憑依

 突然の理解不能な申し出に困惑していると、地面に突き刺さった氷塊ひょうかいがぐらりと揺れた。


「あいつはまだ生きている。もともと強靭な肉体と生命力を持っていた奴が陰獣となったんだ。あのくらいでは倒せない。やはり強力な物理攻撃を叩き込むしかない」


「私の体を貸してくれっていうのはまさか?」


「そうだ、キミの体を使ってわたしが闘う」


 絶句とはこのことか。


「でも、どうやって、どうすればいいの」


「拒否しないところはさすがはクレイバーに育てられただけはあるな」


 この状況下では駄々をこねてる場合ではない。


「簡単に説明する。レイス等の悪霊に取り憑かれる者は、その感情や思考がそのレイスと同調しているからだ。つまり、リナとわたしが同調すればリナの中に入ることが可能なはず」


「ホントに簡単な説明ね」


 皮肉も込めて言ってみる。


「今この状況で同調できることと言えば、ラグナや街の人を救うために、この陰獣を倒すということだ」


 確かに今成すべきことはその一点のみ。


「だが、同調してキミに入れたとしてもリスクはある。もしリナの心力が弱かった場合、最悪キミの存在が消えてしまう可能性があるんだ。わたしが出て行っても抜け殻のようになってしまうだろう。リナ、キミに街の人たちを、ラグナを護るというわたしに劣らぬ強い意志があるか?」


 その質問に対する答えはひとつしかあり得ない。


「愚問ね。いいわ、やってちょうだい。あなたに比べたら軟弱な体だろうけど、その意志で負けるつもりはないわ」


 ふたりで顔を見合わせると、氷塊ひょうかいが横転して陰獣がい上がってきた。


「では行くぞ、奴を倒す!」


 その意志表明と共にアムサリアが私の中に入ってくる。



   ***



 どこかにフワフワと浮いていて、ぼやっとした窓から見ているようなそんな感じだ。体の感覚も薄いけど動かせないことはない。


(ここはどこかしら? なにをしていたんだっけ?)


 名前を呼ばれている気がする。


(剣が欲しい? 私は持ってないわ。なんで剣が必要なの? 法剣なら自警団の人が持っているんじゃない?)


 辺りを見回してみると公園の端の木々の間で倒れている自警団員の近くに落ちているのが見えた。


(あそこに行くのね。なんでそんなに急ぐの?)


 全力疾走。走りながら剣を拾い上げ、右足で急制動し反転。視界にはこちらに向かって走って来る赤黒い怪物が見える。


(あれは確か……、こっちに突っ込んで来るわ。逃げないと)


 体が思うように動かない。


 右側に逃げようと踏み出そうとするが、体が左に戻されてこの場に踏みとどまろうとする。


(どうしたの? 逃げないと)


 誰かが叫んでいる。


(私が逃げたらどうなるかって?)


(あいつをここで食い止めなかったら……)


 誰かが。私が困る?


「リナー、ラグナを護るんだろ!」


(そうだ、ラグナ君を!)


 ぼやっとしていた視界がグッと晴れた。


「エアロ・ファルッシュ」


 空圧によって加速された斬撃が繰り出され、右腕に痛みと全身に衝撃が走った。


 突進してきた陰獣は、その勢いのままに私の右側へれて並木道の木々に衝突。私も左後方によたつくが、なんとかバランスを保ち立て直す。


「リナ意識が戻ったな」


(ごめんなさい、『愚問ね』なんて大口叩いておいて)


 そのやりとりをしながらも倒れた陰獣へ駆け寄り、無防備に倒れる背中に上段から剣を振り下ろす。さらに横薙ぎに剣を数回振るった。


 陰獣はわずかに低く唸る声を上げると一気に腕を使って上体を起こし、真後ろに馬蹴りのごとく蹴り上げた。


 のけ反ったところを陰獣の後ろ脚が眼前を通過し、空気が前髪を跳ね上げる。


 そのまま前転して私たちの反撃を逃れた陰獣は木を駆け登り、上から襲いかかってくる。その攻撃をかわしざまに脇腹を斬り付けると、剣を握る手と関節に強い痛みが走った。


 攻撃をかわしざまに脇腹を斬り付けると、剣を握る手と関節に強い痛みが走った。


 斬られながら着地した陰獣はバランスを崩して転げ、反対側の木に背中を打ち付け倒れた。だが、この好機に追撃ができない。それは私も剣を地面に落として膝を付いてしまっていたからだ。


「リナ?!」


(これはなかなかキツイわね)


 たった数度の、それもこちらが有利な攻防で、私の体は悲鳴を上げてしまった。体を鍛えていないわけではない。でも闘いで使う力はまったく違うことを実感した。


「こちらの攻撃は効いているが、そう何度も打ち合えそうもないな」


 腕も背中も腰も足もズンと重い痛みを感じるが、アムサリアとひとつになって体の感覚が薄くなっていることを考えると、実際はもっと強い痛みなのだろう。そう思うとこのあとが少し心配になる。


「リナ、次で決めよう。そのためにもっともっと大きな負担がかかると思うが耐えてくれ」


 その言葉には不安や心配といった感情が強く込められているのが伝わってくる。本気で危険だということなのだろう。


(いくら魔獣ディスペルムが相手だって、エイザーグに比べたら小物よね。奇跡の英雄が本気を出したら一発でおしまいでしょ?)


「まったくその通りだ!」


 その言葉と同時にアムサリアの心力が高まっていく。法術を錬成しているのだ。


(この抑え込まれるような息苦しい感覚はっ)


「リナ耐えろ」


 法術を錬成しているだけで押しつぶされるような、弾け飛びそうな、意識が消えそうな、そんな感覚が私を襲った。

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