいちゃんなんじゃない?忘れてるだけでさぁ」


「わしはそこまでボケとらんわ!そんなことより、食べ終わったらさっさと今日の分の宿題を済ませるんじゃぞ」


「もうバスの中で済ませたよ」


「そ…そうか。じゃあ午後は好きな事をせい」


「うん、そうする」


「ところで自由研究のテーマは決まったのか?」


「うん。昆虫採集して標本作るんだ」


「ほう、昆虫採集か。虫取り網なら納屋の奥にしまってあるぞ」


「網なんて使わないよ」


「ほう、素手で捕まえられるのか。都会育ちにしてはなかなかやるな」


「だって、捕まえるのはダンゴムシとか芋虫とかカタツムリだもん。素手で十分だよ」


「何?!昆虫採集の定番と言えばカブトムシやクワガタだろう!」


「えぇ~。見つけるのも捕まえるのも大変じゃん」


「はぁ~。まったく近頃の子供は…」


「それよりじいちゃん、麦茶の他に飲み物ないの?」


「冷えてないが貰い物のオレンジジュースならあるぞ」


「う~ん…。僕オレンジジュース嫌いなんだよね。キャラメルマキアートとかチャイティーラテとかないの?」


「そんなもんあるか、ボケ!二番煎じの麦茶で我慢せい!」


「ちぇ…わかったよ」



 その夜。陸人は寝室のベッドの上に胡坐をかき、真剣な顔つきで例の巻物を広げて本紙を見つめていた。


「ライターであぶっても何も浮かび上がってこなかったし、やっぱりただの白紙の巻物なのかな?」


しばし黙考したのち、ふいに思い立って陸人は口を開いた。


「“絶大な力を秘めし幻の巻物よ、我が前に汝の真の姿を現せ”」


と、その瞬間―――――


「え?」


突如紙の上に、広告のような文字がでかでかと表示された。


『おめでとうございます!スペシャルギフトが当選しました!【今すぐココをクリック】して、賞品をお受け取りください!』


「ええええ?!スペシャルギフト?!どどど…どうしよう?!」


陸人は興奮も冷めやらぬまま巻物を持って大はしゃぎしている。


「とにかくクリックしてみよう!あ…マウスとかないけどクリックできるのかな?」


胸を高鳴らせながら、ゆっくりと【今すぐココをクリック】に指を当ててみる。


触れたとたん、突如陸人の身体に異変が起こった。


ドクン――――


大きく心臓が鼓動し、同時に視界が陽炎のようにぼやけ、揺らぎ始める。


――――何だ…コレ…?


身体は宙にでも浮いたかのように軽くなり、次第に意識は遠ざかっていった。

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