博物館

 どうにかお勘定を終えて店を出た俺はずっと黙っているアムサリアが気になって声をかけてみた。


「アムサリア?」


「ん?」


 心ここにあらずという感じの返事だった。


「ずっと黙り込んでどうした?」


「うーん、実はここに来てからなにか妙な感じがしていて、それを考えていたんだ」


 そう答える彼女の顔は今までになく神妙だ。


 商店街のメイン通りに戻り右に曲がる。そのまま五百メートルくらい歩くとまた大きな広場となり、そこは観光スポットとなる建物が多く立ち並ぶ噴水広場だった。その正面に堂々と建っているのがクレイバーさんの博物館。閉館時間ということで来館者が出てきている。


「おーい、アムサリア。着いたぞ」


 ずっと考え事をしているアムサリアに到着したことを報告するが気が付かない。ポンと肩を叩いて知らせたいが、彼女に触ることはできないので、もう一度大きな声で呼びかけた。


「アムサリア、着いたぞ!」


 彼女はハッとしてようやく正気に戻った。


「ほら、あそこがクレイバーさんの経営している博物館と研究所だ」


 アムサリアは、「おーー」という声を出しそうな顔で建物を見回して上を見上げると、


「なっ! なななな……、なんだこれは!」


 今度こそ大きな驚きの声を上げたが、その反応は予想通りだった。


 周りより何倍も巨大建物には大きく【聖闘女アムサリア平和博物館】と文字が書かれ、その下には三枚の大きなアムサリアの絵が飾られているのだ。


 右側には剣を振るって闘う姿が描かれ、左側はお茶を飲んで笑う姿。そして中央には胸から上の肖像画がこれでもかと言わんばかりにかがり火に照らされ鎮座ちんざしている。


「ラグナ、これはいったいどういうことなんだ?」


 震える声で質問してくる。


「軽く説明しただろ? 個人の趣味が大きく反映しているって」


「アムサリア……平和……博物館」


 彼女の恥ずかしさが伝わってくる。


「なんでわたしの名前が入っているんだ?! それになんだあの肖像画は!」


「いや、俺に抗議されても。平和を取り戻してくれたアムサリアと邪悪な魔獣に対する警戒心や危機感、それ以上にアムサリアのことをみんなが忘れないようにアムサリアの博物館を作りたかったらしいよ」


「そこは悲しい闘いの記録を忘れずにとかそういったことのためなんじゃないのか?」


 あまりに予想外だったらしく、激しく動揺する聖闘女はしつこく俺に突っ込んでくる。


 やれやれと思いながら俺は半分聞き流して博物館に向かって歩きだすが、アムサリアはあーだこーだ言いながら、あとを付いてくる。


 退館する人とすれ違いながら館内に入ると受付の女性が、


「お客様、間もなく閉館になりま……す。あら、あなたは」


 どうやら俺のことを覚えていたようだ。


「こんばんは。こんな時間にすみません。今日はクレイバーさんに会いに来たんですけど、戻ってませんか?」


「館長は一週間前に大聖法教会に行かれて、まだお戻りになっていません。大雨で馬車の通る街道がくずれたとかで」


「やっぱりまだ戻ってないんですね。ならリナさんはいますか?」


 リナさんは館長の補佐として現場を見ているはずだ。


「リナは今、閉館作業で館内を回っております。最後は出入り口のチェックをするのでここに戻りますから、そちらにおかけになってお待ちください」


 そう言って受付を抜けた先の広い一階ホールにあるソファーベンチを案内された。


「んー、ちょっと観たい物があるんだけど回ってもいいですか? 聖闘女アムサリアの鎧が観たいんです」


「そうですか。ではリナが戻りましたらそちらに向かったと伝えておきますね」


 俺はお礼を言って鎧の展示されているはずの三階の奥を目指した。


 入口から入って受付を過ぎると二階まで吹き抜けの広いホールが広がっている。そこは休憩や飲食できるテーブルが用意されていて普段は賑わっている場所だ。


 このホールの目玉はなんと言ってもホール中央にある像だ。破壊魔獣エイザーグとそれに対峙する聖闘女アムサリアの等身大の像が飾られていて、闘いの臨場感が伝わってくる。 館内は普段、馬車で使われていた保冷庫同様に法珠という物を使った法具によって照らされているが、こうして館内の光が落ちるとより臨場感が増して魔獣の恐怖とアムサリアの勇ましさが色濃くなる。


「なぁぁぁぁぁぁぁ……」


 振り向いてアムサリアを見ると口を開けて呆然ぼうぜんとしていた。


「すごいだろ、このこだわりよう」


 今日は一階と二階は飛ばして直接三階へ上がってきた。三階は一階のホール部分も合わせた広さなので敷地としては下の階の二倍近くにもなる。


 三階で展示されている物はこれまでとは違ってアムサリアの私物やエイザーグにかんする貴重な物が多い。アムサリアが過去に使っていて損耗した武具や法術学に使った教本など、実際に使用された物が並んでいるので、アムサリアマニア必見だ。


「これは! わたしのお気に入りだった人形じゃないか」


 またしても叫ぶような声が俺の頭に響いた。


「ここはわたしが生活していた部屋? こんな物まで再現して。良く寝られるようにと先輩巫女にもらったまくらにも説明文が付けられているぞ」


 ホール同様に魔獣と闘う小さなアムサリアの像が多数展示され、年表順に当時の様子を再現している。そんな三階の奥にアムサリアの無二の相棒である奇跡の鎧ことラディアが展示されているはずだ。


 彼女はなつかしんだり恥かしがったり怒ったりしながら俺のことを忘れてか自分のペースで展示場内を進む。


「アムサリア早く行こうぜ。ここに来た目的は展示品を観ることじゃないだろうに」


「まぁ待て。わたしも最初はあきれていたが、展示品もさることながら、ここに書かれている説明など本当に良く調べられていて逆に関心したよ。会話の内容まで調べるとはたいしたもんだ」


「愛の力なのかな?」


「わたしとクレイバーはそんな関係じゃないぞ」


 聖闘女は真顔で否定した。


「愛がなんだって?」


 後ろから別の女性の声が聞こえた。


「リナさん!」


 声をかけてきたのはリナ=アウタース。この博物館で館長補佐兼秘書だ。


「ラグナ君こんばんは、一年ぶりくらいかしら」


「そうだね、この一年は入団試験に向けて頑張っていたこともあって、なかなか来られなかったんだ」


「わたしも春の集まりには予定が立て込んでて参加できなかったからね」


 一年振りの再開で俺のテンションは一気に上がった。


「ところでどうしたの、こんな時間に。下で聞いたけど聖闘女が使っていた奇跡の鎧を観たいって」


「えーと、それは……」


 なんと答えたら良いものか。アムサリアが現れたその謎を解くために来たと言ったら、また『妄想』という言葉を返されるのではないだろうか? と心配になった。


「ちょっと複雑な事情があって奇跡の鎧を確認したいんだ」


「鎧を?」


「ともかく鎧のところに行こう」


 アムサリアにも伝わるようにそう言ってみた。

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