邂逅(かいこう)

「こんなに朝早くどうしたんだ、叫んだり大きな声で話したり」


 扉の寸法ギリギリのガタイをしたお父さんが部屋に入ってきた。


「いや、実は俺の部屋に昔亡くなった巫女の霊が現れたんだ」


「巫女の霊?」


 まだ眠気が覚めないのか目をこすりながら俺の言葉を復唱した。


「おー、勇闘士ゆうとうしタウザン。また会えるなんて嬉しいよ。やはり少々歳を取ったな。息子がこれほど大きくなっているのだからとうぜんか」


 彼女は嬉しそうに話している。


「どこにいるっていうんだ?」


「ん? 今俺の目の前にいるよ。かなり上級の霊体みたいで対話ができるんだ。お父さんとお母さんのことも知ってるってさ。お父さんが歳を取ったなぁって笑ってるぜ」


 お父さんは何度か目をこすりながら俺の目の前をじっと見ている。


「霊体なんていないじゃないか。寝ぼけてるのか?」


「え? お父さんならわかるだろ?」


「俺も法術を扱う闘士だからな。上級の霊体なら俺が感じないなんてことはないだろ」


 俺でさえ彼女の存在を認識しているんだ。お父さんほどの人なら霊体の存在に気が付かないはずがない。しかし、ふざけて気が付かないふりをしているようにも見えない。


「どうしたのふたりとも、こんな時間に騒がしいわね」


 俺たちの声を聞いてお母さんも部屋に入ってきた。


「それが、ラグナの部屋に巫女の霊がいるって言うんだ。そいつと会話していたらしいんだが俺には感じとれなくてな。クランはどうだ?」


 お母さんはお父さん以上の法術の使い手だ。お母さんなら彼女の存在に気付くだろう。


「クラン、あなたも歳を取ったがあの頃と変わらず凛としているな」


 彼女はニコニコしながらお母さんに話しかけた。しかし、


「私にも感じないわ」


「クラン、わたしが見えないのか? タウザンわたしの声が聞こえないのか?」


 必死に話しかけるが彼女の姿は見えず、声も届かないらしい。上級法術士であるふたりに彼女が感じ取れないなんてことがあるのだろうか?


「ふたりともホントにわからないの?」


「巫女の霊ってことは女性なのね」


「そうだよ。歳は俺とそんなに変わらないかな。身長はこれくらい、銀髪でわりと幼い顔つきで、堂々とした話し方で人見知りしなさそうな感じ」


 そう説明する俺を見る両親の目が少しずつ冷ややかなモノに変わっていく。


「ラグナ、自分の好みの女性が見えてくるほどの妄想力はさすがに引くぞ」


「会話までしちゃうなんてお母さんもちょっとショックだわ」


「ち、違う! 妄想じゃないって。本当にここにいるんだ」


 その言葉も言い訳にしか聞こえないのだろう。ふたりはすっかりあきれ顔だ。


「お前、昨日の獣との闘いで頭を強く打っておかしくなったんじゃないだろうな?」


「町の医術士は問題ないって言ってはいたけど、やっぱり王都の高位医術士に見てもらった方がいいかしら」


 どうにか信じてもらおうと考えた俺は、ふたりを納得させる理由を思いついた。


「そうだ、さっき彼女はこう言ってた。昔この町を襲ったデンジュラウルフの群の討伐作戦にも参加したって。そこでお父さんたちと会ったって」

「あの討伐に参加していた者の霊なのか?」


 この話でようやくお父さんの目が覚めてきたようだ。


「そのときの闘いで彼女は亡くなったらしいんだ」


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 自分にわかる限りの情報をと思い説明してみたところで、彼女があわてて口を挟む。


「その闘いでわたしは死んではいないぞ」


「え?」


「わたしはそのときの闘いでふたりと出会ったんだ。助け合いながらデンジュラウルフの脅威から町を護った。それこそふたりに出会わなければわたしは死んでいたのかもしれない。本当に感謝している」


「ってことはあんたがお父さんとお母さんを知っているのは、見たことがあるとかそういうことじゃなくて、知り合いってこと?!」


 俺は彼女がふたりに憧れていた見習い法術士くらいに考えていたのだが、どうやら大きな勘違いをしていたようだ。


「なんだなんだ、なにを話しているんだ?」


 彼女の声が聞こえないのでお父さんとお母さんは会話の内容がわからない。


「彼女はふたりの知り合いで、助け合いながら一緒に闘った仲だって言ってるんだ」


「ホントかよ! そいつが今そこにいるのか?」


「あの闘いで知り合った女性……」


 一時は息子の妄想彼女と疑っていたふたりだったが、過去の出来事を話したことでどうにかわずかな信憑性しんぴょうせいを感じてくれたようだ。


「彼女はいったい誰なの?」


「そういえば名前を聞いてなかった」


 自分は名乗っていろいろ話をしてきたのに彼女の名前を聞くのをすっかり忘れていた。


「ごめん、名前を聞き忘れていた。あんた名前はなんていうんだ?」


「なにを言っているんだラグナ。キミはわたしの名を呼んだだろ?」


「いや、さっき初めて会ったんじゃないか。あんたが生きていた時代に俺は生まれていないんだぜ」


 話がかみ合わない、というか俺には理解できていないらしい。


「キミはわたしをアムって呼んだだろ? わたしの名前はアムサリアだ。アムサリア=クルーシルク」


 その名には聞き覚えがある。この国に住まう者なら知らぬ者などいない。イーステンド王国に伝わる英雄と同姓同名だ。


「アムサリア……」


「なになに、なんだって?」


 小声での復唱が聞き取れず、お父さんが聞き返してきた。


「まさかあんたは……、奇跡の英雄、聖闘女なのか?!」

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