潜入
妖魔獣と化したグレイモンキールを打倒し、撤退か潜入かという内輪もめに勝利したアム。そのアムと一緒に行くことになった俺を、ハーバンは心配げに、グラドは恨めしそうに見ていた。
それの彼らに対してアムはこう言った。
「わたしたちは聖闘女を討ち、城門から街門を通って凱旋する。だから、この施設からの迎えは必要ない。その頃には妖魔獣が集まってきているかもしれないからな」
どこまでも強気。最良の結果を口にするアム。それを手助けするのが俺の役目だ。
アムの言葉を聞いてもグラドの態度は変わらない。ブライザの盟友であるアムを俺に任せなければならないことが腑に落ちないのだろう。
剛剣闘士のブライザと互角に渡り合ったアムは聖闘女だった頃よりもさらに強大な法術法技を操れる。
奇跡の鎧は俺と共にあるが、エイザーグだった自身の半心半魂とひとつになった今のアムが負けることなど想像できない。
俺たちはフォーレス城へと続く地下施設の通路を地図を見ながら進み、そして……迷っていた。
「どこで間違えた? ここの階段か? 入る扉か?」
崩れた壁や階段があるため、地図に従って真っすぐには進めない。グレイモンキールが居た部屋から先は経路が記されていないので、ボロボロに崩れたこの施設の現状を加味して、自分らの判断のもとで
迷って時間を使ってしまえば、ブンドーラの軍が集結してフォーレスに攻め込んでしまう。
間に合うかどうかやきもきしながら地図を見直して進んで行くと、崩壊していなほぼ原形を保った状態の地下施設にたどり着いた。
そこはどことなく神聖な香りがした。もちろん匂いという意味ではないが、そういった空気に満ちていた。
「やったなラグナ。ここからなら迷うことなく進めるぞ」
「よし、急ごう」
地図を確かめた俺たちはフォーレス城へと続く場所に向かって走っていった。
あまりにキレイな場所だった。古めかしさを感じさせないこの作りはクレイバーおじさんの研究施設に似ている。
あまりにキレイだったので放置されずフォーレスの者たちに使われている場所なのではと警戒したが、アムはその心配はなさそうだと平然としていた。
「塵や埃の具合を見ればここがまったく使われていなかったことは一目瞭然だ」
「よくそんなことに気が付いたな」
「女性としてのわたしを
ここに来て自らの女子力の高さを告白する元聖闘女ではあるが、俺の家で暮らした二週間のあいだにその微かな片鱗さえも見せなかったのはなぜだろう。この思いはあえて口には出さなかったのだが、アムの目は俺の考えていることを
「ほら、あの階段だ」
話題を変えるためにそう口にするとアムは立ち止まる。
そんなに気になるのか?! という俺の心配をよそに、アムは階段とは別の場所を見ている。彼女が見ているのは、なにかが積まれ山のようになった場所だった。
「なんだろうな?」
しばらく見ていると上からなにかがパラパラと降ってくる。
「あれはゴミか?」
どうやら城から捨てれたゴミが降ってきているようだ。大半が真っ黒で上の方だけ色が見えるのは定期的に燃やしているからなのかもしれない。
破棄された広大な地下施設をゴミ捨て場として使っているのだろうか。
「アム、行こう」
「わかった」
俺に続いて走るアムがなにを気にしているのかわからないが、階段にたどり着くまでゴミの山を見ていた。
少し長めの階段を上っていくとそこにはここまで来るときにもあった上下に動く箱がある。これまで見た物よりも大きいのは荷物の運搬に使うためのようだ。残念ながら動かないようで、俺たちは長い長い階段を使うことになった。
「お互い鎧の出し入れができて良かったな」
体力的には問題ないのだが、精神的にうんざいする階段を上がる俺の姿を見てアムが言った。
アムの言うとおり、旅にしてもこういった場合でも必要ないときはしまっておいて、戦闘など必要なときには一瞬で出せるというのはありがたい。俺の場合は必要だと思っても出せないのだが……。
こんなときでも、そんなことを楽しげに話すアムの神経はやはり太い。無駄に緊張するのは確かに良くないが、ときには楽観的とも取れるアムの言動に対して用心深く考えるのは、奇跡の鎧ラディアだった頃からの俺の役割だ。
三十メートルほどのハシゴを登った踊り場から進んでいくと、そこにはひとつ扉があった。その大きく重そうな扉は長い年月開けられた形跡が感じられない。
「どうやら着いたようだな」
俺に続いて上がってきたアムも「ようやくか」といったように一息いれる。
長く広い地下施設。その規模は俺たちが入ってきた森に抜ける長い脱出通路を抜かしてもフォーレス城下街と同規模あると思える。
これほど広い敷地が必要なのだろうか? という思考はひとまず頭の片隅に押しやった。
取っ手を押し下げて力を入れつつもゆっくりと押していく。
「ぐぅぅぅぅあぁぁぁぁぁ!」
少しずつ押す力を上げていくがピクリとも動かない。
「なんだこの扉はっ、重いなんてもんじゃないぞっ」
全力に達した俺の力でも軋む音すらしてこない。
「こんのぉぉぉぉ!」
限界を超える力を出そうと気合を入れた俺の後ろからアムが被さって押し始めた。
「さぁ押すぞ!」
お前はなにを押している? いや押しつけている?!
扉とアムに挟まれた俺がそんなことを考えているあいだに、ギシッという音が聞こえた。そこからは次々と軋む音と引きずるような音を立てながら、ゆっくりとだが一気に扉は押し開けられた。
「重たい扉だと思ったら向こう側にこれだけの物が置いてあったのだな」
その部屋にはなにかよくわからない大きな金属の機材が無数に置かれていた。
「扉が場内の者に気付かれるような場所になくて良かった。さぁここからが正念場だ」
アムがなにかを言っているが頭には入ってこなかった。
「どうしたラグナ、顔を真っ赤にして。そんなに疲れた?」
「ん? いや、全然。なにを言ってるんだ? 頑張ったぞ。大丈夫だ」
なにを聞かれた? なにを言ってる? 自分がどんな返答をしたのかもよくわからない。
「……そうか。ならいいんだが。少し休んでからがいいならそうするが」
不思議そうな、心配そうな顔で俺を覗き込むアムの顔を見られず、俺は率先して出口に向かった。
「大丈夫ならいいんだが。ここからが本番だからな」
後ろでアムがなにかを言っているが俺は深呼吸しながら歩く。
(敵陣に入ってテンパってるんじゃないのか? このビビりは)
こんな状態でもなぜかリンカーの言葉は俺の頭の中に響くが、 おかげで少しだけ頭が冷えた。
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