目的

 倒すべきは聖闘女だと聞いて、俺もそうだがアムの心が大きく乱れたのを感じた。それを告げたハーバン本人も体を強張らせてアムの様子をうかがっている。


「聖闘女を倒す? その聖闘女はリプティなのか?」


 さすがにこのことは予想外過ぎて俺もアムも驚きが隠せない。


「今の反応からすると本当に繋がりはないんだと感じたが、それが演技だとしたらたいしたもんだ」


 アムの反応が本物だと確信を得たことで少し緊張を解いたハーバンはお茶をひと口飲んで話を続けた。


「聖闘女の名前はリプティではない。アクヤという名前だったはずだ」


「アクヤ。その名は確か三代目だったか」


「フォーレス王国は聖闘女が表立つことはなく、別の王が即位することで国を治めている。食うに困るようなこともなく人々は平等で安定した生活を送っているらしい。武術と学問などの教育が熱心におこなわれていて、資質のある者は聖都の聖騎士に任命されるという名誉が得られる。国民はそれを目指して日々励んでいるというわけだ」


 なんの問題もない平和な国だと思った。このあとの話を聞くまでは。


「だがそれには裏がある。聖騎士に任命された者はフォーレス王都で人体強化の改造を受けることになる。それに成功した者だけが聖騎士になれるというんだ」


「改造?! 改造って」


 あまり聞きなれない単語だが、人体強化という言葉からおおよそを察しはついた。


「成功した者ってことは失敗することがあるってことだよな?」


 神妙な顔つきで語ったハーバンに俺は質問した。


「失敗は死を意味するらしい。聖都に配属となればそうそう家族と会う機会はない。失敗によって命を落とした者については、魔獣討伐中の殉職として知らされることがほとんどだとか」


「あなたたちはそんな極秘情報をどうやって入手したんだ?」


「最初からだ」


「最初?」


 どういった意味かわからない。


「フォーレスは聖騎士を養成するために建国された。そしてブンドーラはそのフォーレスを潰すために、聖闘女を倒すために、果てには聖都を倒すために建国されたんだよ」


 いったい何年前からこんな計画を?! ブンドーラとして再建されたのは魔女が封印された少しあと。仙人ハムや森の妖精ウラ、ウォーラルンドの人たちが魔女との運命に翻弄されてきたのと同じくらいの期間、この国は聖闘女を倒すために準備してきたということになる。


「だが、問題が起きた。フォーレスにブンドーラの反乱の意思があると漏れたかもしれないんっだ。そして、フォーレスがブンドーラに進軍するために準備をおこなっているらしい。建国から長らくフォーレスの傘下に入ることで、そんな敵意を見せずにやってきていたはずなんだが、どこからか聖闘女を倒すと言う情報が漏れてしまったのか」


「なぜ聖闘女を? 滅ぼされた恨みか?」


「いや、ヌストだったころのことは関係ない。半分は世界のため。残り半分は私怨だ。この国も王の上にいるんだよ。真の支配者が」


 この話の流れから次に話される内容が頭によぎった。


「そのことを知っているのは今ここにいる者だけの極秘事項だ」


 ハーバンは言い出しづらそうに口角をもごもご動かしてから口を開いた。


「その者は、大盗賊国家ヌストの残党を叩き潰したという闘女。そして、ブンドーラとして再建した者でもある。名前はビューテ=ラグドル」


「それは二代目の聖闘女の名前だ!」


 さしものアムもさらなる聖闘女の登場に驚きをあらわにした。リプティだけでなく二代目、三代目の聖闘女が健在で、歴代の聖闘女が敵対していることだって十分に夢物語だ。それを知る彼らがアムの話したことを夢物語だというのはおかしなことに思える。


「聖闘女ビューテがこの国に?」


「正確には王がビューテの意志を継いだ。聖闘女ビューテは大昔にこの地を離れてしまったということだ。打倒聖闘女、打倒聖都のために独自で動いているらしい。王が言うにはだが。だから俺たちは聖闘女にお目通りしたことがない」


 なるほど、アムの言葉が信じられなかったのは聖闘女が本当にいるという確信がないからだ。いくら王がそう言っても二百年くらい生きていることになる聖闘女と会ったことがないため、どこか非現実的だと思う部分もあるのだろう。


 これまで静かに聞いていたリリサさんが口を開いた。


「王が言うには、聖都は正義の名の元に悪しき行為をおこなっているということです。聖都のおこないはともかく、フォーレスのおこないは看過できません。それを潰すのがわたしたちの目的です」


「王が戦争を望んでいるのか?」


「戦争は聖闘女を倒すための手段だ。目的じゃない。ただ、その覚悟と準備はしている。そして、奴らにその意思が漏れてしまったという今、判断が迫られている」


「この国には早期開戦を望んでいる者たちがいるのです」


 リリサさんの言葉をハーバンが説明する。


「君らと最初に会ったときに街の東に治安の悪い地区があるって話をしただろ? そいつらは闘ってぶっ潰すっていう姿勢だ。さっきは身ぐるみ剥がされて放り出されるなんて脅したが、いやまぁ嘘ってほどでもないんだが、攻撃は最大の防御と言わんばかりに好戦的な奴らさ」


 確かにその考え方も無くはないが、国同士の戦争はそんな簡単なもんじゃないのだろうと思い、その荒くれ者のボスを朧気に想像した。

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