試し

「わたしたちは戦争を止めるために来たんだ。可能性があるのに引き下がるわけにはいかない」


「ならば剣を抜け。試してやるぞ。その意志が本物かどうか」


 こいつはちょっと面倒くさい性格をしてそうだ。堅苦しい話し方でアムに勝負を挑んだグラドは、軽く後ろに飛び下がって構えをとった。


「当然だがブライザは俺よりもずっと強い。俺に勝てないようでは勝負にもならんぞ」


「いや、だからあなたと剣で勝負したところで……」


 グァイーン!


 アムの言葉を最後まで聞かずにグラドは素早い踏み込みから剣を横薙ぎに振り払い、アムはそれをリンカーの鞘を半分だけ抜いて受け止めた。そのままふたりはギリギリと音を立てて押し合っている。今の踏み込みが全力じゃなかったとしても、グラドが手練れだということはわかった。


 周りにいる衛兵たちは少し離れたところで構えを解いた。槍を地面に立て緊張を緩めたのはグラドの強さへの信頼の高さからだろう。


「女のくせにたいした膂力りょりょくだ」


「あなたは女性がお嫌いか?」


 わずかにアムが押し込むと、グラドは一歩後ろに下がったところで疾風を思わせる足さばきから三つの剣閃を繰り出した。


「この視界の悪い薄暗闇の中でこれをかわすか」


「あなたが本気で体の芯を狙ってないからさ」


 光源は後方の焚火だけ。その光が反射する壁もなく視界はかなり悪い。そんな中で今の攻撃をすべてかわしたアムに驚くのは無理もないことだ。だが、彼に敵意のないアムは謙遜の言葉を返した。


 その言葉が気に入らなかったのか、グラドの気質に変化を感じた。同時に、右腕を後ろに引き、切っ先をアムに向けて突き技と思われる態勢を取る。刀身が淡く光を帯びた次の瞬間にアムの胸元で光が弾けた。


 ガサリと俺の側方にリンカーの鞘が落ちたのは帯が切れたからだ。その鞘に意識が向いたわずかのあいだに、アムとグラドは踏み込んで剣を打ち合わせた。


 二回、三回、ほぼ交互に打ち込むが最初の一太刀目以外は互いの剣は当たらない。おそらくグラドは攻撃速度と運動性を重視した回避型の闘士なのだろう。素早い足さばきで相手の間合いを外して自分の間合いに飛び込む動きは見事なものだった。


 いくつもの風切り音の合間にカチンと小さめな甲高い音が聞こえるのは、アムがグラドの剣撃を弾く、いやらしているからだ。それが回避しきれないからなのか、それとも狙ってのことなのかはわからない。だが、その答えはすぐに出た。


 さっきまでの小さな金属音とは違う衝撃音が闇に響いた直後、グラドの体がほんの少し後方へ流れる。それに合わせて間合いを詰めようと前傾するアムを狙い、強い閃光の突きが撃ち込まれた。それはグラドの闘技だ。


「ぅわっ」


 闘技のために踏み込んだグラドの足をアムが払ったことで、闘技の光は俺の側方を通過して上空へと消えていった。


「せいやー!」


 グラドの足を払ったその右足に体重を乗せ、完全に重心が崩れたグラドの胸に右肩を強撃させてテントまで吹き飛ばす。


「グラドさん!」


 まさかの展開に驚いた衛兵が声を上げた。


 背中から落ちたグラドは体を回転させて素早く起き上がるが、そこにはすでにリンカーを振り上げたアムが迫っている。


「選手交代だ!」


 空気を震わせる高らかな声でアムとグラドの間に割って入った男がリンカーをカチ上げた。


 流れるような動きで続けざまにガラ空きになったわき腹に横蹴りを入れるが、アムはそれを膝で受け、その勢いのままに後方に跳び下がる。


 アムが剣を構え直す間もなく接近してきたその男は、グラドとは反対に力と速度でガンガン押してくるアムに近い戦闘スタイルだ。


 右目に付けられた眼帯。百九十センチ超えるであろう長身と俺のお父さんよりも一回り大きい体が、メリハリのある動きでアムに剣を打ち込む。


「おまえは野盗か? この俺の攻撃を受け続けるとは大したもんだ」


 止まらぬ攻撃に防戦するアムに余裕の誉め言葉を掛けながらも猛攻は止まらない。


「大盗賊国家の者に野盗かと問われるとは思わなかったよ」


「いいねぇ。たまにはこういう闘いがしたかったんだ。それも陰力の使い手とは珍しい」


 歓喜と取れる声は発し、アムを攻め立てる男。もしやこいつが……


「待て、ブライザ。そのお嬢さんは野盗じゃねぇ。俺が連れてきた客人だ」


「ハーバン? お前が連れてきてくれたのか。感謝するぜ!」


 そのやり取りの中でも攻める手は止まらない。


「話がある、フォーレス侵攻についてだ」


「あとだあと、この勝負がついたら聞いてやるよ」


「ばか野郎、ちゃんと条件飲んでもらわなけりゃ勝負する意味がないんだよ」


 ハーバンの言葉に聞く耳も持たずに戦闘狂と思わせる声を上げて剣を振り回している。


「ならば、この勝負をつけてから改めて勝負をしてもらうしかないな」


 語尾に気勢を乗せて振り払った一撃がブライザを後方へ押し返した。テントから二十メートルも押し込まれていたアムがようやくその場に踏み留まる。そして、空いた間合いを利用して法技を繰り出した。


「メガロ・ザンバー」


 巨大な斬撃が離れたブライザを打つはずだったのだが、ブライザは法技が放たれるリンカーに向かって突進。


「砕けろ!」


 闇夜に溶け込む黒いなにかをはらませたブライザの剣とアムの法技が衝突。周りにいる俺を含めた者たちが重圧によって地に押し付けられた。


「うおっ」


 双方吹き飛んだと思われたがアムだけが後方に弾かれた。そのアムに追い打ちをかけると思われたブライザだったが、なぜか動かない。焚火の影となってよく見えないか、眉根を寄せてなにか悩んでいるというか考えている感じだ。


 アムはアムで着地と同時に飛びかかると思いきや、構えるどころか棒立ちになっている。そして、神妙な声でブライザに質問した。


「その剣をいったいどこで手に入れた」


「剣? この剣か、いい剣だろ。その昔、いけすかねぇ野郎に勝負を挑んで頂いたもんだ。惚れこんじまってどうしても欲しかったから少々ズルしちまったけどな。それよりもお前のその剣……」


 お互いの剣に興味を持ったと思われるやり取りの途中で、ブバッっと空気を弾けさせたアムの突進をブライザは受け止めた。


「うおっと。お前もいい法剣を持ってるじゃねぇか。さっきはその剣をへし折るつもりで放った法技だったんだが」


(このおれがあの程度で折れるかってんだ)


 ブライザには聞こえないリンカーのこの返しからアムの絶え間ない猛攻が開始された。これまでの攻防とは逆にブライザが下がりる展開だが、それでも攻撃的な防御でアムの攻撃を打ち返す。


「重剣ヴィグラー」


「ん?!」


 アムにしては珍しい乱撃の中で呟かれたその名に、俺は聞き覚えがあった。


「その剣は、わたしの師匠の物だった。それを奪っただと? 殺したのか?!」


「師匠? こ、殺しちゃいねぇよ。それよりもこの剣を手に入れたのは今から二十年くらい前のことだぜ、お前が生まれるかどうかって頃だろ」


 ブライザがアムの師匠のかたきとは、なにやら今後の作戦に悪い影響が出かねない話が湧いて出た。しかし、アムの師匠と言えば……、遠く深い記憶の引き出しを探り始めたところでふたりの猛撃の打ち合いが再開された。

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