迷路
ブライザと別れてから馬車で六時間。雲間に見える太陽もすでに頭の上だった。
西に向かってひた走り、フォーレス領土に入ってからは念のため森の境を通って目的地を目指す。途中で野生獣と二度戦闘になったが、四人の上級闘士と聖獣グラチェの前にはさして問題にならずに撃退することができた。
馬車の俺たちとは違い、馬にまたがるグラドを気遣って休憩を取ろうと提案するのだが、グラドは「休んでいる時間などない」と休憩を拒む。
「あなたもそうだが馬も休ませないと最後まで持たないぞ」
このアムの言葉に、彼はしぶしぶ休憩を了承。食事と仮眠で三十分程度休み、再び馬を走らせた。
そんなことを数回繰り返した午後4時。ようやくフォーレス城の地下施設跡地へ続く入り口のある
廃墟となったボロボロの祠の奥へ進むと、崩れた石壁が重なり合う床に地下へと続く階段があった。
「フォーレスまではまだかなりの距離があるな」
アムの言う通りこの祠からは森の向こうにフォーレス城のてっぺんがちょこっと見えるだけだ。
「ここはいくつかある秘密の出入り口のひとつだ。長い長い通路の先に地下施設がある」
ハーバンはそう説明しながら階段を下りていく。百段はありそうな階段を降りたこころに縦横二メートル程度の通路が延々と続いていた。床と壁、そして天井に埋る四角い物がわずかな光を
「灯りが点いているのは助かるな」
「何百年か前のものだが、ここの設備の一部はまだ生きているんだ」
クレイバーさんの施設にも似た物があった。どこで手に入れた技術なのかわからないけど、クレイバーさんは同様の技術を利用しているのだろう。
仕組みかはわからないのだけど、おかげで見通しが良く早足で地下施設まで到達することができた。しかし、時刻はすでに五時を回っているので急がなければならない。
突き当りの扉を開けると地下とは思えない広大な空間があった。
呆気に取られて見回してから視線を落とすと、薄暗い部屋の先に妖魔と思しき獣が三匹、静かに立っていた。
「っ!」
いきなりの
「しっ!」
俺が剣の柄を握ったときには静かで力強い呼気を発したふたりが妖魔を両断し、拳が妖魔の顔面を殴り飛ばしていた。
「ラグナ油断するな」
「ラグナ君、そんなんじゃお嬢さんを護れんぞ」
「貴様の手を借りるまでもない」
出遅れた俺は三者三様の言葉に言い返せない。
そう、ここは妖魔の巣窟。俺たちは妖魔獣を蹴散らしながらフォーレス城へ向かい、全面戦争を回避するという使命がある。
三匹の妖魔を瞬時に倒した俺たちは、ハーバンに続いて崩れて廃墟となっている地下施設を慎重に進んだ。
「できることなら妖魔がおとなしい昼の時間帯に到達したかったな」
地下とはいえ、やはり昼間の妖魔は活発ではないらしい。
「気にするな。俺たちなら相手がグレイモンキールだろうと倒せぬ道理はない」
「おいおい、俺たちってグラドも闘うつもりか?」
ハーバンは慌てて聞き返した。
「あんたはここまで来て闘わないつもりなのか?」
「案内役で来た俺も数に入ってるのかよ。それに俺は両腕がこんな状態なんだぜ」
ついさっき妖魔を殴り飛ばしたハーバンだったが、数日前にアムにボコボコにされた腕は完治しておらず、包帯が巻かれている。
「あんたなら、そんな腕でも闘い様はあるんじゃないのか?」
「くわっ」
自分もいるぞと言わんばかりにグラチェが鳴いた。
「グラドはここでの出来事を報告に戻るんだろ? お前にもしものことがあったら誰がブライザに知らせに行くんだ」
「ブライザに知らせに行くよりも確実に妖魔獣を倒す方が重要のはずだ。それに、その闘女はブライザの親愛なる友人なんだ。ならば彼女の闘いを傍観しているなどできん」
親愛なる? 気になるこの言葉を聞いたからから、アムが割って入った。
「わたしの身を案じてくれるのは嬉しいが、あなたは全面戦争推奨派ではないのか? 妖魔獣との闘いで負傷したら、このあとの闘いにもブライザを護る使命にも支障が出るぞ」
同じくそう思っていた俺だがグラドは何食わぬ顔で首を横に振った。
「戦争を回避する方法があるのなら、それに全力を注ぐ。はっきり言って今までグレイモンキールを倒すということは現実的ではなかった。限定された環境下では奴が有利。動員できる人数は少数。妖魔化したことでその強さは常軌を逸している。そんなものに挑んで排除しなければ遂行できないならば、それは賭けであって作戦とは言えん」
「うむ、あなたの言うとおりだ」
それはここに来る前にリリサさんとの話し合いで聞いたこと。グラド言っていることはもっともなことだ。だが、なぜかグラドは妖魔獣との戦闘に進んで参加しようとしている。
「しかし、あんたと共闘すれば倒せる可能性があると判断した。それに……せっかくブライザと再会したのに、ここで死なれてはブライザが泣く」
どれだけあいつに心酔しているのか。とはいえ、ブライザは信頼できる男であるということは、『ブライン』だった二十年前のあの頃から知っている。
地図を眺めて迷路のような地下施設を極力戦闘を避けて進む俺たち。ここはクレイバーさんの研究所のように、よくわからないカラクリによって造られており、一部の機構が生きている。自動で開くドア、自動で上下する箱。そういったカラクリを使い狭い通路やハシゴも使ってどうにかグレイモンキールがいる場所の手前までやってきた。
「ここか」
ひと息ついた俺の目の前には左右に開くであろうドアノブの類いの無い大きな扉がある。
それは、打撃痕と思われる凹みで歪み、扉の前には瓦礫が積み上がっている。
「あの上の通路だ」
ハーバンは大扉の上にある一メートル四方の狭い穴を指さした。
「通路と言うより換気口だな」
「あれだとグラチェは通れないぞ。ってことはお前はここまでだな」
それを理解したのかグラチェはしゅんとなり首と尻尾を垂らした。
「休息が必要か?」
このアムの問いかけに、皆は首を横に振る。
「ならば急ごう」
先陣切って瓦礫を登ろうとするアムだったが、それをグラドが止めた。
「部屋に飛び込んで不意打ちでも食らうようなことがあったら大変だ。ここは俺が先に行かせてもらう」
グラドのアムへの気遣い。この行動に呆気にとられる俺をハーバンが肘打ちする。
「いや、先頭は俺が行く。アムを護るのは俺の役目だ」
「貴様は俺の後ろを付いてくればいい。安全に妖魔獣の前に立たせてやる」
「バカ言うな。お前だって妖魔獣の前に降り立った瞬間に殺されるかもしれないぜ。鎧だった俺を舐めるな。護ることなら俺のが専門だ」
どっちがアムの前を進みアムを護るかと言い争っていると、ハーバンは小さく手を上げて呟いた。
「なら俺はお嬢さんの後ろに付いて行くってことでいいかな?」
「「いいわけないだろ!」」
結局、グラド、俺、ハーバン、アムの順で通路を進むことになった。
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