視線

 予定通り昼前にブンドーラに到着した俺たちは、城下街の様子を見て驚いていた。街門を入るときも国外からの旅行者の俺たちに警戒がなく、大した確認もしない。守護獣のグラチェもほぼ素通りだったことにも驚いたが、街の様子が予想していたのと大きく違い拍子抜けしてしまった。


「大盗賊国家なんて名前からは想像ができないくらい陽気で活気ある街並みだな」


 俺の感想にアムも驚きうなずく。


 ウォーラルンドが魔女の脅威にさらされていたということもあり、それと比べてしまうとなおさらで、今日はなにかの祭りごとなのかと思ってしまうくらいの賑わいだ。


「今日はなにかの祭りなのか?」


 アムも俺と同じことを思って口にした。


「さて、どこから回ったらいいものか」


 キョロキョロと見回す俺にアムはこう提案した。


「まずは腹ごしらえといこうじゃないか」


「お、おう」


 そう言われると俺も腹が空いているのだと自覚する。朝六時頃に朝食を食べてそろそろ六時間は経とうというのだから当然か。目的が決まった俺たちは、昼時で賑わう商店街を目指した。


 街門から街に入って真っ直ぐ三分ほど歩くと大きめの十字路に差し掛かる。今歩いている街道を横切る通りが商店街のようだ。


「右手の通りに行ってみよう」


 それはアムの勘か嗅覚か。促されるままに付いて行く。


 店頭販売する果実の山に引かれて寄ってみると珍しい果実が積まれていた。その果実は甘酸っぱい香りを漂わせ空腹の胃袋を刺激する。


「それはこの土地名産のプラムンだ。旅で疲れた体にピッタリだよ」


「えーと、五十八ダラン?!」


 高い、周りを見ると見慣れた果実もイーステンド王国の二から三倍の値段だった。


「こんなにするの?」


「確かにちょっと高い。路銀は限りがあるからな」


「なら五十ダランにまけとくよ」


「心遣いありがとう。だがまたの機会にしておくよ」


 アムはそう言って店をあとにする。


「四十七ならどうだ~い」


 歩き去る俺たちの背中に店主はあきらめず叫んでいる。


「いくらなんでも高すぎだろ」


「あの店を見てみろ」


 アムの言う店はガツンとした獣の臭みと香辛料が調和し、食欲をそそる串焼き肉の店だった。


「なんの肉かはわからないが、わたしたちの感覚からすれば倍する価格になっている」


 ふと見た隣の店もその向かいの店も、えらく高い値段に思えた。


「こんなに活気があって賑わっているのに実は不景気なのか?」


「この国の物価はこんなもんさ」


 俺の自問に誰かが答えた。


 横手から声を掛けてきたのは小太りながらもたくましいおじさんだった。


「君らは旅の人だね、どこから来たんだい?」


「俺たちはイーステンドから来たんだ」


 その答えに対して、


「やはりそうか」


 と返されたので、


「やはり? 割と近くにウォーラルンドやフォーレス王国だってあるだろうに」


 疑問の言葉を発すると、


「ウォーラルンドは魔女騒動が解決して大賑わいだろうからな。そんな時期に街を出てくるとは思えないし、フォーレスは鎖国状態で国の外に国民を出すとは考えられないんだよ」


 魔女の脅威が解かれて十日も経っていないのに、もうこの国に噂が届いていた。


「フォーレスって鎖国してるんですか。でもこの国の近くにも街や村だってあるでしょ?」


「ここらの街や村はブンドーラの支配と庇護を受けているから服装にはこの国独特の特徴があるんだ。君らの服装はこの辺りで見かけないから、そうなるとイーステンドか西の関所向こうのマウンガディオン国だろうと予想したわけだが……」


「マウンガディオンとは聞かない名だな」


「俺も知らない。学校でも習ったことないと思うけど」


「マウンガディオンは三年前にできたばかりの新しい国だから知らんのも無理ないな。おまけに関所の向こうだから情報も入って来ないんだ。それに聖都が建てた衛星国家だから情報規制が厳しくおこなわれているのさ」


 学校では習わなかったこの国の歴史と制度に俺は「ふーん」と答えた。


「国土管理ということなら関所があるのだからそんなところに王都を建てる必要などないだろうに」


「獣らの被害がそれほど酷い状況とか」


「さてねぇ、おかげで関所向こうに行き来するのが大変になったことは確かだな」


 なるほど! 勤勉ではない俺の頭でひとつの繋がりができた。


「そうか、それで物価が高騰してるってわけか!」


「え、あぁそうそう、関税も上がるし困ったもんだよ」


 俺はひとつの疑問が解けてスッキリしたが、アムはまだなにか引っかかっているような表情をしている。


「そうそう、この国のことでひとつ注意することを教えておくよ」


 この国周辺のことに疎い旅行者の俺たちに、おじさんはアドバイスを与えてくれるようだ。


「なんですか?」


「この国は中央に王都があってそれを囲むように城下街があるんだが、城下は大きく分けて東西に分かれている。王都と城下のように壁で隔てられてはいないのだけど赤と青の看板が立っているからすぐにわかる。その赤い看板が立っている街の東の一部は治安が悪いから近づかないことだ」


「なぜそんなことに?」


 アムの疑問に対しておじさんは少し体を寄せてトーンを落として話した。


「街の東は昔ながらの好戦的な戦闘狂の集まりで、下手なことをすれば身ぐるみがされて街の外にほっぽり出されちまう。周辺の街や村の半分はその脅威で半ば無理やり奴らの傘下にさせられて、重い税を課せられているんだ」


 ここでようやく大盗賊国家らしさが見えてきた。


「で、あなたたちは」


 シャリーンと鋭い鞘走さやばしりの音を立て、アムはリンカーの切っ先をおじさんの首元に突き付けた。


「無理やり身ぐるみはぎはしないものの、こっそりと金品をくすねるコソ泥ってことなのかな?」


(鈍感ラグナ、油断大敵だぜ)


 アムの行動に呆気に取られている俺にリンカーが悪態をついた。

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