延長戦の勝者

「アムサリア。あんたの強さは俺の予想を大きく超えていた。そんなあんたが負けることはないだろう。だが、勝てるとも限らない」


「それってどういう意味だ?」


 俺の問いに対してグラドは冷ややかな目で答えた。


「アムサリアの勝利は仲間の無事も含めたものだ。だが、自分の無事は含まれていない。だから俺が付いていき、アムサリアを護る」


「バカかお前は!」


「貴様では心もとない。妖魔獣との闘いを見ればわかる。いくらアムサリアが強くても足を引っ張る者がいては危険だからな」


「妖魔獣にやられたくせに、よくもそんなことが言えるな!」


「さっきの闘いでは役に立てなかったのは認める。だが、あのときは奴の攻撃を跳んで受け流した結果、壁に激突したことでの失態。けっして妖魔獣にやられたわけじゃない」


「どんな言い訳だ!」


「それに、貴様の闘いを観察してわかった。鎧があればそれなりの力があるのだろうが、鎧の力以外は粗削りで、戦闘能力が不安定過ぎる。アムサリアもさぞ闘いづらいだろう」


「なんだと!」


 グラドの言葉で俺の怒りに火がついた。


「グラドの言うことも一理あるな」


 ボソっと言ったハーバンのこのひと言でさらにその火が燃え上がる。


「だが、見ただろ?! 鎧が出ればアムを護れる。妖魔獣にだって負けねぇよ」

「ならばなぜ、最初から出さなかった」


「それは……」


「出さないんじゃなくて、出せないのだろ? それが不安定だということだ。不確定な鎧の力は戦力として計算できない。それなら怪我をしているハーバンのほうがマシだ」


「俺のほうがマシってのは言い過ぎだが、鎧の出ない君よりもグラドのほうが強いのは間違いない」


「謙遜するなハーバン。怪我をしている身でも十中八九、勝つのはあんただ」

「油を注ぐようなことを言うな。ここは冷静に話し合うべきだ」


「ぐっ」


 どんな言い方をするにせよ、俺ではダメだと言っていることに変わりはない。妖魔獣との闘いが終わってすぐに鎧は消失してしまった。


「どんな条件だってアムは負けねぇ! だが、それを支えるのは俺だ!!」


「たしかに負けはしないだろう。だが貴様では彼女の勝利に陰りが生まれる。だから俺が代わりに行くと言っている」


「お前が行ったってアムの勝利に貢献する余地はねぇ」


「勝利に貢献できなくとも敗因には成りえない。貴様はそれがわかっていないんだ」


「落ち着け。お嬢さんは負けないとしても、お尋ね者になっちまうかもしれないだろうが。それは一緒に行くのが誰であっても同じことだ」


「アムが行くなら付いていくのは俺だ。だいたいグラドはブライザのところに戻って報告するために来たんだろうが」


「ブライザのためでもあるが、その盟友であるアムサリアのためでもある。ふたりのためには貴様よりも俺が行くほうがいいということだ」


 俺たち三人がギャーギャーもめている言葉の隙間に、アムの凛とした言葉がするりと滑り込んだ。


「意見がまとまったな」


「どこがだよ」


「わたしが負けないということを君らが信じていることだ」


 こうしてこの闘いはアムの勝利に終わった。


「さて、ハーバン殿はその腕ではとても闘えないだろうからグラチェと一緒に戻ってくれ」


「その腕では作戦にも参加できないだろうから、ブンドーラの防衛の指揮をするんだな」


 それはハーバンもわかっているのだろうが、グラドに言われるのはしゃくにさわったらしく返事はしなかった。


「グラドもブラインにこのことを知らせに行ってもらいたい」


「なに? ラグナが行くことを了承はしたが、それは俺が行かないこととは関係ない」


「言い分はわかる。わたしが負けないと信じてくれているのは嬉しいが、万が一のこともある。あなたの存在でブンドーラの動向が明らかになってはまずかろう。それに……、ラグナが未熟だというあなたの心配はもっともなことだ。だけど、鎧が顕現すればこの中で一番の戦力となることは間違いない。たとえ、そうならなくても彼はわたしの長年の相棒。なんだかんだと、わたしのかゆいところを掻いてくれるんだよ」


 これは喜んでいい言葉なのか?


 微妙な言い回しだったが、この言葉を聞いたグラドは反論しかけた口を閉じて素直に引き下がった。


 ようやく話がまとまり、アムは残りの経路を踏破するために見取り図を受け取った。


「絶対に無理はするんじゃないぞ! リリサを悲しませるな」


「アムサリアを止められず、付いてもいかずに戻ったら、俺はブライザにぶん殴られるだろう。だからちゃんと戻ってこい。その分をあんたに返してもらう」


「了解した。必ず戻ると約束する。聖闘女を討ってな」


 ブンドーラ軍が強襲するまで二時間を切った。それまでに聖闘女を倒して戦争を止めなければならない。アムに焦った様子はないが、その足取りは早く力強かった。

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