従来

「えーと、なぜこの国に潜入したかって質問だったな。別に潜入というわけじゃない。エイザーグとの闘いで聖闘女と十大勇闘士の半数が死んだ。国は平和になったが自分の不甲斐なさや仲間を失った悲しみが消えなくて俺は国を出たんだ。傭兵として闘いながら腕を磨き、国や街を渡り歩いて生活をしていたんだが、この国にたどり着いて彼女に会ったことでここに根を下ろすことを決めた」


「それはまさか、この国の聖闘女か?」


 ブラインを魅了し国に根を下ろさせたのは歴代の聖闘女……


「いや、聖闘女じゃない。俺の奥さんになった女性だ」


 ……ではなかった。


「イーステンドを出て十年くらい経ってこの国に来たときに出会った。それからこの国で傭兵を続けていたら、いつの間にかブライザ組なんてもんができあがっちまったんだ」


「ブライザは頭が固くて自分勝手で一見ガラが悪くて大ざっぱだけど、規律に厳しくて情に厚い。出会った奴らは片っ端から粛清しゅくせいされていった。この街のほとんどの奴はブライザにぶん殴られてるんじゃないだろうか」


 とグラドが付け足した。


「話を盛るな。せいぜい五百人程度だろ」


 そう反論するブライザに対して「俺もぶん殴られたひとりだ」とグラドは少し誇らしげに返した。


「それで、根を下ろすことにしたんだが、あるとき俺がイーステンド出身だという噂を聞いた王に呼ばれた。いろいろと話したところで、俺が聖闘女と一緒に闘ったと知った王は、この国の秘密を俺に話した。そして、力を貸してくれってな」


「あなたは王に口説かれたと?」


「口説かれたというよりは逆に魅せられたって感じだな。少なくとも王がやろうとしていることに共感を持った。俺が誇るイーステンドの聖闘女であるお前は、あの恐るべきエイザーグを倒すために粉骨砕身ふんこつさいしんの闘いで国民を守った立派な英雄だ。だがフォーレスの聖闘女はどうだ。聖闘女の名を汚す大悪党じゃねぇか!」


「それで戦争を?」


「戦争は手段であって目的じゃない」


 この言葉はリリサ組でハーバンも言っていたことだ。


「フォーレスの中枢を潰せるなら潜入暗殺だっていいんだ。だが、国民ですらその存在を知らない聖闘女だ。潜入して対峙することは容易じゃないだろうな」


 ブライザも本心から戦争を望んでいるのではなく、それ以外の選択肢がないから仕方なく戦争をする道を選んだ。


「つまり、他に方法があれば戦争を回避するということですね?」


「もちろんだ。だけど近々フォーレスが侵攻してくるという情報が入ってきた以上は悠長に待ってられん。俺たちが攻めなくたっていずれフォーレスから攻めてくるとわかっているなら先手を打つ。ブンドーラを戦場にするわけにはいかないからな」


「フォーレス城には地下施設があることは知っていますよね?」


 ブラインは一度ハーバンに視線を移した。


「知ってる。リリサ組が見つけたってやつだろ? 当時それが見つかったときは喜んだんだが、妖魔化した獣が住み着いて先に進めんのじゃどうしようもない。その辺りの話はもう聞いたんだろ? もう猶予はねぇんだ。明日の深夜に作戦を決行することは決定事項なんだよ」


 やはりブライザの意志は固い。より良い代替え案なしに止まりはしないだろう。


「なのでこの作戦の指揮官であるあなたに勝負を挑もうと馳せ参じたわけです」


「で、グラドとの闘いになったと?」


 ブライザに見られたグラドは気まずそうに視線を外した。


「いまさら俺と闘う意味はないよな? 共倒れしたら元も子もないしよ」


「なにもあなたと剣を交えようとしたわけではありません」


「違うのか?」


 と俺が突っ込むと、アムは『当り前だろ?』といった顔で俺を見る。


「さっきは勘違いからそうなってしまったが、わたしがブライザ組に挑みたかった勝負というのは、フォーレス地下施設を踏破することができるかどうかの賭けさ。もし、その賭けにわたしが勝ったら、フォーレス侵攻を一時中断してもらいたい。というものだよ」


「つまりお前たちがあの妖魔獣を倒すってことか」


「その妖魔獣さえ倒せばフォーレス王城に直接潜入できる。そうなればお互いの被害は最小限に留められます」


「だが時間がないぞ。作戦遂行まで二十四時間程度だ」


「なので今から向かいます!」


 アムは勢いよく立ち上がった。


「行くぞラグナ」


「おう」


「ハーバン殿、よろしくお願いします」


 俺たち三人が馬車に戻ろうとするとブライザが呼び止めた。


「グラドを連れていけ。この勝負を見届けて結果を知らせる奴が必要だろ?」


「ですね。おい、馬を一頭用意してくれ」


「はい」


 グラドの指示を受けて兵士が天幕の裏に走った。


「ホントに行くのか? 相手は妖魔化したグレイモンキールだぞ。この闘いは俺たちの問題なんだから無茶する必要はねぇんだ。エイザーグとまではいかないが本来は闘士数人程度で手に負える相手じゃない。それをあの限定した条件の中で……」


「心得ています。ですが大勢の血が流れることを考えれば手をこまねいている場合ではありません」


「再会して一日でまた別れなんてことは勘弁してくれよな」


「それはわたしも同じ思いです。戦争となればあなたも命を落としかねない。そんなことは絶対にさせません」


 アムは拳で胸を打ちその拳をブライザに突き出す。彼も同じように拳を突き出して返した。これはイーステンド王国の誓いの証だ。


「では、急ぐとしよう」


 俺たちはフォーレス城の地下施設跡地に向かった。

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