~偽りの真実の章~ 前編

途方<プロローグ>

「どうかしたのか?」


 満天の星を見上げながら歯磨きをしている俺に、テントで寝具の用意を終えたアムが顔を出して聞いてきた。


 俺は横目でアムの顔を見る。


 伝説の英雄であり、憧れの初代聖闘女リプティが生きていると知った元聖闘女のアムサリア=クルーシルクは、ごねる俺を半ば強引にお供にして、故郷であるイーステンド王国を旅立って聖都へと向かっている。


 その旅路の途中で立ち寄った城郭都市ウォーラルンドでは、数百年前に封印された魔女が解き放たれようかという事件の真っ只中だった。


 国が認める英雄でありながら自らを英雄とは思えず、真の英雄になることを目指す彼女は、魔女を再封印するために街の人々の助力をすることにした。だが、悪意ある者のくわだてによって魔女は復活し、その魔女すら超える脅威が誕生するなど、想定しない脅威がいくつも重なる。


 街の英雄の死亡という悲惨な結末を迎えながらも、街は長きにわたる魔女の脅威と封印と言う使命から解放された。


「いやぁ、魔女の復活の時期に俺たちがあの街に訪れたのは偶然なのかって考えてたんだ」


「わたしたちが旅立ったのは伝説にうたわれる初代聖闘女リプティが生きていると知ったからだ。あの天使からその話を聞かなければこの時期にウォーラルンドには来なかっただろうし、なによりわたしがこうして現代に復活するなんて誰にも予想できまい」


 そう、二十年前にイーステンド王国に現れた凶悪な破壊魔獣との闘いで死んだはずだったアムサリア。彼女は命を落す寸前に戦友だった俺の母親の腹の赤子、つまり俺の心と結びついた。


 かく言う俺も元はアムを護る鎧であり、アムの命が失われるその瞬間、蒼天至光の力によって心がその赤子に入り、人間として生まれてきたのだ。


 心が離れ残ったアムの魂は、神具である【蒼天至光そうてんしこう】に取り込まれて二十年も囚われていた。まぁいろいろあってアムは今の世に蘇ったわけだが。


 アムも歯ブラシを持って俺の横に並んだ。


 あの闘いが終わってアムが肉体を得て復活を遂げたあと、二週間くらいしてリプティの生存が知らされた。それを聞いたアムは居ても立っても居られずリプティに合うために次の日には出発することになった。


 約十日の道のりをちょっとの寄り道を挟んで十四日ほどでウォーラルンドに到着したところ、ちょうど魔女の復活の儀式の日と重なったわけだ。


「リプティが生きていると天使シルンが言っていると手紙に書いて送ってきたのはクレイバーおじさんだし、あの街を経由して行くように勧めたのもおじさんじゃん。途中の人助けの寄り道がなければ少し前に到着して、もっと準備をしてヘルトたちに協力できたと考えると、アムの突然の出発すら考慮して手紙を出したんじゃないかとすら思えるよ」


「……なるほど。ありえるな」


「それにさ、街の人たちはクレイバーさんと馴染みがあったし、ヘルトに魔女や妖魔と闘う武器まで作ってあげていたわけだから、魔女の復活の時期だって知っていたはずだろ。それを放っておく人だとは思えない。人としてというより研究者としてね」


 クレイバーさんの本性は筋金入りの研究者だ。


 二十年もの月日を蒼天至光の研究、しいてはアムの復活のために注ぎ、神具と呼ばれていた蒼天至光に組み込まれていた天人族、いわゆる天使であるシルンさえも研究対象としてそばに置いている。


 そのシルンは遠い過去に人間と敵対していたとても危険な種族だと、シルン本人に明かされたにもかかわらず……。


「本来は研究者クレイバー自ら足を運びたかったところだが、天使シルンがいることでそれができなくなった。そこでわたしたちを指し向けたというところかな?」


「そうかもな。でもそれってつまり、魔女よりも天使のほうが研究対象としての価値が高いって判断なのかな?」


「ぶっちゃけて言えばそうなのかもしれないが、長らく付き合いのある街の人々を放っておけるほど薄情ではないから、わたしたちを送り込んだのだろう」


「俺たちの力を信用してのことだったんだろうけど」


 ヘルトのことを思い出し言葉を切った。


「ラグナはクレイバーならもっと上手く収めたと思ったのだろうけど、クレイバーだったら封印を成功させていたかもしれないぞ。そうなればまた危機を先送りすることになって、未来でもっと強大な妖魔王が誕生したのかもしれない」


 前向きに考えればそういうことになる。森の妖精ウラや聖霊仙人のハムが望む決着はつけることはできず、魔女となっていたウラの姉ノアは、さらに長い年月を怒りと憎しみに囚われて呪いを発し続けることになっていたはずだ。


「ヘルトを殺してしまったわたしが言うことではないが、あの闘いですべて決着したということだけは、我々が闘いに参加した甲斐があったと言えるのではないか?」


「そうだな、きっとヘルトもそのことについては喜んでくれていると俺も思うよ」


 でなければ死んだ彼も街の人々も、ヘルトを殺めてしまったアムも報われない。


「さぁ、今夜は天候も良くてテントも良い場所に立てられたんだ。早く寝てゆっくり休もう。予定通りいけば明日の昼にはブンドーラに着けるはずだ」


「あぁ万全にしておかないとまたとんでもない事態が起ったときに対応できないからな」


「はははは、エイザーグや魔女並みの脅威がそうそう起こるものか。それこそ百年に一度の災厄だろ」


「そう願うよ。でないと命がいくつあっても足りないぜ」


 俺に続き歯磨きを済ませたアムとテントに戻り、各々の寝袋にくるまった。


 ウォーラルンドを出てから四日目の夜。毎夜寝る前はヘルトのことを思い出す。彼は立派な英雄だった。彼を助けることができなかった自分の弱さを悔やむ。


 もし、アムが危機に陥ったとき力が足りなかったらと考えると、ヘルトの死と重なり恐怖を感じた。


(もっと強くならなきゃだめだ)


 アムの横顔を見て改めてそう誓った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る