追走
月明かりが雲の隙間から見え隠れする闇夜に、フォーレス方面へと続く街道を馬車が疾走している。
時刻は深夜零時半を回った頃。三匹の馬が引く大柄な馬車には、俺とアムとハーバン、そしてグラチェが乗り込んでいた。
戦争を止めるために『ブライザと勝負する』というようなことを言い出したアムの詳しい説明はまだ聞いていない。何故ならブライザは二時間前にブンドーラを出立してしいると聞いたので、大急ぎで準備をして飛び出してきたからだ。
一息ついたところでアムに詳しい説明を聞こうと思っていたのだが、話ながら小腹に携帯食を入れると深夜に叩き起こされたことで、再び睡魔が襲ってきてしまった。結局俺は眠りに落ち、数時間後にアムに起こされる。
「ラグナ、追いついたぞ。おい、ラグナ」
「う、うん」
肩を揺らされ起こされた俺は、なかなか開かない眼を擦りながら上体を起こす。馬車の客室にかかっている時計に目をやると四時を過ぎたところだった。月は雲に隠れて窓の外は闇に包まれていた。
ハーバンが指さす先に目を凝らすと、ずっと先の方にチラチラと小さな明かりが揺れているように見える。
「この先の森の少し入ったところで休憩しているようだ。グラチェの鼻が見つけてくれた」
横で寝ていたはずのグラチェが居ないのは、外に出て馬を先導しているからのようだ。
馬は車道を
「仕方ない、グラチェのあとを進むしかないな」
人の手の入っていない夜の森の中を進むのは危険だ。リンカーの照らす明かりを頼りにグラチェに先導されながらゆっくりと進んで行くと、五分ほど歩いたところで急に覆い茂る草木がなくなり、巨木以外が狩り取られた三十メートル四方の開けた場所に出た。その向こうでテントがいくつか建っていて、大きめのテントの中で炊かれた焚火を男たちが囲っている。
「ブライザの部隊で間違いない」
「行こう」
アムはそう言ってグラチェの腹をぽんと叩いてテントに向かった。
「魔獣だ!」
焚火が発する光量では俺たちを正確に認識できないはずだが、たった数歩進んだところで先頭を歩くグラチェに衛兵は気が付き大声で叫んだ。
すぐさま外に立っていた数人の衛兵が集まり腰を落として槍を構える。
「魔獣じゃない。あれはまさかエルライドキャルト。なんでこんなところに」
「人も居るぞ」
グラチェが四精聖獣だと知る博学な衛兵の声に次いで、後ろを歩く俺たちにも気が付いた声が響く。
俺たちは警戒心を上昇させないようにゆっくりと歩いて進み、顔が認識できる場所まで近づいたところでハーバンが名乗った。
「俺はリリサ組、部隊統括指揮官のハーバンだ。ブライザに話があって来た。ここに居るか?」
犬猿の仲だけあって
「ブライザは今、休息を取っている。話しなら俺が聞いてやる」
年の頃二十歳半ばといった男は、さらにハーバンの前に進み出た。
「よう、確かブライザのお気に入りの兄ちゃんだったな。名前はグランドだったか?」
「グラドだ」
ハーバンもそうだが、このグラドという男も態度が悪い。
「要件はなんだ?」
「このお嬢さんがお前たちのフォーレス侵攻を止めるんだと」
ハーバンの横に立つアムを眼だけで確認したグラドは視線を戻してから言った。
「フォーレス侵攻は王の言葉だ。お前たちが反対したところでどうにもならん」
フンッと鼻を鳴らしたところでアムが口を挟んだ。
「王からはフォーレス侵攻の許可が出ただけで、フォーレスを落とせという命が下ったわけではないのだろ? だからフォーレス侵攻を直接指揮するブライザという者を止めに来たんだ」
「よそ者か? どういう理由か知らんがブライザがいまさら侵攻中止を出すはずがない。どうやって止めるというんだ」
「ブライザと勝負するのさ」
その言葉が終わるかどうかというところで抜剣された切っ先がアムの喉元へ突き付けられた。
ハーバンは後ろに飛び退き、俺はその動きに反応して剣を弾こうとしたが、抜く前に柄頭をアムの手によって押さえられていた。
「おいアム」
アムはグラドの目を見たまま動かない。
「ブライザと勝負するというのは冗談ではなさそうだな。だが、女のお前が勝てるとでも?」
「女だからとは心外だな。それにこの勝負に男も女もないと思うぞ」
「そうだな、俺の見立てでもお嬢さんに分があると思うぜ」
「なに?」
ハーバンの言葉にカチンときたのかグラドの雰囲気が変わった。
「ならば俺と勝負しろ。俺に勝ったらブライザに話をつけてやる」
ハーバンの余計な
「待ってくれ。あなたと勝負したところでフォーレス侵攻の指揮権がないのでは意味がないじゃないか」
「それは勝つ前提での話だろ?」
「そう言うあなたの言い分も勝つ前提のモノではないのか?」
互いに引く様子はない。やはり力で示さなければならないということだ。
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