懐古
「それにしてもブラインさん、二十年前から随分と変わられたようで。失礼ながらまったく気が付きませんでした。なにせタウザンもクランもクレイバーもあまり変わっていなかったものですから」
「そうか? そんなに変わったか?」
「はい、あの頃は髪も短くて全体的にもっとこう紳士然としていたというか、クレイバーっぽい凛々しい容姿だったではないですか」
珍しく敬語を話すアムに違和感を覚えながら差し出されたカップにシチューのおかわりをもらう。
アムの言う通り今のブラインの姿には紳士然といった容姿は見る影もない。髪は長くすべてを後ろに束ね、頬と額には目立つ傷があり左目には紋様の入った眼帯が付けられている。堂々としたしゃべり方はそれほど変わりはないが、聖騎士を思わせる磨かれた甲冑ではなく、傷つき使い込まれたものだとわかる古びたブレストプレートと手甲と脚甲を身に着けている。以前のような紳士的な物腰はどこへやら。「野盗か?」と聞いてきたブラインの方がよっぽど野盗らしく見えるというものだ。
「いろいろあってな。この国に腰を下ろすまでに
その表情はこれまでの人生を振り返り懐かしんでいるようだった。
「しかし、なぜブラインさんは重剣ヴィグラーを奪ったなどと言ったのですか? わたしはあなたから強奪したものだとばかり。名前だってそんな偽名を使ってなければ勘違いせずに済んだものを」
「別に嘘は言ってねぇよ。あのいけすかねぇクレイバーが自慢げに見せつけるもんだからよ、ポーカーで勝ったらよこせっていう勝負を挑んだのさ。『よかろう』なんてカッコつけてたけど見事に俺が勝ち取ったってわけ。まぁイカさましたんだけどな」
紳士然とはしていたが、中身は今とそうかわらなかったらしい。確かに闘いになると普段とはまったく違った一面を見せていたことを考えれば納得できる。
それにしても、クレイバーさん相手にイカさまなんて通じるのか? という俺の疑念に答えるように、アムはブラインにこう言った。
「この法剣は最初からブラインさんに渡すために作ったんでしょう。あなたの戦闘スタイルとヴィグラーの特性はあまりに噛み合っています。ポーカーのイカさまもわざと受け入れたんじゃないですか?」
「かぁぁぁぁちくしょう。一杯食わしてやったと思てたのに一杯食わされていたってのか」
ブラインはおでこに手を当てて反り返って嘆なげいた。
勝負を挑んでくることも、イカさまをすることもお見通しだったわけだ。やはりクレイバーさんの方が一枚も二枚も上手だったようだ。
「ブライザって名前についてはな、ブライン=スライザーを縮めてブライザって名前にした。ちなみにブライザ=スラインがここでの俺の名だ。だから俺のことはブライザと呼んでくれ。新たな地で新たな生き方を得た新たな俺の名だ」
割と安易な名前の付け方だったがブラインもとい、ブライザがイーステンドでの闘いで負った心の傷から立ち直るために立てたけじめなのだろう。
「名前を変えたもうひとつの理由としては、フォーレスの聖闘女を討つにあたって俺がイーステンド出身だってバレねぇ方がいいと思ってよ。バックに聖都が絡んでいるってことならブライン=スライザーって名前から身元が割れる可能性もあるかもしれないからな」
「十大勇闘士だったブラインの名は、きっと聖都にだって届いていますよ」
「もしそうならイーステンドの奴らに迷惑がかかるかもしれないし、最悪の場合聖闘女発祥の国で聖都の傘下にあるイーステンドが敵になるかもしれないと考えた」
周りの部下の表情から察するに、全員がブライザという名が偽名だったということを知っていたわけではないようだ。
「それよりもアム、お前の方が問題だろ。あの暗がりではわからなかったが今こうして見るとあの頃となにひとつ変わってないのはどういうことだ?」
幸いブライザは当時の事件にかかわる人物や蒼天至光などについては知っているので、エイザーグとの決戦から二十年に及ぶクレイバーさんの努力、それによるアムの復活と、ついでに俺とリンカーについて話し終えるのにそれほどの時間はかからなかった。
「なるほどね」
ブライザはひと言で済ませたが、周りで一緒に聞いていたグラドたちは戸惑いの表情をあらわにしていた。
「なんにしてもアムが生きていたなんて喜ばしい限りだ。その守護獣もアムのお気に入りのグラチェか。まさかお前がエイザーグだったとはなぁ。この左腕の穴はお前に開けられたんだぜ」
眠そうにあくびをするグラチェに古傷を見せるブライザの半笑いの顔が引きつっている。
「それにしてもお前がタウザンとクランちゃんの息子として生まれ変わってきたあの鎧とはなぁ……」
クランちゃん……。そういえばお母さんのことをそう呼んでいたんだった。
「ふたりとも元気にしてるのか?」
「え、あ、あぁ、元気にしている、ます」
「どうしたんだラグナ?」
俺のぎこちないしゃべりにアムが問いかけてくる。
「なんていうか変な感じでさ」
「なにがだい?」
「だってよ、俺はブライン=スライザーを知っている。アムが剣術や武術を習っていたのを見ていたんだからな。俺の声は届かなかったけどアムを通して話もしていただろ?」
「ホントにラディアなんだな」
ブライザは腕を組んで不思議そうに俺を見ていた。
「そっちはどうか知らないけど、俺はあんたを友人のように思っていたんだ」
「そういうことか」
ブラインはポンと拳で手のひらを叩いた。
「俺はお前の親父と近しい世代で年長者だが、元同僚の俺に敬語で話すってのは違和感があるってことだな」
ブラインは俺の言わんとすることをすぐさま理解した。その横でアムは視線を上げて首を傾けている。
「だが、それを言ったらクレイバーはどうなんだ。極端なことを言えばタウザンやクランだってラディアからすれば友人のようなものだろ?」
「お父さんとお母さんは当然だけど、クレイバーさんだってラディアの記憶がない状態で十九年も接してきたんだ。記憶が戻ったって三人に対する敬意や恩義や親愛の気持ちに変わりない。だけどさぁ」
「だけど、俺とは生まれ変わってからの付き合いはないからな。関係はあの頃のままってことなんだろ」
「そういうことか」
「それなら気にするな。ラディアと俺の仲だ。遠慮せずあの頃のように接すればいいさ。まぁ声は聞こえてなかったけどな」
面と向かってそう言われても正直タメ口も敬語もどっちも話しずらい。しかし、ここは最初が肝心だと言い聞かせて、思い切ってあの頃のように話した。
「じゃぁそうさせてもらう。で、早速だけどブライザはなんで偽名まで使ってこの国に潜入しているんだ?」
「そのことか。おっとその前に」
ブライザはグラドを残して他の兵を退出させた。
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