選択肢
「あの施設、確かに古い物ですけど、中はけっこうボロボロなんです。知ってます?」
「あぁ、一度だけ調査に入ったことがある」
中は綺麗に残っている部分とボロボロになった部分がある。ボロボロというよりは、破壊された跡と言ったほうがいいだろう。
「たった百年や二百年であんなふうになると思いますか?」
「さてね。それがなんだってんだ?」
「あれはですね、老朽化でボロボロになっただけではないんです。あれは化け物の仕業です」
「化け物だと?」
「あの地下はどんなところか知ってますよね? ……そう、研究実験施設です」
ビートレイは俺が知っているものとして回答を待たずに続ける。
「魔女が生まれたというウォーラルンド近くにあった施設とはまた違った実験をがおこなわれていました。あるとき、その実験で事故が起こってしまいました。事故というよりも事件かもしれませんが。その結果があれです」
「話が見えねぇな」
最初に言ったのは今後の行動の選択肢を狭めること。地下施設がボロボロなことにどんな関係があるのか。
「静寂の森って獣や魔獣が居ませんよね? いないというかおとなしいんですけど。その理由はこのあたりに住む者なら誰でも知っています」
首だけこちらに向けて俺を見る目は、背筋を冷たくするに相応しいものだった。 月明かりを受けて怪しく笑うビートレイはゆっくりと手を上げる。
今夜は満天の夜空が広がり、風がなく静かだ。そんな森に木の葉が擦れる音が広がっていき、直後に唸り声が響き渡った。
「ブモォォォォォォォォォ…………」
俺の警戒度は一気に最大まで跳ね上がる。
「わかりました? そうです。地下施設で生まれ、そこで暴れまくった化け物が地上に上がってきて森に住み着いたんです」
「なんで……てめぇはそんなことを知っている」
化け物が森に住みついたのは百年以上も以前のことだ。そのことをさもわかったようにビートレイは話すのだが、それが嘘だとは思えなかった。だからこそ、その答えを求めて出た言葉だ。
「本人に聞いたんです」
「本人?」
「そう、本人です」
「どういう意味だ。もったいぶらずに早く言え!」
法剣を構えて威嚇するが、それはまったく意味をなさないことはわかっていた。本人という言葉がなにを指しているのか。きっとこの場に誰か居れば、その全員がそう予想しただろう言葉はビートレイは返してきた。
「化け物ですよ。彼、見た目と違って話がわかる人でね。私らの考えに賛同してくれました」
「ブモォォォォォォォォォ…………」
応えるように咆える化け物の名は【グランジャー】。これは種族名ではなく固有の名前で、五メートルに達する巨体から巨獣に分類される恐ろしい魔獣として知られている。
「さて話を戻しましょう」
身の毛のよだった俺にビートレイは追い撃ちを掛ける話を続けて聞かせる。
「もし、あなたが軍を動かしてフォーレスを責めるのなら、その前に彼と闘ってもらうことになります。現状で開戦するのは得策ではないので」
「ここで騒動を起こしたら、結局バレちまうんじゃねぇのか?」
「そうでしょうね。でも、その覚悟があってあの化け物と闘いますか? もちろん、絶対そうならないと思っているうえでの脅しです」
「てめぇはこのまま野放しにしておきたくねぇな」
その言葉を発した俺の周りに複数の気配が現れた。
「あなたと闘う気はありません。貴重な戦力ですからね。私が無事に帰れるように迎えに来てくれただけです」
姿を見せたのは三人の若者とひとりの少年。そして老齢ながら屈強そうな闘士だ。若い奴らはともかく老齢なベテラン闘士は、ひと筋縄ではいかない強さを持っていることが気配でわかる。
「ん? あんたどこかで見たことがあるな」
遠い記憶の扉を開け、その中の引き出しから情報を取り出していく。
「俺も覚えてる。十年くらい前か、どこかで傭兵の招集があったときに居たな」
「そうか、あんたはウォーラルンドから来ていた傭兵だ。そのごっつい体と実力が他の奴らから頭ひとつ抜きんでていたな」
「あの頃は現役だったからな。そういうお前さんは俺と変わらない体してるじゃねぇか。そのときから頭ふたつは出ていたぞ」
この男が目を光らせているおかげで俺は動けない。五人相手は分が悪いし、ビートレイって野郎が得体が知れなさすぎる。
ビートレイは俺から離れて回り込み、仲間と合流した。
「もしアムサリアさんがフォーレス城に行かず戻ってきていたら、また違った展開だったので残念です。彼女らが無事に逃げ出してくることを願っています」
「このクソ野郎が」
その言葉を聞いてビートレイは足を止めて振り向いた。
「そのクソ野郎からひとつ朗報です。もしこのまま撤退してもフォーレスが攻め込んで来ることはありませんから安心してください」
「なぜそう言い切れる?」
「なぜって、フォーレスが攻めてくるという情報はあなた方にフォーレスを攻撃してもらうために我々が流した嘘の情報だからです」
「なんだと!」
ビートレイが引き際に放ったひと言で、俺の緊張の糸は意思とは反して緩んでしまった。
「ウォーラルンドで妖魔王の力を手に入れる予定だったので、ブンドーラにはフォーレスに攻め込む準備をさせようと流したんですよ。機は熟し、いざ決戦と思ったんですが……。こうなったのはアムサリアさんのせいですからね」
「魔女の件か?」
「アムサリアさんに聞いたんですね。そうです、あの妖魔王の力を手に入れられたなら百人力。いや千人力、いやいや万人力だったんですけど」
この話をしているあいだはビートレイの不真面目な態度は消え、心底残念そうな表情だった。
「妖魔王。そんなモノを使ってなにをしようってんだ?」
「それは内緒にしておきます。ただ、ひとつだけ教えておきましょう。妖魔が巣食う地下施設ですけど。我々はそこで妖魔の研究をしていたんです。無数にいますからね、研究材料には困りませんでした。そこで妖魔を操る技術を作り上げ、いざ妖魔王を手中にって……。完璧な筋書だったはずなんですけど」
妖魔王はアムによって倒されてしまったというわけだ。
「その後、アムサリアさんがブンドーラに向かったことを聞いて、あわよくばこの闘いに参加していただき、あのときの責任を取ってもらおうと思ったんですけど、まさかまた台無しにされるとは」
わざとらしくもあり、心底がっかりしているようでもある仕草で肩を落として見せた。
こいつはつくづくアムとは相性が悪いらしい。とは言ってもアムはこちらの思い通りに動いてくれないのだが。
「では見つからないように隠密に退散してください。このあとアムサリアさんたちを迎えに行くことをお勧めしますが、絶対に助力しようなんて気を起こさないでくださいよ。あなたからブンドーラが敵意を持っているとバレたら、すべてが水泡に帰してしまいますから」
そう言い残してビートレイたちは丘を降りて行った。
なにか最善の手がないかと思考する俺の耳に、再び化け物の遠吠えが聞こえてきた。人知を超えたこの化け物の声は、その後の惨劇を予想させて俺の肝を冷やす。
いくつかの選択肢を熟慮したが、結局ビートレイの言ったモノに絞らざるを得なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます