勝負
俺の財布をくすねようとしたおじさんの目的は、俺たちが参戦したウォーラルンドの情報を得ることだった。
素直に話をするつもりがなければ力尽くでという展開になり、部下に俺たちを包囲させて脅しをかけたがアムは従わず。殺意はなく武器は使わないまでも、多対二の構図で闘いが始まった。
そろそろ息が上がり始めたところで、アムが俺の相手を掌底で吹き飛ばした。
「お嬢さん、あんた何者だ? おっぱじめたときは呆れたが、今は少々焦ってるよ」
「そろそろ本気でやるかい? それとも武器を手に取るかな?」
挑発と取れるアムの言動にハラハラする俺をよそに、アムはおじさんに一歩詰め寄る。の挑発を受けておじさんも一歩前に出た。
「この人数で返り討ちにあったんじゃボスに顔向けできねぇ。たとえこっちが勝ってもこれ以上部下がのされたんじゃカッコもつかねぇ」
そう言って上着をばさりと脱ぎ捨て構えを取る。
「お嬢さん。俺ひとりであんたを抑え込んだらそこで終いってことでどうだ?」
「よかろう」
「おい!」
アムが一方的な条件に乗ったのは自信があるからだろうことはわかる。だけど、一対一の約束が守られるかは定かではない。しかし、アムが提案に乗ったことで俺たちを包囲する部下たちが数歩後ろに下がり大きな輪を作った。
「よし、お前ら手を出すな。俺とお嬢さんの一対一だ」
「ひとつだけ先に言っておく。あなたの実力次第では少々やり過ぎてしまうかもしれないから、それは先に謝っておこう」
「ぬかせ!」
さすがにその言葉は気に障ったのか、気勢を発して踏み込んで放った左の突きは、部下たちとは比較にならないほど鋭く重い。アムはそれを右腕で受け止め、腕を捻って体側に流す。
だが、体を地に落とし腰の回転で拳を突き出した体は流されず、すぐに反撃の拳が飛んできた。
重心の崩れない安定した攻撃にアムも反撃できずに少しずつ後ろに下がる。これだけの部下を束ねるだけあって格が違う。受け流せず腕や足で防いではいたが、アムの強振した手刀が受けられた直後、見たこともない蹴り技がアムの顔に炸裂した。
「やるね、これを肩で防ぐとは」
炸裂したかに見えた蹴りは革の肩当で受け止めていた。
法具を使わない闘いは速度も威力もそれほどでもないが、当然反応速度も強化されていない。上級法具ほど能力上昇値が大きいことを考えると、いくらアムでも法具を使わずなれない素手の闘いは分が悪い。
「すまない。法具を使わないわたしの実力がどれほどなのか自分でもわからないんだ」
「ん? なら俺が教えてやるよ」
そう言葉が返された直後にアムの手刀が彼のこめかみをかすめた。
寸でのところで首を倒して避けてはいたが、その目には驚きの色がある。
続けざまに放たれた手刀は首筋近くで受けられたが、そこからはもうアムの一方的な攻撃が続けられた。
彼の実力もそうとうなモノで法具なしであれだけ動けるとはかなりの闘技を身に着けているのだろう。さっきまでは少々手を抜いていたとわかるほどの動きを見せてはいるが、アムの動きはそれすら
次々に決まる手刀を受けて頑丈そうな彼もさすがにダメージが色濃く出始めていた。手刀を受ける腕は青く染まり、敵である俺でも痛々しく思える。
これはもう勝負は決したと思えたが、アムが手を抜かず攻め続けるのは、いまだ直撃がひとつもないからだろう。
左手の払いや時折見せる蹴りなどは防御をくぐり抜けて入ってはいるのだが、右手の手刀は一刀とて決まってはいない。
「ぐふっ」
腹に左の肘が打ち込まれ後ろに倒れそうになりながらも必死でこらえるさまは、彼が一流の闘士なのだと思える。
残った力を振り絞った攻撃をアムは右の手刀で捌きに捌き、一撃たりとも入れさせない。
ここまで時間としては二分に満たないくらいだが、おじさんはもうボロボロだった。
ふらりと崩れたところをアムの手刀が頭頂へ振り下ろされる。それを腕を組んで受けたがその勢いに耐えきれず膝を付いたとき、俺の後ろで待機していた部下たち数人が一斉に飛び出してきた。
不覚にも途中からアムの闘いに意識を集中してしまっていた俺は対応できない。
「エアロ・バッシュ」
アムの声で叫ばれた法文により、俺の鼻先一寸に発現した風の波動幕が七人もの男と三人の女性を、奥に控える仲間たちのところまで吹き飛ばした。アムに襲いかかろうとしたその他の五人の部下たちも驚きのあまり足を止めてたたずんでいる。
「あ、すまない。法術は反則だった。わたしの負けか?」
ひざを付いて唖然と見上げる彼に、にんまり笑ってそう聞くと、
「いや、俺たちの負けだ。完敗だよ」
彼も笑って返した。
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