夕食

 俺は奇跡の英雄であるアムサリアが霊体として現世に現れた謎を解くために、馬車に乗ってこの街にやってきた。馬車は街門がいもんをくぐって街道を数分進むと、大きな噴水のある馬車停留所に止まる。


「ご乗車ありがとうございました。お忘れ物御座いませぬよう、お気を付けください。十五分の休憩後、次の停留所である王都正門前に向かいます」


 荷物を持って馬車を降りるとすぐに大きな商店街の通りが目に入った。イーステンド王国で三指に入る大きな街は人波も流石の規模で賑わっている。


「よし、行こうアムサリア。飯を食いに!」


「ラグナは意地が悪いなぁ」


「悪い悪い、さっきの反応が面白かったからちょっとからかってみた」


 食欲の未練も持つであろう聖闘女の霊を連れて商店街へと歩き出した。


 様々なお店でにぎわいを見せる商店街。どれも美味そうな匂いで俺の胃袋を誘惑してくる。


「どの店も美味しそうだな。ラグナ、あそこの店はどうだ?」


 アムサリアが指さしたのは大きな肉や野菜がゴロゴロ入ったスープの店だ。柔らかく煮込まれた大きな具材と、その出汁から作られた透き通った薄口のスープ。行列のできる有名な店だ。


「流石は聖闘女、お目が高い。確かにあの店のスープは絶品だ」


 だが俺はその店をスルーしてそそくさと先に進む。


「あの店じゃダメなのか?」


「時間があればあの行列に並んでも食べたいところだけどな」


 そう答えて俺はその少し先の十字路を右に曲がった。


 商店街メイン通りを横断する道は、メインに比べれば人は少ない。


 飲食店だけでなく、骨董品屋や日曜雑貨、武具や道具などの小さ目な店が多くなる。


「どこに行くつもりだ?」


 食べることが出来ないのに自分好みの店を素通りされて不満のこもった声で訪ねてくる。


「ほら、あそこの白い看板に黄色い文字が書かれた店だ」


 通りの右側の店閉まいをしている花屋の隣の看板には【わがみち】と書かれている。


 決して大きくない建物だが、焦げ茶色の壁面に白い柱や窓枠が良い感じで使われ、他の店と違うこの洒落た構えの店は、昼間は若者で賑わい、夜は大人の集まる繁盛店だ。店の中からは数人の声が聞こえる。


 俺は扉を開けて中に入った。


「いらっしゃいませー!」


 大きな声で俺を出迎える店主。


「おおー、ラグナじゃないか、久しぶりだな!」


「お久しぶりです」


「両親と一緒にクレイバーさんのところに遊びに来たのか?」


「いや、今回はひとりです。お父さんたちは別の用事があって俺だけなんですよ」


「そうかそうか、まぁともかく座りな」


 店主の名はフェンド。お父さんの後輩で昔一緒に闘った元闘士。飲食店の店主とは思えない筋肉ダルマのフェンドさんに促されて俺はカウンター席に座った。


「おーいメリーゼ、ラグナが来たぞ」


「ラグナちゃん?」


 店の奥から現れたのはブラウンの長い髪を後ろでひとつにまとめ、薄いピンクの三角巾とエプロンを身に着けた小柄な女性。フェンドさんの奥さんのメリーゼさんだ。


 こちらはお母さんの後輩。魔獣との決戦には参加しなかったが、後方支援として怪我人の治療をおこなっていた元宮廷法術士。


「また一段とたくましくなって。今度の騎士団の試験は問題なさそうね」


「まぁ自信がないわけじゃないけど、見習いでなく初級騎士の特別入団試験だから油断できないですね」


 本来の試験なら合格した者は見習い騎士として採用されるが、この特別入団試験は合格者は騎士団に正式採用される。だから剣術や法術なども完全実践形式の試験で、現役騎士が相手となる。


「将来性ではなく結果を出さないといけないから」


「なに言ってんだ、タウザンさんやクランさんと実践修行しているラグナだったら楽勝だろ!」


 フェンドさんが横から勢いよく口を挟んだ。


「もう俺は追い抜かれちまってるだろうな」


 大笑いしながらそんなことを言うが、現役のころのフェンドさんの逸話いつわを思い返すとまだまだと思ってしまう。


「さすがにそこまでは……」


「うちの息子も騎士団入りして欲しいんだけど頭でっかちでな。クレイバーさんの研究所に入りたいって言って毎日猛勉強だよ」


「どう考えてもそっちの方が競争率も高くて困難で誇れる道だと思いますけど」


 それは最近聖都からイーステンド王国に入ってきた科学という凄いモノらしい。


「フェンド、話してばかりいないで早くラグナちゃんになにか作ってあげてよ」


「おっとすまない。腹減ってるだろ? すぐに美味いもん用意するからな」


「今日もフェンドさんのお勧めでよろしく」


「任せときな!」


 威勢よく返事をするとその性格とは裏腹な手捌てさばきで料理を始めた。



   ***



 今回もアムサリアの視線を気にしながらひと通り食事も終わり、お店自慢のデザートを食べているとフェンドさんが声をかけてきた。


「クレイバーさんのところに行くんだろうけど、まだ戻って来てないかもしれないぞ」


「どこかに行ってるんですか?」


「先週うちで食事をしたときに、大聖法教会に行くって言ってたよ。ずっとなにか研究していたからな」


 二十年前の魔獣との闘いが終わり、一年以上の時間をかけて修繕を完了したあと、しばらく立ち入りを禁止していた教会は、その半年後に大聖堂の参拝を再開したという。


 そのころから週末明けの二日は大聖堂は封鎖されている。だけどその二日はクレイバーさんが大聖堂内での研究に当てることが許されていたらしい。


 最初は惨劇の場であった教会に参拝に行く人は少なかったが、時が経つにつれ少しずつ増えていき、数年経ったころには当時と変わらない人が訪れるようになったという。


「そう言えば三ヶ月くらい前だったかしら。最近研究の手応えがあったらしくて、来館する人波の中で大喜びして叫んでたわよ」


 一部では奇人と呼ばれるクレイバーさんに恥じらいなんて物はないんだろう。


「三日前に大雨が降って王都からこの街までの街道が崩れたから、一時的に馬車の運航が休止しているんだ。そろそろ復旧すると思うけどまだ戻ってないんじゃないかな」


「そうですか」


 休館しててもコネで入れてもらおうと考えていたが、クレイバーさん本人がいないんじゃどうにもならない。


「ラグナちゃん、うちに泊まっていきなさいよ。クレイバーさんに用事があるなら戻ってくるまでこっちにいるつもりなんでしょ?」


「いや、そんな泊まるなんて。旅費は十分持ってきてますから」


「気にすんなって。子どものころはちょくちょく泊まってたじゃないか」


「息子も学校の宿舎で帰ってこねぇしよ」


「そうですか。じゃぁお言葉に甘えちゃおうかな」


 アムサリアがいるので少々心配だったがせっかくの好意に甘えることにした。


 そのアムサリアは食事中から終始黙っている。食べられないことでねているのかと思ったけどそうではないらしい。少し気になるけどこの場で会話もできないのでそっとしておく。


 フェンドさんたちと会話をしながらくつろいでいると、いつの間にか二十時になろうとしていた。平和博物館も閉館が近い。


「メリーゼさん、今からとりあえず博物館に顔だけでも出しに行きます。ちょっと遅くなるかもしれませんけどいいですか?」


「それは構わないけどもう閉館時間よ?」


 メリーゼさんも時計を見てそう言った。


「俺たちの目的は館内を観て回るわけじゃないからね」


「たち?」


「あ、いや」


 つい『俺たち』と言ってしまった。


「あぁ俺たち!」


 それを聞いたフェンドさんがニヤリといやらしく笑う。


「リナちゃんと会うのが目的ってわけか」


「ち、違いますよ。俺の言った俺たちっていうのはそんな意味じゃなくて……」


 いろんな意味であわてふためく俺。


「フェンド、年頃の男の子にそんなハッキリ言わないの。夜の密会なんてちょっとドキドキじゃない」


 メリーゼさんの気遣いのフォローも追い打ちにしかなってない。


「私たちも片付けや明日の準備で遅いし、裏の勝手口からは入れるから何時になっても平気よ」


「あ、ありがとうございます」


 妙な冷汗が止まらない。この会話を切り上げるべくお勘定をすることにした。


「じゃぁお勘定お願いします」


「いいって、今日はラグナの大切な日なんだろ? 景気付けに俺からのおごりにしてやる」


 そして、話が戻ってきた。


「えー、いやー、泊めてもらうのに食事まで。これじゃぁさすがに気が引けちゃいます。明日の朝食はご馳走してもらうんで、ここは払わせて下さい」


「一丁前のこというようになったな」


 フェンドさんはお父さんにも負けない豪快な笑いを見せた。


「じゃぁ明日の朝は今よりもっと豪華な食事を振る舞うぜ」


 とサムズアップしてウインクして見せた。


「あはははは……」


 その豪華な食事がどういった意味なのかを予想し、俺は苦笑にがわらうしかなかった。

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