観光
「まったくとんでもない街だな」
ぼったくられそうになったアムが言う。プラムンをかじりながらの言葉には呆れと感心の意が込められていた。
「なんで気が付いたんだ?」
「気が付いたというか。そうだなぁ、人生経験とでもいうのかな。こういう街であぁいう場合はこんな感じかっていう程度のことだよ」
人の良いアムでは決して気付けないことなのかもしれない。この街に来てから注意力だの観察力だの警戒心だの洞察力だのが足りない足りないと嘆いてしまうことが多かっただけに、少しだけ心が軽くなった。
「ラグナのおかげで損せずに済んだ。やはり頼りになる」
(闘いにはまったく役に立たないけどな)
「黙ってろ腐れ包丁」
俺はアムが担ぐリンカーを鞘から引き抜いてプラムンを半分に切った。
(ばかラグナ、おれで果物を切るんじゃねぇ)
「おまえは戦闘以外にも役に立つから羨ましいぜ」
皮肉ってからリンカーをアムに返す。
「こういった知識や経験はわたしに足りないことだからな。旅の野営や食材の調達もラグナのおかげでどれだけ助かっていることか。ありがとう」
「騎士団の遠征で必要なことだからお父さんが仕込んでくれたんだ」
(ドヤるな。闘いでは足手まといだから差し引いてもゼロに達しないぞ)
アムに刀身を拭かれて鞘に納められながら毒づいた。
少なからずアムの役に立っていると実感できたのは嬉しいことだ。まったくドヤッてはいないがリンカーの言うことも決して間違ってはいない。
聖都への旅路はなにか不穏な渦に巻き込まれつつあるように思える。立ち寄ったタイミングで巻き込まれたウォーラルンドの魔女事件が聖闘女の争いと繋がっているのかという疑念もある。アムは戦争に加勢することはしたくないとは言っているが、最悪の場合はやはり戦闘力が物を言うのは間違いない。
「さて、会議の続きは夕食のあとだと言っていたからまだ時間はあるな」
「まさか王様に聖闘女のことを聞きに行くなんて言うんじゃないよな?」
アムの切り出し方に妙な含みを感じた俺は、先回りして釘を刺してみた。
「まさか、さすがにいきなり王に謁見して国が隠している聖闘女のことを聞きはしないさ」
アムの返答に胸を撫でおろしたのも束の間、
「この街の観光だ。東に行ってみよう」
それは『アムが言い出したら困ること』で二番目に頭に浮かんだモノだ。
俺の返答も聞かずにスタスタと歩き始めたアムを小走りで追いかける。
「ちょっとちょっと、それもまずくないか? ハーバンも街の東には近づくなって言ってたろ。それにリリサさんと違って話を聞くような奴らじゃなさそうだし」
アムの歩みを止めようと話してみるが、そんなことで止まるはずもない。足を止めずに振り向いたアムの顔はやや疑問めいていた。
「ブライザ組を説得に行くと思っているのか?」
「違うのか?」
「当たり前だ。そんな国の方針に部外者のわたしが口を挟んだところでどうにかなるわけないし、挟む義理もない。当然向こうはわたしなんぞにどうこう言われる筋合いもないとなれば、話に行くだけ無駄というもんだ」
「そ、そうか。それならいいんだけど。だったら治安の悪いそんなところにわざわざ行かなくても」
「聖闘女ビューテが再建させたこの国がどんなものか見てみたいんだ。それに大盗賊国家なんて呼ばれていたこの国が、ちょっとがめついがこれだけ活気ある国になったんだぞ。東の者たちも聞くほどおかしな連中ではないかもしれないじゃないか」
確かに俺はハーバンに聞いた情報だけで判断し、東の街に偏見を持っている。リリサ組だって理由があったとは言え、最初はあんなことをしてきた。普通に考えたら治安がいいとは言い難い。いがみ合っているだけでどっちもどっちなのかもしれない。
「わかった。散歩ついでだし、どんなところか見てやろうか」
(おかしなことしてきたらおれが叩き斬ってやるからよ)
それはちょっと穏やかではないが、リンカーのその気概に俺も負けるつもりはない。
「がうぅぅぅぅ」
リンカーの声が聞こえているのかわからないが、グラチェもそれに乗っかるようにして咆えた。
ハーバンたちリリサ組はこの街の西部の中心にあり。街の東部へ徒歩で向かうと三十分くらいかかってしまうと商店街で聞いたので、最寄りの巡回馬車乗り場を教えてもらった。
乗り遅れると長らく待つことになるらしく、グラチェの背に乗って馬車乗り場に急いだところ、ちょうど馬車が出たところだった。
「あちゃぁぁ、行っちまったな」
と落胆すると、
「グラチェ頼む」
アムの声を受けてグラチェが加速する。振り落とされないように背中の毛を引っ掴んだと同時に、倍する速さで馬車の後ろに追いついた。
「すまない、わたしたちも乗せてくれぇぇぇ」
アムの声を聞いて馬車はゆっくりとスピードを落として止まった。
「ありがとう」
小柄とはいえ守護獣が追いかけてきたことに驚く御者に、お礼を言って馬車に乗り入る。十人ほどの人が乗る大きめの馬車ではあるが、グラチェが乗るスペースはないので、アムはグラチェにハーバンのところに戻るようにと告げて頭を撫でた。
「グラチェに乗って行けばよかったんじゃないのか?」
「観光のためにわたしたちを乗せて走らせるのは可哀そうだろ。それに、激しく揺れるグラチェの背中に何十分も乗って移動したいか?」
ちょこんと座って寂し気にお見送りをするグラチェを見て、それは遠慮したいなと納得した。
しばらく馬車に揺られていると王都の城門前を通り過ぎる。さらに十分が過ぎた頃、赤い看板が目についた。
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