殺陣(たて)

アムの本領発揮と言わんばかりの高機動戦闘に対してブライザも同じような高機動戦闘で打ち返す。


「グラヴィティオ・ザンパクトはヴィグラーだけのオリジナル法技だ」


それはアムの法技を体ごと討ち飛ばした法技のことだろう。


重く響く金属音と空気を切り裂く音が絡み合い、互角の闘いが続いている。ブライザは強い。剣術だけとはいえアムと互角に斬り合える奴がヘルトの他にもいるなんて。


「なんであの法技のことまで。それに、その若さでどうやってその強さを身に付けたんだ」


「サーク・スライスリー」


回転から生まれる水平三連斬撃をガードされるもブライザをテントの焚火の手前まで追いやった。


「不安定だが背筋が凍るほどの殺気だな。思わず体がすくんじまった」


止めどなく攻めてきたブライザだったが、ここに来てようやく動きを完全に止めて構えを取った。


「さすがは大盗賊国家ブンドーラの国民と言ったところか。フォーレス侵攻を止めるためにここに来たが、わたしの親しき者から法剣を強奪したとなれば、このまま収めるわけにはいかない」


闘う目的が完全にすり替わってしまった。怒りのこもった闘いでは、このあとのブライザ組との交渉などできるわけがない。このまま彼を叩き伏せ、それに怒った部下たちも蹴散らし、フォーレス侵攻自体を不可能にするつもりなのか。そのつもりがなくてもそれしか手がなくなってしまう。


「ちょっと待て。言っておくがこの法剣を手に入れたのは俺がブンドーラに来る前……」


「あぁぁぁぁぁぁ」


アムの気合の声がブライザの言い訳をかき消すと、それぞれの心力の防御波動幕を展開した。体の周りを薄っすらと光の波動で覆ったふたりが、陰力と輝力を反発させ合いながら再び剛の剣舞が乱れ狂う。


「すげえな」


驚き顔で見惚れるハーバンはそうつぶやいた。アムに食って掛かったグラドは悔しそうに奥歯を噛みしめている。


「おい、アム。いったん落ち着け!」


俺がアムをなだめる声を聞いたブライザは、首をぐるりと回して俺を睨んだ。いや、睨んだにしてはちょっと目を見開いていたように思える。アムはその隙を見逃さない。


ウォーラルンドの英雄ヘルトとの最後の闘いを思い起こさせるほどの闘いだが、俺は妙な違和感を感じ始めていた。


互いの剣をへし折る勢いでぶつけ合った剣が、重い金属音を生み出しているのだが、心なしかリズミカルに聞こえる。乱れ舞う剣撃も舞踏を思わせる滑らかな動きに変わっていた。


圧倒的にアムが押しているように見えるのに、その実すべて受けられている。それはまるで約束された殺陣たてのように。


より甲高い剣撃の音を鳴らしてすれ違ったふたりは、振り向きざまに再度剣を強振させて互いに剣を弾き合った。そして、硬く握られた左腕の拳と拳が衝突する。


拮抗した力は限界に達したところで弾け、ふたりはいったん距離を取った。


驚愕の顔でアムを見るブライザにハーバンは笑いながら言い放った。


「わははははは、どうだ恐れ入ったか。おめぇでもそのお嬢さんには歯が立たなさそうだな。それもそのはず、なんたってそのお嬢さんはイーステンド最強らしいぞ。俺もその強さの一端をこの身で体感したクチだ」


ライバル組のブライザの驚き顔に気分を良くしたのか、ハーバンはニヤニヤしている。


「イーステンド?」


「そうだ、聞いて驚け! 彼女はイーステンド王国の聖闘女だ。伝え聞く通りなら生半可な強さじゃない」


「聖闘女……」


ブライザはハーバンの言葉を聞き、目を細めて再びアムを見た。そして、次の瞬間。


「なっーーーーーー!」


目玉が飛び出るほど目を見開き、顎が外れるほど口を開いて叫んだ。


いや、驚き過ぎだろ! と思わず突っ込みたくなるのだが、たしかにアムは俺でも見たことのない凄みのある表情をしている。だからと言ってブライザのこの反応はあまりに過剰だ。おそらくアムの伝説の聖闘女という肩書とその彼女が見せる本気の顔と実力に、法剣を奪った件にかんして、なんらかのことを思い出したのだろう。


「さぁ、まずはその剣を返してもらおうか」


言葉にも凄みの効かせてにじり寄るアムに対し、ブライザの口からは妙な言葉が漏れていた。


「あ…、あ…」


「あ?」


アムは怪訝けげんな表情でそれを復唱した。


「あーーーーーーーーーー!」


ブライザは絶叫して勢いよく両腕を広げると、観念したのか剣を宙へと放り投げた。


「あぁ?!」


この素っ頓狂すっとんきょうな行動にギョッとしたアムは、驚きのあまり一瞬その怒りの感情を消した。そんなアムにブライザはなんとも言えない感情が込められた崩れた表情で両腕を広げ飛びかかってきた。


「おい、アム!」


ブライザに闘う意志がないことからアムは動揺して腰が引けている。


「ま、待て。きさまはいったいなにを?!」


ブライザは腰の引けたアムをその両腕で抱きしめた。


「アムサリアーーーー!」


突然の奇行に戸惑いながら足も使って引っぺがそうとするが、そのぶっとい両腕に捕らわれて簡単には引きはがせない。


「おい、離さないか!」


俺もそうだがハーバンもグラドも衛兵たちも大口を開けてそれを見ている。よく見ればブライザは泣きながら笑っている状態だ。


「こら、危ないだろ。リンカーが刺さる」


さっきまでそのリンカーで斬りかかっていたアムも珍妙な理由を口にする始末。


「お前はイーステンドの聖闘女、アムサリアなんだな?」


「そ、そうだ。正確には聖闘女だった、だがな」


「うおおおおおおおおお」


アムの言葉を聞いて絶叫したブライザはアムを下ろして肩を掴んだ。


「俺だアム、ブラインだ。ブライン=スライザーだ」


アムの肩をガクガクと揺らしながら名乗ったその名には聞き覚えがる。


「ブライン…、ブライン、ブラインさん?!」


「そうだ、ブラインだよ」


ブライン=スライザー。イーステンド王国の十大勇闘士のひとりで、武技においては最強と言われていた者だ。


「なぜあなたがこの国に? それにその姿とその名前は?」


「おまえこそ。死んだはずじゃなかったのか? だが間違いない。間違いないが、二十年前のあの頃となんら変わってないじゃないか」


「いや、それにはいろいろと深いわけがありまして」


「ともかく生きていたんだな。よかった」


ブライザは再びアムを抱き寄せた。


「ブラインさんこそ。わたしたちをエイザーグのもとに向かわせるために無茶をして、死んでしまったかもと思えるほどの傷を負ったじゃないですか。そのあとどうなったかわからないまま、わたしはエイザーグと共に……」


手に汗握り固唾を飲んで見守っていた闘いの結末は、ふたりの熱い抱擁で締めくくられた。


涙目で興奮するブライザに唖然としていた俺たちだったが、グラドがブラインの背中をポンと叩いた。


「ここではなんですからテントに入りましょう」

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