怒り

「元聖闘女を名乗る者がなにしにここへ参ったのだ」


 その質問を受けたアムは素早く振り向いて剣を下から上に斬り払う。音もなく背後に迫り、振り下ろされた魔獣の前脚が宙を舞った。さらに返す刃が魔獣の頭部を両断する。


「その質問、『この国に』という意味ならば聖闘女に会うために。『この場に』という意味ならば、この狂った見世物を止めるためだ!」


 アムはリンカーの切っ先を男に向けた。


「この見世物を取り仕切るおまえは誰だ」


「見世物? これは強者育成するための国の政策の一環だ」


 ピリッとしたモノがアムから感じた。


「この国の闘士育成に外部のお主が口出しをする権利は無い」


「それで、おまえは誰なんだ?」


 そんな返しを気にすることもなく、アムは冷ややかに続けた。


「わしはこの国の王だ。ヴァルブルガ=アイク=フォーレス」


「ほう、大層立派な名前をしている割りに、やっていることは王とは思えぬイカれた政策だな」


(そのヒゲと首はおれが斬ってやる)


 怒っている。心底から。エイザーグに対してさえ助けようとしていたあのアムが。


 この世界の残虐な魔獣たちは攻撃的な特性があるにせよ、防衛行動や捕食という理由が根本にある。生きるため、護るためという部分は他の野生獣たちと大きく変わるわけじゃない。


 イーステンド王国に伝わっていた神具、蒼天至光そうてんしこうに溜まっていた邪念の大半も、魔女が持っていた負の感情も、怨みといった晴らすべき目的だった。負の感情が生み出す残虐な行為は知性ある者の特性なのだから。


 だが、フォーレス王の非道な行為は違う。怨みと言った負の感情ではない。国の政策を成功させるという目的の先から考えれば『喜』『楽』というような正の感情側から出ている行動だ。


 人々のために明確な負の力としか向き合ってこなかったアムにとって、初めての理解しがたい複雑な人間の感情による行為だった。


「わしは王だ。お主が言う見世物も、天より与えられし崇高すうこうな使命であり、それを体現する過程として、こういったことをおこなっているのだ」


「天からだと? わたしは先日天使と会った。その者は傲慢で不遜で無礼で我ままで、人間に怨みを持ってはいたが、おまえのように残忍で凶悪で非道で薄情で不届きで好色でよこしまで品性下劣で醜い奴ではなかったぞ。そんなおまえが天を語るな!!」


 思いついた言葉を並べた悪口にしか聞こえないが、そう言いたい気持ちは俺も同じだった。


「愚か者が」


 フォーレス王が合図をすると横に控えていふたりの武装兵が一歩前に出る。灰色に黄色の線が入った鎧の武装兵は槍を、灰色に赤色の線が入った鎧を着た武装兵は剣を持っている。


 観客席から飛んだ武装兵たちは重厚な鎧とは思えない跳躍をし、衝撃を感じさせない柔らかな着地をしてみせた。


「さぁ聖騎士よ。その侵入者に相応の罰を与えてやれ」


 ふたりの武装兵はその声を受けて俺たちに向かって構えを取るが、闘いに挑むという感情の変化が見受けられない。そのことが異様さを醸し出し、俺を不安にさせる。


「治療にはもう少しかかる。アム、頼む」


 少女の治療の時間を稼いでもらうためにアムの名を呼ぶと、アムは振り向かずにそれを察してうなずいた。


 アムに対して剣士は真正面から斬り掛かる。大振りでない素早い攻撃をアムは軽く弾いて受け流すと、剣士の背後から槍のリーチを生かした突きがアムを襲う。


 槍をかわして剣をカチ上げたアムは返す刃で武装兵の胸を斬り払うと、バシッという音と光を発して距離が開いた。


(なんだよ今の手応えは?)


 なにか違和感を感じたのか、リンカーの柄を握っていた手を開いて再び握りなおす。アムのこの行動がリンカーの言葉と同じことを言っているようだった。


 剣士はアムに向かって体当たり気味に剣を振り、彼女は正面からそれを受け止める。鍔迫り合いでアムと押し合う横から、槍使いが俺に向かって突進してきた。


 治療法術を行使している俺は少女を抱えて跳び退くが、それよりも早く武装兵の槍が背中を突き、切っ先が鎧の表面を軽く突き押す。


 わずかに白い光の飛沫を放ちながら、俺は少女を抱いたまま地面を転がった。


 倒れながらも追い打ちを警戒して武装兵を視界に入れると、鍔迫り合いをしていた武装兵をアムが一気に押し飛ばし、俺に対して追撃しようとする槍使いの脇腹を背後から斬り払った。


 またしてもバシッと弾ける音と薄っすらとした光を発したのを見て、アムは怪訝な表情を見せる。


 武装兵はアムの攻撃を受けて飛ばされたのだが、その距離が不自然んだった。距離も不自然だったが重装備の割に着地が静か過ぎる。


「防御法術とは違うおかしな手応えだ」


 鎧を着た兵士を差し向けたフォーレス王を見ると、奴もまた立ち上がって俺たちを怪訝な表情で見ている。その立ち上がった王の向こう側に誰かがいるのだが、ここからでは王に隠れて良く見えない。


 アムは武装兵と俺の直線上に移動して再び構えを取った。


「よしっ」


 少女の傷は塞がり青ざめていた顔色に赤みが戻ってきた。俺は少女を闘技場の壁にもたれ掛けさせてアムの横に並び立った。

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