不穏

 俺に続きリナさん、その後ろにアムサリアが並んで奇跡の鎧の展示場に向かう。通路の突き当たりにはロープの張られたスペースがある。その向こう側の台座に結界石の柱に囲われて奇跡の鎧は飾られていた。


 奇跡の鎧と言うだけあってその鎧からは強い輝力が放射され、薄っすらと光を放っている。


「アムサリア……」


 彼女に確認してもらいたくて、つい名前を呼んでしまった俺を不思議そうに見るリナさん。


「……アムサリアが着ていただけあって凄い力を感じるなぁ。奇跡の鎧と呼ばれるだけのことはあるね」


 うまく誤魔化ごまかせただろうか?


「ふふふ、デザインもなかなかでしょ? 当時国民の願いを込めた鎧はおじさまの手によって作られたんだからね。奇跡の鎧になって若干デザインが変化しちゃったけど。デザイン画を見せてもらったら元の造形も変化後に劣らず素晴らしいものだったわよ」


 彼女はまるで自分のことのように嬉しそうに話をして俺の顔を見た。


「あら? ラグナ君あなた……」


『違う』


 リナさんがなにかを言いかけたところで今度はアムサリアが言葉を発する。


『違う、これはラディアじゃない』


「え?」


『見た目はそっくりだが、これはラディアではない別の鎧』


 俺は視線をアムサリアに向けた。


『ラディアだけじゃない、この三階に展示されていたエイザーグの爪や角の破片に体毛なども全部偽物だった。なんらかの方法で陰力を付与してあるだけでそっくりに作ったおもちゃだ』


「なんだって?!」


「どうしたの?」


 俺の声にリナさんが驚き心配そうに聞き返してきたが、アムサリアの話に聞き入ってしまって返事もできない。


『この街に来て商店街を歩いていたときから妙な感じがしていた。この建物に入ってからその感覚は強くなったが三階に上がってきてよくわかった。この感覚は博物館の下から感じる』


 この博物館の下と言えばクレイバーさんの研究所のことだ。


「ねぇ、ラグナ君?」


『ラグナ、ここには地下があるんじゃないか? そこに行けばなにか掴めるかもしれない』


 アムサリアとリナさんの顔を交互に見て、どうしたものかと考える。リナさんはそのまま俺をじっと見て眉をしかめてつぶやいた。


「ラグナ君、あなた、なんだか……重なってる?」


『重なってる』とはどういう意味だ?


『ラグナ行こう、きっと地下にはなにかある』


 気持ちを抑えられないアムサリアが俺をせかすが、地下の研究所に勝手に行けるわけはない。行くにはリナさんの許可が必要だろう。


「あぁもう、ちくしょう」


 頭が混乱してそんな言葉が出た。


「ラグナ君?」


「リナさん、落ち着いて聞いて欲しいんだ」


「な、なぁに?」


 彼女は改まった俺の言葉に少し身構えながら返事をした。


「こんなことを言っても信じられないかも知れないんだけど、今君の後ろにはあの破壊魔獣エイザーグを倒した聖闘女アムサリアの霊がいるんだ」


 今度の驚きの表情はあからさまだった。さっと後ろを振り返りなにもない空間を凝視する。


「今から三日前に突然彼女の霊が俺の元に現れた。お父さんにもお母さんにも見えなくて声も聞こえない。なぜか俺にだけ見えるんだ。その彼女が現れた理由を探すために、当時彼女が身に着けていた相棒の奇跡の鎧に会いに来たんだよ」


 リナさんは俺の話をぽかーんと口を開けて聞いている。


「そして、今ここで奇跡の鎧と対面したんだけど、これはラディアじゃないって言うんだ。彼女が感じる反応はこの建物の地下、つまり研究所からだって」


 その言葉を聞いてリナさんの表情は変わった。


「そこになにかあるんだね」


 リナさんは沈黙したまま俺を見ている。


「無理を承知で頼む。そこに俺たちを連れて行って欲しい」


 俺は腰を折って深々と頭を下げる。


 クレイバーさん不在の状況で勝手に研究所に入れるのは問題があるだろう。でも、アムサリアが言うのだからきっとそこにはなにかがあるはずだ。


 リナさんの沈黙はそこになにかあると告げているのと同意と受け取れる。十数秒の熟慮じゅくりょの末にリナさんが口を開いた。


「わかったわ」


 その口調は少々重かった。


「研究所に連れて行ってあげる。たぶんそこにあなたたちの求めるモノがあるんだと思う。おじさまの求めるモノもね」


 彼女は困り顔で微笑する。不謹慎ふきんしんだがそんな彼女の顔が可愛く思えてしまった。


「私に付いてきて」


 展示室の奥にある非常口の扉に向かって歩き出す彼女に付いて行く俺とアムサリアは、目を合わせると小さくうなずきあった。


 非常口から一階まで降りてまた扉を通り、一階の展示場に入る。順路を辿たどってホールに出ると受付の女性に声をかけた。


「私はこのあと仕事があるから、閉店作業が終わったらそのまま上がってくれていいわ」


「はい、わかりました。お疲れ様です」


 手を振って応えると今度はホール奥にある事務室に顔を出す。事務室にもふたりの従業員が仕事をしていた。


「お疲れ様」


「リナさん、お疲れ様です」


 俺も小さく会釈する。


「今日は残業で遅くなるから終わったら帰っていいからね」


「ラグナ君だったっけ? 今夜は博物館のマドンナを独占か。羨ましいなぁ」


「そんなんじゃないわよ。今夜は三人でお勉強なの。子どもをからかわないでさっさと仕事を終わらせて、恋人や家族のところに帰ってあげなさいね」


 リナさんはひらひらと手を振り事務所の扉を閉めると、


「三人?」


 不思議そうにつぶやく声が聞こえた。


 俺たちを連れたリナさんはその奥の私室の扉の鍵を開ける。


「さぁ入って」


 そこは十畳ほど広さの部屋。久しぶりに入るリナさんの個室でデスクの他に数年前まではなかったベッドが置かれている。


「職場の私室にベッドがあるのは研究所の仕事でそのまま宿泊するときのためよ」


 壁に設置されたプレートに手を置くと光を放って小さな音が鳴る。すると横の壁がスライドして通路が現れた。


「研究所への入り口はいくつかあるけど、私やおじさまの部屋からも行けるようになってるの」


「すげー、今のが科学ってやつなの?」


「そうね、これもおじさまが作ったの」


 通路はかなり広めに作られていて、幅も高さも三メートルくらいあった。


 俺たちが通路に入ると壁が自動で閉まり、それに驚く俺を見てリナさんはくすりと笑った。


 壁に設置された小さな明かりを頼りに進んで行くと階段が見えてくる。その階段に差ししかかったところで、しばらく黙っていたアムサリアが低い声色で言った。


『ラグナ、やっぱりこっちから力の波動が伝わってくる。その感覚もさっきより強くなっている』


 そう言われて意識すると、


「俺もなにか妙な感じがしてきた」


 それにともない緊張感が高まってきた俺に、リナさんが話しかけてくる。


「奇跡の鎧が複製品だって良く気が付いたわね。あれは私が作った三代目なんだけど、おじさまのお墨付きだったのよ」


「いや、あれは俺じゃなくてアムサリアがラディアじゃないって言ったからで」


 突然の振りに焦りながら答えた。


「アンビルバボル鋼の精製から法術錬金鍛冶まで手懸けた最高の物だったんだから。時間はおじさまの四倍かかったけど、その当時におじさまが作った物と比べても遜色そんしょくない自信作が見抜かれてショックだな」


 それを聞いてアムサリアは言う。


『鎧の出来栄えとしては申し分ない。本当にクレイバーと比べても差は感じられないくらいの完成度だったと思う』


「鎧の完成度はおじさんと比べても差はない出来栄えだって言ってるよ」


「だれが?」


「俺の後ろでアムサリアが」


 階段を下りつつチラリと振り向いて俺の後ろを見る。続いて俺を見た。


「ホントにいるのね、聖闘女のアムサリアが。ラグナ君と重なってるのってやっぱりアムサリアってことなのかなぁ」


「リナさんアムサリアがわかるの?!」


 その発言に驚いて俺は彼女に詰め寄った。


「違うの、わかるっていう訳じゃないんだけど、あなたを見るとなんとなくそんなふうに見えるというか感じるのよね。それがどういうことなのかまではわからないけど、アムサリアがいるって言うならそれに関係するのかな?」


 重なっている……、どういうことなのか俺もわからない。その思考の途中で階段は終わり数メートル先に扉があった。


 リナさんがこの通路に入ったときと同様に、壁のプレートに手をかざそうとしたときだ。


『待つんだ!』


 アムサリアの叫びに驚きながら俺はリナさんの手を掴んだ。


「待って!」


「どうしたの?!」


 リナさんは驚いて振り向く。


「ごめん。アムサリアが待てっていうから」


 振り向いてアムサリアを見ると、彼女は難しい顔をしている。


「どうしたんだ、いきなり叫んで」


『感じないか? 扉の向こうから伝わる波動を』


 リナさんとの会話に夢中でそういったことは完全におろそかになっていたが、彼女に言われて意識を向ける。すると、確かに扉の向こうからなにか不穏な波動を感じた。


「リナさん、俺が先に入ります」


 俺の真剣な言動にリナさんは警戒しつつ、俺の後ろから手を伸ばして扉を開けた。


「これはっ!」


「どういうこと?」


 天井からいくつもの強い光で照らされている研究所の広間には、所員が数名血を流して倒れていた。近くの所員に駆け寄って抱き起すも、すでにその命はなかった。おそらく他の所員も同様だろう。


 広間の奥に続く開け放たれた扉の向こうには、重苦しい陰力を持つ何者かがいる。


 俺は背負っていた剣の布包みを解いて臨戦態勢に入った。

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