罪の残滓
「さぁふたりとも再会の挨拶はそのくらいでいいか？
化け物はさらに禍々しさを増して強大になっている。しかし、無数の邪念が寄り集まっただけで統一性がない。そこが根本的にエイザーグとは違うのだった。
「ごぅわぁぁぁぁぁぁ」
口らしき開口部から息を吸い込むと凄まじい陰力が圧縮されていく。あっと言う間もなく撃ちだされた光弾が炸裂すると思いきや、アムが剣を振り上げると、その方向に弾き飛ばしていた。
炸裂すれば今の俺など蒸発してしまいそうな光弾をなんなく弾き飛ばしてしまったアムは、涼しい顔で笑って見せた。
跳躍ふたつで化け物に接近し、振り降ろされた触手を鮮やかにかわす。
「せいやー！」
そして、
その動きは速く、鋭く、力強く、すべてが俺の知るアムを超えている。
「いい切れ味だな」
（当然だぜ。おれの力を使いこなせるのはアムだけで、アムの力を最大限発現できるのはおれだけだからな）
「だが、この程度ではダメなようだ」
アムの言葉通り横転した化け物の体はうにょうにょと
「きょえぇぇぇぇぇ」
耳をつんざく奇声を上げて無数にうごめく触手をアムに打ち出した。
しかし、彼女は降り注ぐ触手の雨を滑らかな足さばきですり抜けながら斬り落し、そのままふところに走り込んで十字に斬り裂く。
「ファイム・リニア・ストライク」
斬り裂いた中心部に突き付けたリンカーから波紋が広がり、体中から多数の破裂音と血しぶきが舞う。邪念の集合体は苦しみの絶叫を上げながらも、リンカーが突かれた場所を中心に巨大な赤い花を咲かせた。
リンカーを引き抜いて後方へ跳び下がるアムに、回転した花が高速で花びらをまき散らした。
「ファイム・メガロ・シルド」
前方にかざした手のひらに巨大な炎の盾が燃え盛り、次々に花びらを焼き落す。
「はっ！」
発した気勢で打ち出された炎の盾は巨体に咲いた花にぶち当たり、残った花びらは焼き尽くされた。
エイザーグをも上回る化け物を
「
振り上げられたリンカーに力が集まっていく。繰り出すのはアムのオリジナル法技で、さきほどアムが俺の体で使ったモノだ。
しかし、構えられたアムから感じる圧力は俺が全身全霊を懸けたそれを大きく
それに呼応するように、化け物も頭部らしき場所の開口部に力を集約させ、高まった力は極大に達して爆発寸前だ。
「ラグナ、とくと見よ。これが真の……、グラン・ファイス・ブレイバーだぁぁぁぁぁ！」
力強く踏み込まれた右足と連動して、しなやかでたくましい腕が振り降ろされる。闘気と心力の巨大な刃が、化け物が撃ち出した悪意の波動を飲み込みながら全身全霊の力で叩きつけられた。
常軌を
しばし大聖堂に反響していた絶叫や炸裂音は減衰し、静寂が辺りを包む。
「終わった……のか？」
「あぁ終わったぞ。二十数年前にわたしが犯した罪の
ねっとりと纏わり付くような陰力と押しつぶすような邪念の圧力はすっかり消えた。
本来そうであった
これが物語であれば大聖堂の天窓からは嵐の晴れた空の陽射しが射しこんでくるのだろうが、残念ながら上空にはまだ雷雲がくすぶっていた。
破壊魔獣エイザーグを上回る絶大な陰力を振るう邪念の化け物が誕生したと思ったが、その陰力をも上回る暗黒力を操る闘女によって完全に消滅した。その闘女はしばし沈黙していたがゆっくりと振り返り、瓦礫や土砂を踏み越えて俺に向かって歩いてくる。
さきほどと変わらずその身の内には強大な陰力が秘められ、常識的に考えれば彼女はエイザーグやあの化け物を超える国の脅威と言えるだろう。
倒れる俺の前に立ち止まった彼女はリンカーを地面に突き刺した。
「ア……」
声をかけようとしたがあの化け物を
彼女は俺の腹に乗っている大きな瓦礫を押しのけて手を差し伸べた。
一瞬の
「ただいま……」
体を引き起こしながら言った、このなにげないひと言が、今まで無意識に塞き止めていた俺の感情の壁を崩壊させてしまう。
起こされた勢いのままに彼女に寄りかかると、その両手で彼女を強く抱きしめた。
「おか……えり」
俺があのとき強く願ったのはこの抱きしめる腕と寄り添う人の体だ。ひとりで立ってさえいられない、くたくたの体で目一杯腕に力をこめる。あの頃はなかった涙も
いつから生まれた感情か覚えてはいない。アムを護る使命を持って誕生し、意思を経て意志となった。
時が経つに連れて護ることしかできないやるせなさを感じるようになると、無茶な闘いに挑むアムを護り切れないかもしれないと思うようになり、自分の存在意義に疑問を覚えた。
最後の闘いで自分の前から消え去りそうなアムに代わって闘えない自分を責めた。同時にアムの横に並び立って闘える人間になりたいと、心のどこかで憧れていた思いが溢れ出し強く願ったのだ。
何分こうしていただろう。崩壊して流れ出た感情の波がそこそこ納まったのを見計らってアムは少し体を離して言った。
「この世界に蘇りすべての記憶が戻って、わたしやエイザーグの謎は解けたが、まだひとつやらなければならないことがある」
俺は涙を
「なんだよ、やらなければならないことって？」
「まぁ待て。それよりリナとクレイバーだ」
「あっ」
そう、ふたりも俺と同様に至近距離で咆哮を受けたのだ。障壁を発現したのが一瞬見えたけど、あの威力は完全に防ぎきれるほど甘くはない。
焦って踏み出した足が踏ん張れず、倒れかけた俺をアムは引っ張り上げて、その腕を肩に回して言った。
「ふたりは大丈夫だ」
アムが指をさしたその先に意識を集中させると、かすかに輝力を発する場所を
「グラチェも大丈夫なようだな」
エイザーグもどきを倒したグラチェもゆっくりとこちらに歩いてきているのを確認し、アムに肩を借りたままふたりの場所に向かう。そこには瓦礫の下の空洞で障壁結界を張ったクレイバーさんがリナさんを抱えている。
リナさんはおじさんの腕の中で眠るように穏やかな顔をしている。おじさんは痛みに顔を歪めて流血しながらも、瓦礫の崩壊を防いで彼女を護っていた。
「さすがはクレイバーだ。ラグナと違って瓦礫に埋もれてみっともなくひっくり返ってはいなかったな。無事でなによりだ」
アムがそう声をかけると、
「誰が無事だって？」
「リナとあなたの威厳がだよ」
と、またしてもこんなやり取りがなされた。
瓦礫を除去してふたりを助け出すと、さしものクレイバーさんも息を大きく吐いて腰を下ろした。
「すまないがわたしはもう治療法術を使えないんだ」
アムは力の源が陰力に変化し、生命活動を活性化させる輝光法術が使えなくなったのだ。
「大丈夫だ、止血さえすれば問題ない。それに治療助力の法具がある」
俺たちがひと通りの応急処置を終えた頃、リナさんは目を覚ました。アムの存在に驚いてはいたが、おじさんと俺の言葉を聞いて詳しい理由は聞かずとも取りあえず状況を飲み込んだ。
「では、
俺たちはアムの言葉に従って
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