情報

 街や近隣の情勢のことを親切に教えてくれたおじさんに、アムは突然リンカーの切っ先を向ける。何事かと思ったが、そのおじさんが俺の財布をくすねていたことに気付いたからだ。


 おじさんが顔を強張こわばらせながら体の影に隠していた腕を持ち上げると、その手には見慣れた革袋が握られていたのだ。


「俺の財布?」


 慌てて腰のポーチを確認するとポーチ横のポケットに入れていた財布袋がなくなっている。おじさんの手にあるそれこそが俺の財布袋だった。


「か、返せ!」


 両手で掴み急いで取り返す。


「お嬢さん、鋭いね。ずっと警戒していたのかい?」


 返す言葉に悪びれた感じはない。


「なに、大盗賊国家なんて肩書の国だ、警戒くらいするさ。それに、この街に来てからどうにも不自然な感じがあったんだ。よそ者のわたしたちがこんな守護獣を連れて歩いているのに全く気にも留めず誰も見てこない。その割には妙な視線はいくつも感じていたからな」


「バレてたのか。監視や追跡の技術には自信があるが、それ以上にお嬢さんの索敵能力がずば抜けているんだな」


 油断していた俺はまったく気が付いていなかった。


「それにだ。ウォーラルンドの情報をわたしたちが到着するよりも早く持っているなんて不自然だ」


 アムの話を聞いたおじさんは、一足飛びにアムの間合いから退いた。その動きからは並みの実力ではないことがわかる。


「ご名答だ。君らがウォーラルンド経由で来たことは知っていた。街は今頃お祭り状態だろうから調査が難しそうでね。さっき部下がひとり戻ってきて君らのことを報告したものだから声を掛けさせてもらったんだ。魔女の封印の儀のあとに街を出てきた君らに少々興味がある。できれば情報も貰おうと思っていたんだが」


 おじさんは指でなにかしらの合図を出した。


「財布は日課みたいなもんだよ。少々小金をくすねてから、落とし物だって返す予定だったのだが、バレてしまってはしょうがない」


 数人の男女が俺たちを囲う。


「気が付かなければここはいい街さ。たまに来る旅行者にはちょっと物価が高いだろうがな」


「あははははは。なるほど、そうか。高い物価も妙な視線も」


 突然笑い出すアムだったが俺にはなにがなんだかさっぱりわからない。


「ラグナ、この街の人が全員グルなのさ」


「なに?」


「そういうことだ、ちょっとした悪戯みたいなもんでね。金儲けのために値札をこうね」


 指を回すようなしぐさをして見せた。街ぐるみで俺たちから金を巻き上げようとしてたってわけだ。


「てめぇ!」


「おっと、腹が立ったからって安易あんいに動かない方がいいぜ。君らは完全に包囲させてもらった。なにも命を取ろうとか有り金を全部だせとかそんなことしようってわけじゃない。素直に質問に答えてくれればなにもしない」


 俺が腰の剣に手をかけるとアムがその手を抑えた。


「見ろ、彼らは武器を手にしてない」


 アムの言う通り腰には短刀を身に着けてはいるが抜刀している者はひとりもいなかった。


「嫌だといったらどうする?」


「もしそうなら、本意ではないが力尽くでってことになっちまうなぁ」


「それほどまでに魔女に関わる情報が欲しいというわけか」


 真剣な顔でにじり寄ってくる奴らの顔を見ればそうなのだということが伝わってくる。


「ではこちらも素手でやるしかないな」


「本気か? この人数相手に」


「ラグナも素手での戦いの訓練は受けているだろ? 今後のことも考えて実践訓練だと思ってやってみろ」


「なめるな!」


 アムの言葉が気に障ったのだろう。後方から男が踏み込んで来た。


 アムは足を横に引き男に対して半身になり右の手刀を正中線に構える。掴みかかってくるその腕を受け流したと同時に足を払い上げた。


 男はその勢いのままに一回転しておじさんの横にひっくり返えって背中を強打する。


「ラグナ、格闘しようとは思うな。右手が剣だ」


「あっ」


 その言葉を聞いて力いっぱい握っていた拳を緩めた。


 ひっくり返っていた男が起き上がると、それを見てひるんでいた者たちも向かって来る。


「まさか本気でやるとはな」


 愚痴るようなおじさんの声が聞こえた気がしたがもうそれどころではない。法術による強化補助のない素手の闘いに不安と恐怖を感じながら必死に抵抗していた。


 素手の攻撃力を考えれば相手はためらわない。一刀のもとに切り殺される心配がないのだからとにかく掴んでしまおうということなのが見え見えだ。


 足さばきと体さばきでとにかく初手をかわし、愛剣とは大きく間合いの違う愛腕あいわんを全力で振るう。


 殺す心配がないだけに全力で振るうことはできるのだが、相手も素人ではないので鍛え抜かれた肉体には俺の愛腕あいわんでの斬撃では少々物足りないらしい。眉間や口元にシワを作るのみで切りがない。


 俺の危ういところはアムがフォローしつつ切り抜けているのだが、数人失神させたところで相手はこの街の人間全員だ。冷静に考えたら到底手におえるとは思えない。


 困ったことにグラチェは闘いもせず唸り声も上げず、後ろ足で首元を掻いたりあくびをする始末。


(この闘いはいったいなんだんだ?)


 俺は気持ちの入らないまま流されていた。

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