商魂
俺とアムの助力を得た彼らはウォーラルンドの状況を加味して、今後の方針を考えたいと話し合いは中断。俺たちは一旦席を外すことになった。
「街に出てみないか」
アムの提案に乗って食休みがてら街を散歩することになったふたりと一本と一匹は、商店街に向かって歩いていた。
街に出たい理由はこの国を聖闘女が作ったと知ったからだろう。その顔からはウキウキとした感情が漏れ出していて、押しとどめようという気持ちは欠片もなさそうだ。おかげで緩んだ顔がいつもよりも子どもっぽい。ついさっきまで戦争という物騒な話をしていたとは思えないほどに。
「アムの気持ちはわからないでもないけど、そんなに聖闘女に会いたいのか?」
「ラグナは会いたくないのか? 聖闘女だぞ? リプティもそうだが本来会うことができない歴代の聖闘女だ。この感情はもう恋と言っても過言ではないかもしれん。とは言え、悪しきおこないは許せんが、その経緯や目的を直に聞き出してみたい」
恥ずかしげもなく『恋』とか言ってしまうとはどれだけ興奮しているのか。俺もお父さんのコネで憧れの騎士団長と会ったときは興奮したもんだが、アムほどではなかったように思う。
そうこうしているうちにこの国に来てすぐにハーバンに声をかけられた商店街へ来ていた。争った形跡は壊れた木箱の小さな破片や壁に走った亀裂がうっすらとあるだけだ。
(なんだよ、何ごともなかったみたいに普通じゃねぇか。もっとコソコソしてるのかと思ったのによ)
普段と変わらない人々のニコやかな賑わいと一緒に、リンカーの愚痴が俺の耳に飛び込んでくる。
俺もリンカーと同意見だ。街ぐるみで騙したりケンカを吹っかけてきたりと、悪意とまではいかないが俺たちにやったことへの罪悪感や、アムがハーバンを叩きのめしたことに対する怒りもないのだろうかと考えていた矢先、
「よう、お嬢さん方」
横を見るとバカ高い値段を吹っかけた果物屋の店主だった。
「さっきは悪かったな。仲間内から連絡を受けて君らのことは聞いたよ。お国の事情だったとはいえ酷いことをして、すまなかった」
どうやら、すまなかったと口に出せるくらいの気持ちは持っているようだ。
「気にしないでくれ、この国の状況はおおよそ把握した。わたしの望みもこの国にあるとわかったし、微力ながら力添えをすることになった」
「本当かい? あんたほどの人が力を貸してくれるなら心強い!」
店主は大袈裟に手足を動かして細い目を見開いている。
「ん? 値段が変わってるな」
アムは果物が積まれたカゴに添えられた値札の変化に気が付き口に出した。見ると、全ての商品の値段があのときよりも安くなっている。
「あはははは、こっちの件も謝らないといけないな。どうだい、お詫びと言っちゃなんだが定価より安くするからこの国の名産のプラムン買っていかないか?」
五十七ダランだったプラムンは五十ダランに下がっていた。
「五十ダランのところを四十五、いや四十二ダランにしておくよ」
五十七から四十二とは、どれだけぼったくろうとしていたのか。
「本当かい? この果物は気になっていたんだ。そういうことなら三個売って貰おうかな」
アムが笑顔でそう言うと、
「毎度あり!」
威勢よく応えて袋に入れ始めた。
「三個で百二十六だけど、百二十にしておくよ」
「いや、そこまでしてもらわなくても大丈夫だ。謝罪の気持ちは十分に伝わったよ」
さらなる割引に流石に気が引けてきたのか遠慮するアムに、(せっかくおまけしてくれるって言うんだからいいじゃねぇか)とリンカーが口を尖らせた。
「ちょっと待った」
俺は財布からお金を出そうとするアムの肩を叩くと、
「これ以上の好意を受けるのはさすがに申し訳ない。彼らも生活のために……」
その言葉を言い終わる前に、俺は三角形に折られた値札を回転させた。
「……仕事をしているの、だから……」
【一個 三十五ダラン】
三角折られた値札は三面に別々の値段が書き込まれていた。
「確かに好意だったら申し訳ないけどな」
「…………」
賑わっていた商店街が一瞬静まり返える。サッと振り向くと素早い動きで値札がひっくり返された。
「三個、百ダランでいかがですか?」
なんと商魂たくましいことだろうか。
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