延長戦
妖魔獣グレイモンキールとの闘いは終わったが、休む間もなく次の闘いが始まっていた。
「お嬢さん。君がどんな馬鹿げたことを言っているか理解しているのか?!」
「ハーバン殿。さすがに馬鹿とは言い過ぎではないか?」
「これを馬鹿と言わず、なにを馬鹿だというんだ? ラグナくん、君もそう思うだろ?」
「アムをバカ呼ばわりするな! だけど、この件においては俺もあんたの意見に賛成だ」
そう、内輪もめという名の闘いだ。
妖魔獣との戦いを終えてひと息つき、ハーバンがブライザに知らせに戻ろうと言ったところ、アムはこのままフォーレス城に乗り込むと言い出したのだ。その理由は……。
「この施設にはグレイモンキールに匹敵する妖魔獣が何匹もいる。今の闘いでわたしたちに興味を持ったのだろう。様子を伺っているのが伝わってくる」
陰力の濃いこの地下で、アムの感知力が妖魔獣の動向を感じ取ったのだ。
「つまり、今後精鋭を送り込んでフォーレス城への侵攻作戦をおこなったとしても、その妖魔獣の脅威がある限り計画通りの作戦遂行は難しいってことだな」
となれば、この地下施設を比較的安全に抜けるのは今回限りということになる。
「だったらなおさら一度戻って作戦を練りなおそう」
ハーバンはこう言うが、現在の時刻は二十二時過ぎ。今から大急ぎで戻ってもブライザが指揮する連合軍のフォーレス国強襲にギリギリ間に合うかどうかという時間だ。
「ハーバン殿の言っていることは矛盾している。戦争を止める条件は、あの妖魔獣を倒してこの施設を安全に抜けられるようにすることだ。しかし、他にも脅威となる妖魔獣が複数存在することがわかった今、その条件は満たせない。たとえ今から戻って開戦前に到着しても、作戦は決行される。戦争を止めるには、今から聖闘女を討つしかない」
ブンドーラ側は聖闘女を討つことが目的で戦争はその手段だ。もともと地下施設を使うことは勝率を上げるためでしかなく、個の力で聖闘女を討てるとは考えていない。
一方アムは戦争を回避することが目的だ。聖闘女を討つことはその手段である。この地下施設を使うのも、個の力で聖闘女を討つためだ。
「聖闘女を討つための戦争と、戦争を止めるための聖闘女の打倒。アムとブンドーラじゃ目的と手段が真逆だぜ」
俺はハーバンと同じく一度撤退するほうが良いと思っている。妖魔獣の討伐だけでも行き過ぎなのに、このまま乗り込むという無謀な行為をするほど俺たちが肩入れする理由はないはずだ。
ないはずなのだが、アムの言っていることを強く否定できない。それは、チラチラと頭を過るブライザこと、昔のブラインの姿が原因だ。つまり、アムも俺も昔馴染みの彼を死なせたくないのだ。
「城下街を通って城に乗り込むわけではなく、場内から一気に聖闘女の元に向かえるんだ。この時間ならもう大半の兵士は寝静まっているだろうから大丈夫だ」
「もうそんな問題じゃない。君らには死んで欲しくないんだ。このまま行かせて無駄死にさせたら寝覚めが悪いなんてもんじゃない。ブライザにだって合わせる顔がねぇ」
「約束しよう。無駄死にはしない。わたしには聖都に行くという目的がある」
「どんな目的で行くかは知らないが、その聖都を敵にする行為なんだぞ。こっちから頼んだことだが、もともと君らには関係ないことだ。気にせず聖都に向かえばいい」
ハーバンは必死に説得を試みるのだが、アムは欠片も引く気はない。
「敵になるからと言って聖都に行けないことにはならないさ。それに、悪しきおこないをしているならば、それが聖都のおこないであっても見過ごすわけにはいかないからな」
だんだん論点がズレてきた気がする。
「死んじまったら聖都にだって行けねぇんだぞ」
「わたしが負けるとお思いか?」
「いや、君が負けるなんて到底思えねぇ。お嬢さんの強さはそこらの上級闘士とは別格だ。本気を出しゃぁあのブライザにだって勝つんだろう。負けるところなんて想像もできない。だがよ……」
(あたりまえだぜ! おれを手にしたアムが負けるわけねぇだろが!)
リンカーのツッコミに続いて、ここまで黙って聞いていたグラドが割って入った。
「アムサリアを死なせるわけにはいかない。俺もハーバンの意見に同意だ」
「おう、さすがにこの件においては意見が一致したか」
少し興奮を抑えるハーバンは次の言葉で再び頭から湯気を吹き上げた。
「だから俺が行こう」
「大バカ野郎!」
ハーバンの言うとおりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます