飛び出した者

 聖闘女を探さなければならないのだが、このイカレた殺人遊戯を放ってもおけず、俺たちはここで葛藤して足踏みしていた。


「では次の試練だ」


 少年少女の闘士たちが半数となった頃。また男の声が闘技場に響く。その声を受けて闘技場の柵が上がり、そこから魔獣が現れた。


「あれはっ!」


 現れたのはディストライア。雄々しくも凶悪な雰囲気を発する四足歩行の灰色の牙獣類で、中型魔獣としては上級に位置する強さだ。


「お父さんから聞いた話だけど、ディストライアってエイザーグの分身体の邪影獣と同クラスらしいぞ」


「そうだな。タウザンと闘っているところを見た感じでは、おそらく邪影獣のほうが一段上だとは思う」


「それってつまり……」


 この魔獣は手ごわいという一言では済まないことを意味する。


「全員で力を合わせればなんとか……」


 闘士と魔獣は七対一の構図だが、闘いが始まってそれは間違いだと思い知る。


「ばかなっ!」


 アムも思わず声を出した。


 協力して闘っても勝てるか疑わしい魔獣を前に、彼らはなおも隙を見てお互いを攻撃していたのだ。


 少女がひとり無残に引き裂かれた。少年が噛み殺されて投げ捨てられた。


(「このクソ野郎」)


 リンカーと共にそう口にした俺だったが、ここで跳び出すわけにはいかない。拳を固め歯を食いしばって耐える必要がある。


「行こうアム。俺たちは王と聖闘女を討つ使命がある。戦争を止めるんだろ! そいつらを討てばこの馬鹿げた見世物も終わるんだ」


 爆発寸前のアムの腕を引くが動こうとしない。そうこうしているあいだに、またひとり闘技場の壁際へと追い詰められる。


 それを見たアムの体が震えたと感じたときだ。


「ファイム・アローラ」


 少女が発現させた法術は殺し合う闘士には向けられずに魔獣だけを的確に打ち抜いた。その攻撃によって追い詰められていた少年は難を逃れるのだが、魔獣ディストライアの標的は術者である少女に変わる。


「あの子、最初に怯えていた子じゃないか」


「きっと彼女は闘いに怯えていたのではなく、仲間に剣を向けることに怯えていたのだろう」


 震えるアムの声を聞いた俺の頭に一気に血が昇る。


 闘技場では魔獣の振り抜いた爪撃によって少女の防御法術は一撃で弾け飛んでしまった。壁に激突して激しく咳き込む彼女に魔獣が迫ると、その後ろから魔獣諸共攻撃しようと少年闘士たちが法術法技を構えてにじり寄る。魔獣の隙を突いて攻勢に出ようという算段だろう。


「メガロ・ザンバー!」


 少女の命を刈り取ろうとする魔獣の顔を斬撃が弾いた。それは闘技場で闘う者たちではない。戦争を止めるという使命を持ってここにやってきたアムでもない。我慢ができず飛び出して闘技を放ったのはアムを止めていた俺だった。


 法技を放った俺は闘技場の階段を駆け下って少女の前に跳び下りた。騒然とする闘技場だったが、五人の闘士たちはチャンスとばかりに法術と法技を撃ち込んでくる。


「この大馬鹿野郎!」


 高熱、斬撃、爆発といった力が俺を襲う魔獣に炸裂し、光と衝撃が俺と少女を巻き込んだ。


 巻き上がる砂と煙の向こうで魔獣が健在であることはすぐにわかった。


 直撃ではないまでも、至近距離で受けた衝撃にしては俺への影響が小さい。もんどりうって飛ばされたあげく、悶えそうな怪我を負っていてもおかしくないのに、まわりの状況を確認する余裕さえある。


「あなたは?」


「誰だあいつは?」


「グウオオオオオオオオオオォォォォォォ」


「やっちまたぜ、ちくしょう…………。せめてアムは使命を……」


 少女と観客席からの疑問と怒れる魔獣の意思に答えることなく、俺は自分の行動に対して自問し、アムの使命まっとうを願った。そのとき、俺の横を風が吹き抜ける。


「エルス・ファルッシュ」


「……まっとうしてほしかったのに」


 闘士たちの攻撃に耐え、その怒りを乗せて反撃しようとする魔獣を斬った者が俺に向きなおった。


「すまない、出遅れた」


 俺の無謀な行動によりやってきたのは『後悔』ではなく『アム』だった。先ほどまでとは違い、彼女は乱れの無い覇気を発している。


「わたしとしたことがなにを耐えていたのだろうか。目の前のこの凄惨な状況を呑気に眺めていたなんて。英雄の風上にも置けない愚行だった」


「いや、欠片も呑気には見えなかったけどな」


 俺は知っている。あのときのアムの心の乱れを。


(ここからは俺とアムの独壇場だ。ラグナは寝とけ)


「へし折るぞ」


「ふたりとも、その気持ちの昂りはにぶつけてくれ」


「(おう)」


 普段は俺に毒づいてばかりのリンカーと声が重なるのはこういったときだけだ。

 アムは五人の闘士と一頭の魔獣を威圧する。向けられていない俺でさえもすくみそうなその圧に、彼らは抗うすべもなく固まっていた。


「ヒリング・ケアリオーラ」


 仲間のために魔獣へと向かっていった少女はかなりの深手だ。アムが抑えてくれているうちに動けるくらいまで回復させる。


 そんなことを考えて行動している俺たちに、観客席の中でも豪華な椅子に座っている威厳ある中年の男が声を上げた。


「お主らは誰だ」


「お前らに名乗る名前は……」


「わたしはアムサリア。イーステンドからやってきた元聖闘女だ」


 奴の質問を吐き捨てるように拒否ろうとした俺の言葉に被せ、アムは馬鹿正直な名乗りを上げた。


「元聖闘女……」


 その名乗りを聞いて、きらびやかに装飾された服を着た男の眉がわずかに動いたように見えた。

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