復活

 黒きアムとの闘いに決着がつき、俺に憑依していたアムザーグが彼女の中に入っていった。それによって俺の感覚が戻ると、この闘いで酷使していた体の悲鳴が聞こえ、俺はその場に両手両膝を付いた。


 体力も筋力も振り絞った疲労感。しかし、ダメージと言えば右肩と背中に受けた攻撃による痛みと、肩周りの筋肉に打ち身と極度の張りが顕著けんちょにみられるが、それ以外はたいしたことはないようだ。激しく亀裂が走ったこの鎧も、輝力が回復すれば修復していくだろう。


「あいつは天才だな」


 聖闘女の強さに対して素直にそう思った。


 仰向けに寝転がり同じく仰向けに倒れている聖闘女を形作る者に視線を向ける。その陰力の威圧感は消えないが、さきほどまでの禍々しさは感じられない。


 壁を打ち壊す轟音が響いてそちらに視線を向けると、グラチェがエイザーグもどきの首筋に噛み付いて抑え込んでいる。そして、そのままエイザーグを振り回して三度地面に叩き付けて投げ飛ばした。


 頭部にかんした三本の角が閃いて輝力を圧縮させた光球が放たれると、着地もできず落下したエイザーグもどきに叩き込まれた。


 魔獣は黒い煙を上げて崩壊し始める。だが、グラチェも力を使い果たしたのか弱々しい光を発して元の幼獣に戻って壁際にへたり込んだ。


「そっちも決着か」


 これでようやく終わったと胸を撫でおろしたとき。


 ざわっ……


 突如、その反対から全身の身の毛がよだつほどの脅威を感じた。


 見ると、さっき俺とアムサリアが斬り飛ばした黒きアムの右腕が激しくうごめいている。それはすぐさま膨れ上がりこの世のモノとは思えない異形な姿を形成し始めた。


「なんだよ……」


 全身に苦しむ人の顔が浮かび上がり、無数の手足が生えて触手がうごめく獣とは言えないなにか。化け物という表現が一番適切だろう。


「ラグナ逃げろ! アムの魂を失った邪念がクリア・ハートを通じてどんどん押し寄せてきている。制御を失って暴走しているんだ」


 クレイバーさんの叫びを受けて立ち上がろうとしたが、今の体の状態ではそれすらもままならない。


 顔の付近にいくつもある目がギョロギョロと動き、そのひとつと視線がぶつかる。そして、化け物の中で起こった力の高まりを感じた。


「おじさん、咆哮がくる!」


 俺はそう叫びながら近くに倒れるアムに覆いかぶさり、クレイバーさんもリナさんを素早く抱きかかえると法術障壁を発現させた。


 次の瞬間、大聖堂内に絶叫が響き渡る。


 意識どころか命を刈り取る衝撃が襲いかかり、俺はアムを護るために残った輝力の残滓を使って咆哮に抵抗する。ささやかな光の飛沫ひまつが鎧の表面に発せられ、損傷していた右肩の装甲が弾け飛んだ。


 壮絶な咆哮で削り飛ばされた床や土砂に飲まれた俺たちは、大聖堂内の壁に激突した。


「うぐぁ!」


 その衝撃でアムから離れた俺は瓦礫に埋もれてしまう。


 ラディアとしてアムと受けたあの頃の咆哮とは違う。全方位に、そしてより広範囲に発せられた咆哮はエイザーグを上回る規模だ。


「せっかくアムと再会したっていうのにこれで終わりかよ」


 この絶望的状況を言葉でさえ抗えない。


 ガラガラ、ズサーン


 瓦礫を押しのける音だ……。


 ザッ、ザッ、ザッ


 誰かが近付いてくる。


「どうしたラグナ、この程度のことで諦めたのか?」


 心が折れかけたそのとき、確かに聞こえた。


「わたしを護ってきたあいつはこの程度のことで音を上げたりはしなかったぞ」


 少し上から目線なその言い回しで話すこの声は、今までとは違い空気を震わせてこの耳に届いている。


 かすれる目を凝らして声のする方を見ると、そこに立っていた。全身から噴き出さんばかりの陰力を内包し、化け物が発する威圧感を物ともせず堂々と受け止めるアムサリアが。


 俺の前に現れたアムが纏う鎧の色は漆黒。それはさきほどまで闘っていたあのアムと同じだ。


「その姿、その力は……」


 だが、あの黒きアムとは違う。かと言って霊体でもない。俺の記憶にある聖闘女アムサリアに近しい者が今ここにいる。ただし、その力は聖闘女とは真逆の力だ。


「まぁいい、今は寝ていろ。わたしのせいでこんなことになったわけだし、後片付けは自分でしなければな」


「ごわぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 アムに対してだろう。化け物は威圧するように高らかにえたが、その威圧もそよ風のように受け流したアムは右手を化け物に向けて手を開く。


「さぁリンカー、長い昼寝の時間は終わりだ」


「リンカー?!」


 すると、化け物の体から剣が飛び出し、アムの手に納まった。アムはブンブンと軽く左右に剣を振り払うと切っ先を化け物に向けて構える。


 アムに握られているのは奇跡の闘刃リンカーだ。クリア・ハートとは違い熱い心力の波動がみなぎっている。


「リンカーなのか?」


 おれは驚きと疑問を声にする。


(よう、久しぶりだなラディア、じゃなくてラグナだったか。そんなところでぶっ倒れているとは情けねぇ。頭と手足が生えたら貧弱になったか?)


 こんな憎まれ口を叩く奴は間違いなくリンカーだ。


「格好付けて俺たちの前から消えたと思ったら、蒼天至光そうてんしこうの中で長らく出待ちか? そしてこの場面で再登場とは格好付けたがりにもほどがある」


(アムの前で格好付けるのがおれの主義さ。それにあのとき約束しただろ。最終決戦のとき、おれはアムの右手に握られて、また一緒に闘うって。今がそのときだ!)


「できもしない約束をしたくせに、奇跡的にそうなったからってよく言うぜ」


 思っていることを馬鹿正直に口に出すところは変わらない。


(おれの異名を忘れたのか? 奇跡の闘刃リンカー様だぜ。これくらいの奇跡はできて当然なんだよ)


「とは言え、前回の途中退場はマイナスポイントだ。今回が上手くいってようやくチャラだぜ」


(チャラどころか釣銭が出るほど挽回してやるから、弱っちいおまえは巻き添えを食わないように、穴でも掘って隠れていな)


「そういう悪態をつくところが以前から嫌いだったんだ。この腐れ包丁が」


(おうおう、昔はお高くとまった態度がいけ好かなかったが、今のおまえはわりと好きだぜ)


 そう言ってリンカーはカラカラ笑った。

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