闘技場
地下から上がった俺たちは重い扉を開けて倉庫っぽい部屋へ出た。目指すはフォーレス王と聖闘女がいるであろう王座の間か、そこから続く各自の個室。
現在地はわからないが、ともかく中央階段を登っていけばどうにかなる。こうした計画性のない行動を取るしかなかった。
「いいかラグナ。重要なのは見つからないこと。これに尽きる。もし見つかってしまった場合は最速で無力化する」
「わかってる。聖闘女と王さえ落とせば勝ちだからな」
やることはわかってはいるが、隠密活動なんてのは未知の分野だった。
倉庫の扉をゆっくりと開けると外からざわめきが聞こえてきた。それも半端じゃない騒めきは数百人規模の人の集まりだと考えられる。
「どうなってるんだ?! こんな時間に」
扉の向こうは通路とも大部屋とも言えない空間だった。ランタンもなく真っ暗だが人の気配は無い。その向こうからは光が差し、広い空間があるように感じた。
「どうするアム?」
少しだけ考えたアムだったが状況確認は必要だと言って様子を見に行くことにした。
もう一度人の気配を確認した俺たちは細心の注意を払って扉を出ると、光が差し込む方へと走る。太い柱の陰に隠れてから広い空間を覗き込んだ俺たちは息を飲んだ。
ここは闘技場だ。観客席があり大勢の人間が座っていた。城の中庭らしき場所に作られたその闘技場は屋根があり天井には沢山のガラスの球が設置されていて、それが昼間のように闘技場を照らしている。
「あれはおじさんの研究所にもあった光る法具か?」
中央には円形の広場が設けられ、そこには二十人程度の闘士と思われる者が並んでいる。
息を飲んだ理由、それは闘士たちが年端も行かぬ少年少女で、彼らが本気で殺し合いをしていたからだ。
「アムっ。あの殺気、尋常じゃないぞ」
「本気で互いを殺すために闘っている。年齢も若い。ブラチャやシエスタと同じか少し下か」
ウォーラルンドで出会った英雄ヘルトの弟子と称する兄妹は十五歳前後だった。年齢にしては厳しい修練を積んでいることがわかる実力だったが、今闘技場で闘っている者たちはまだ子どもにもかかわらず恐ろしく強い。
「あの子らはエイザーグと闘う前のキミよりも強そうだが、身体能力のバランスが以異常だ。きっと人体実験によるものに違いない」
あの若さにしてあの強さは天才かまたは異常だろう。アムはそれを異常だと断定した。
「ハーバンが言っていたあれか」
それはハーバンから聞いたフォーレスの王と聖闘女を討つ理由のひとつだ。
闘技場をよく見れば、闘っている者の周りに数人の闘士が倒れている。いや、もしかしたらこの闘いの末に……。
少し離れた場所でもうひと組みが前に出て向き合い剣を抜いた。
明らかに訓練とは言えない闘いだが、このふたりの闘いは少し変だ。実力は拮抗していそうなのに、攻めと護りに分かれている。よくよく観察してみると護りに徹している少女に攻撃の意思がないことでそういった闘いになっているようだった。
表情からしてそれは間違いない。明らかにこの闘いを拒否している。
「あんな護り方じゃいつまでも持ちこたえられない」
アムの体はわななき、心の奥底では危険な力が荒れ狂っている。かくいう俺も拳が砕けようかというほど握り込んでいた。
「さぁ闘え」
低い男の声が闘技場に向けて叫ばれた。
「闘って生き残ってみせろ。そのためにお前たちは厳しい修練を乗り越え今日まで生きてきたのだ」
闘いの場にまたひとり参加した。そしてまたひとり。決闘から乱戦へと移行したことで次々に斬り倒されていくのだが、 彼らの表情に恐怖もためらいもない。ひとりを除いては。
観客たちはそれを見て笑っている。聞こえる声からは賭けさえしていることも伝わってくる。
「復活戦は面白いよな。もう勝つしか道が無いから必死なのがよくわかる」
「おい、あの赤髪を見ろ。覚醒しかけてるんじゃないか?」
闘技場の隅で三人に追い詰められている赤い髪の少年は攻撃をさばきながら徐々に押し返していく。だが、激しく躍動する内なる心力は、あきらかに精神力を超えて暴れまわっているとわかる。
「剣速と反応速度が上がってきたぞ」
俺の知る心力の波動とは一線を画すその躍動に、人とは違う恐ろしいなにかを感じた。
あふれる心力が少年の能力を底上げしている。その動きは速く鋭いのだが体幹の支えがついてきていない。心なしか筋肉は肥大し、紅潮を超えた血色の肌とあわせて正常とは思えない。
おそらく判断も正常ではなくなっているのだろう。その結果、襲い掛かるふたりのうちのひとりを斬り倒したが、もう一方と相打ちになってその命を散らした。
「おっと残念。異常覚醒だったな」
それを観てケラケラと笑っているふたりの男。あまりの胸クソの悪さに頭の中でなにかが千切れ飛びそうになったが、アムが閉めていたる心力の蓋が開きそうになっているのを感じて俺は正気を取り戻す。
「ダメだ、耐えろ! 状況に流されるな」
アムの右手を掴み漏れ出したつつある力に蓋をするように促すことで、俺自身もどうにか抑制ができていた。
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