ビートレイという男

 ビートレイという偽名を名乗った男は、ウォーラルンドの魔女騒動に長くかかわっていたという。その目的は魔女の力を手に入れること。そして、その副次的な事象によって生まれ来る妖魔王を手に入れること。


 百年近い計画は完遂に向けて進んでいたが、アムとラグナが絡んだことで水泡に帰してしまったらしい。


 生まれたての妖魔王だったがゆえに完全体ではなかったこともあって、瀕死から辛うじて立ち上がった状態のアムと言語を絶する闘いの果てに倒されてしまったと肩を落とした。


「酷いでしょ? 百年の悲願が彼女たちが介入したことで、たったの二日でパーですよ」


 その話を聞いて俺は思わず笑みがこぼれた。


「なので我々は計画の変更を余儀なくされたわけです」


「で、その計画ってのはなんだ。てめぇのやってきたことから察するに、ろくでもないことだと思うんだが」


「だからそれはまだ秘密です」


 くつろぎながら話すビートレイに少々イラっときた俺の闘気に反応してか、尻を付いたまま後ろに下がった。


「落ち着いてください。まだ話は途中です」


「アムとのかかわりはだいたいわかった。つまりてめぇはアムの敵じゃねぇか」


「敵の敵は味方っていうじゃないですか!」


 懇願する目で俺を見ながら、ビートレイは怯えた態度を取る。


「その敵ってのは誰か言ってないぜ」


 いっそう鋭く絞った殺気をビートレイに突き刺したが、怯えたフリは崩さない。その下手な演技の裏には恐ろしいくわだてがあるのではないかと思わせ、斬ることをためらわせた。


 ピリッとした空気が漂ったタイミングでビートレイからある種の法術が発動したときに発する法音波と小さな音が鳴った。


 反射的に半歩後ろに下がって膝に溜を作る。


「大丈夫です、ただの合図です。ふところから法具を出しますけど危険な物じゃないので斬らないでくださいね」


 ビートレイはゆっくりとした動作で懐に手を入れ、丸い小さな水晶のはまった箱を取り出す。そして、その箱に話しかけはじめた。


「どうなりました?」


 するとその箱から声が返ってくる。


『アムサリアはラグナを連れてフォーレス城に向かっていきました。グラドとハーバンは彼女の守護獣と地上に戻っています』


 怪しい法具から人の声が聞こえる。その声の主が目の前の男と会話をしているのだ。


「彼女らの動向を追えますか?」


『いや、城までは追えるかもしれませんが、こうして中継人と中継具を介して通信するのは無理です』


「わかりました。あなたはそこで待機してください。妖魔には気を付けて」


『了解しました』


 そうしてビートレイは謎の法具を懐にしまった。


「それはなんだ?」


「これは遠くに居る者と会話をするための法具です。そんなに長い距離は無理なので、中継地点に同じような法具が必要なんですけどね。こんな法具のことより話の内容を気にしたほうがいいですよ」


 確かにこいつの言うとおり、アムとラグナがフォーレス城に向かったというのは看過かんかできない内容だ。


「今の話は本当なんだな」


 ビートレイはうなずくが「ホントかウソか証明はできませんけどね」とヘラヘラと笑って俺を迷わせ、イラつかせる。


 二十年前にアムがひとりでエイザーグに挑んだことから考えれば、自ら乗り込んで大元を叩くことを選択することは十分考えられる。 俺たちの作戦決行の中止を告げに戻るのに間に合わない可能性を考慮したこともあるだろうが、自分の目指す英雄道により、ひとりの犠牲も出したくないと考えているからだ。ならば、グラドとハーバンを連れて乗り込むことは考えられない。


 ただ、そんな無謀な選択をアムとラグナがしたならば、ふたりがほぼ無傷であることが予想できる。それだけが唯一の安心材料だ。


 とはいえ、敵の本拠地にこのまま行かせたら……。


「いやぁ、これは困りましたね。まさか、ふたりだけでフォーレス城に乗り込もうとはよほど強さに自信があるのでしょう。まぁ、魔女とも渡り合い、不完全とは言え妖魔王のヘルトさんも倒したほどの強さですから。過信とは思いませんけど無鉄砲な行動ですよね。さてどうします?」


 ふたりがフォーレス城に乗り込んでもブンドーラには特別支障はない。ふたりを助けたいのは俺個人の思いだ。


 今から軍を動かした場合、集結し切っていない状態では最悪返り討ちに合ってしまうが、アムたちが立ち回る、または逃げる隙や猶予ゆうよが生まれる可能性もある。


「軍が集結してからじゃ到底間に合いませんよ」


「わかっている!」


「本当にわかっていますか?」


 先ほどまではと違い、ビートレイは怪しく冷たい目つきで俺を見る。


 俺の出す答えを待っているような、その答えによってなにかをしようとしているようなそんな目だ。


 選択肢は三つ。


 ひとつ目は、予定通り軍が集結するのを待つ。


 ふたつ目は、今すぐ軍を動かして意識をこちらに向けることでふたりが動きやすくする。


 三つ目は計画はそのままで俺が個人で地下施設から追いかけるてふたりを連れ戻すか、助力する。


「いえ、選択するのは四つ目。このまま一時撤退です」


「なに?!」


 俺の考えを察してかビートレイは撤退を進言した。


「このままなにもせずに撤退だと? アムとラグナも見捨ててか?」


「彼女らの行動は浅はかです。その彼らのために失敗はできないでしょ?」


「だからと言ってこのまま見捨てられるものもんか!」


 隠密活動中だということを忘れて激昂してしまっている俺に、ビートレイはやれやれとばかりに首を振った。


「あなたはどの選択肢が最善か決めかねていますね。そんなあなたの選択肢を狭めてあげましょう」


 ビートレイは立ち上がり俺に向かって歩いてきた。切っ先が向けられていても平然として止まる様子はない。


「ちょっと通してください」


 そのまま俺を通り越して見晴らしのよい丘の上にまで進んでいく。


「まず、今から地下施設に向かって追いかけても間に合わないでしょう」


 眼下を見下ろすビートレイの背中を見て、俺はあることに気が付いた。


「てめぇはなんで、あの施設のことを知っているんだ?」


 リリサ組が発見したフォーレス城に通ずる地下施設。妖魔の住処すみかとなってはいるが、あそこを抜ければ直接フォーレス城に殴り込めるはずの秘密の抜け道だ。


「知ってるもなにも、その情報をそれとなく流したのは我々ですからね」


 こいつらの組織、いったいなんなんだ。


「妖魔獣となったグレイモンキールが手に負えなかったので、あなた方ならなんとかしてくれるかもと、わずかばかりの期待をして情報を流したんですが」


「まんまと踊らされたってわけか」


「結局、踊ってくれたのはアムサリアさんだったのですけど。そしたら延長までしてくれてこの状況です。それはさておき……」


 ビートレイは一面に広がる静寂の森を見渡した。

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