負荷

(上級法術を高位術者が全力でおこなうと、心と体にこれほどの負担を強いるの?)


 起き上がった陰獣は低く身構えると左側に走る。かと思うとすぐさま右に跳び、また左に切り返す。私の周りを回りながら素早く左右に反復し、左、左、右と不規則に飛び跳ねてリズムを崩す。


(この攻撃は絶対に外せない。もっと集中して同調しないと)


 この動きに着いていけずに攻撃を外せばもう次はない。それどころか命もないのだろう。


 生まれて初めて命を懸けた戦場に身を置き、どうしようもないほどの恐怖が沸き上がってきた。アムサリアとの同調もゆらゆらと不安定になっているように感じる。次の瞬間には陰獣の攻撃でこの命が尽きるのかという恐怖が背筋を走った。


「大丈夫だ」


 しかし、アムサリアのひと言でその恐怖が薄くなっていく。気持ちが落ち着いて持ち前の集中力が戻り、サーっと辺りが静かになって耳も目も感覚もハッキリする。


「トルクス・エンハンサー」


 瞬時に感じ取ったわずかな変化に反応し法文が唱えられ、法術発現と同時に全身に強烈な衝撃と痛みが走った。右側面から飛び込んできた陰獣が振り下ろした屈強な腕を受け止めたのだ。


「死ぬ気で押し返せ!」


(うぅあぁぁぁぁぁ!)


 アムサリアの勢いにシンクロし、普段は使わない荒々しいかけ声を張り上げる。そして、肉体強化であろう上級法術により受け止めた攻撃を、あらんばかりの力で押し返し、そのまま剣を上段に構えて大きく一歩踏み込む。


「グラン・ファイス・ブレイバー!」


 押し返されて後ろに反り返った陰獣に、極大に増幅され圧縮された闘気と心力が斬撃となって打ち付けられると、インパクト時に発生した爆発じみた衝撃が私自身の体をも襲った。


 今まで体験したことのない法技の大発現力による心力と闘気の解放は、外部から強い力で吸い取られるように私の中の力を奪っていった。


 消えそうな意識と焼かれるような全身の痛みに耐えて目を開けると、陰力の衣が消失したディスペルムが肩から両断された体をさらして息絶えていた。


 終わってみれば圧勝。彼女に体を貸してから一方的に有利な闘いだった。なのに私はボロボロだ。


「わたしの取って置きの技だったのだが、自身を護る力場の出力が足りなかった。すまない」


(それは私の心力不足でしょ。錬成に必要な心力が足りなかったんだからしかたないわ)


「リナ、よく耐えてくれた。もう休んでくれ」


(まだよ、噴水広場の陰獣が残ってる。助けに行かなきゃ)


 剣を杖にして息を切らしながら感謝と謝罪を言う彼女に言葉を返す。


 刀身に亀裂の入った剣を捨てて錫杖を拾い、傷ついた体を引きずるように私は噴水広場に歩みを進めた。


「無理をするな。その体ではもう闘えない」


(あなたはどうなの? 霊波動がさっきより弱くなってるわ)


 アムサリアの存在感が少し薄く感じる。彼女自身もさきほどの闘いで無理をしたのだろう。


「キミは闘士じゃない。わたしとは違う」


(あなたは闘士の頂点に立つ聖闘女だったかもしれないけど、今は肉体を持たないお化けでしょ)


 そんなことを言い合いながら噴水広場にやってくる。すぐに戦況を確認すると、さっき発現させた法術陣はすでに消失してしまっており、闘っているのもフェンドさんと自警団員が二名だけだった。


(援護しなきゃ)


 一歩足を踏み出すと今まで以上の痛みが体に響き、その痛みに耐えきれず地面に倒れ込んだ。


「体の悲鳴を感じたか?」


 倒れた私の前にアムサリアが立っている。彼女が私から出たことで本来の痛みや消耗の感覚が戻ったのだ。


「さっき話した通り、ずっとリナの中にいると魂にも心にも大きな負荷がかかって、最悪キミと言う存在が消失しかねない」


「そうだったわね、さっきはともかく今その話を聞いたら『愚問ね』なんて言えないわ」


 それでも私は錫杖を使って立ち上がる。


「思っていたよりもずっと酷い状態だったのね。でも休んでいるわけにはいかない」

「もうすぐ王都から救援が来るはずだ、あとは任せよう」


「そのもうすぐのあいだに、誰かが死ぬような取り返しのつかない事態になってしまうかもしれないわ」


 ここからでは支援法術が届かない。あと二十メートルは近付く必要がある。


 痛みに耐えながら一歩一歩と歩みを進め、たどり着いたその場所で錫杖を構える。激痛によって散漫になった集中力では法術の錬成に普段より時間がかかる。その上、疲弊した心では錬成に足るだけの心力がなかなか溜まらない。


「避けろ!」


 アムサリアの叫び声の直後に大きななにかが勢いよく私に激突した。その衝撃で地面を十メートル転がり飛ばされ仰向けに倒れてしまう。高めていた心力は今のですべて消えてしまった。


 横を見ると自警団員が横たわり、唸りながら咳き込み痛みに耐えている。吐血の量からすると内臓を大きく損傷しているようだ。


 どうやら私に激突したのは陰獣の攻撃によって飛ばされた彼らしい。法術の錬成に集中していた私はそれを無防備に受けてしまった。


(早く治療をしないと命にかかわる)


 起き上がって彼のもとに行こうとしたが体が動かせない。痛みに耐えて閉じた目を開けると、上から赤黒いなにかが迫って来る。


(やだ……)


 陰獣の巨体が私に向かって落ちてくる。


(動けない、逃げられない、嫌だ、死んじゃう……)


 瞬時に無数の想いが駆け巡った。


 アムサリアの声が聞こえる。


 フェンドさんの声が聞こえる。


 ラグナ君の声も聞こえる。


「エクス・ファイム・スラスト」


 彼の声の直後、目前に迫った赤黒い死神はまばゆく光る流星に撃たれた。

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