祝福と別れ<エピローグ>
「おはようラグナ」
俺が目を覚ますとアムすでに起きており、俺の横で揺り椅子に座っていた。その膝の上には研究施設から持ち帰ったノラの木彫りの人形が抱かれていた。
時刻は6時を回ったところ。思っていたより長く寝てしまったが、おかげですっかり疲れも抜けている。
「ウラとハムは?」
「もう起きて朝食を作ってくれている」
ワイフルさんのところでもそうだったが寝泊まりさせてもらっている分際で一番最後まで寝てしまうとはなんとも情けない。
「ラグナさん、おはようございます」
「おはようにゃぁ」
「おはよう」
元気の良いふたりに挨拶を返したところですぐに食事が出てきたので顔だけ洗って席に着いた。
「それでふたりはこのあとどこに向かうのですか?」
「うむ、その昔聖闘女が復興させたという国がふたつあると街で聞いたので、どちらにしようか迷ってはいたが、ブンドーラに行ってみようと思っている」
「あそこなら5日も歩けば着くでしょう」
「聖闘女のことならフォーレスもあるけど、なんでブンドーラにしたんだ?」
俺の質問にアムはすこしだけ考えてから返してきた。
「大盗賊国家なんて呼ばれているんだから治安の悪い国なのだろう。そういったところの方が隠れミノになって奴の組織が潜伏しやすいだろうと思ってな」
「それってつまり、こちらから積極的にビートレイにかかわっていこうということか?」
「わたしを監視すると言っていたしな。どういうつもりで監視するかわからないがそれはそれで気分のいいものじゃない。長年に渡るあの街の魔女の騒動は奴がどうこうしたわけではないが、それを利用して混乱を起こしたことには変わりない。ラグナも奴ら組織の頭首に文句のひとつでも言ってやりたいとは思わないか?」
「それって元聖闘女としての考えじゃなくて個人的な思いだよな?」
「そんなことはないさ。なにか深い理由があるというようなことを言っていたが、例え悪意が無かったとしても結果として秩序を乱し人々が苦しむのならば、元聖闘女として放ってはおけない」
「アムサリアさん素敵です!」
「カッコイイにゃっ!」
正直あいつにはもう会いたくはないが今回アムに計画を潰されたことで、いつかまた向こうから接触してくるのだろう。やつらの目的どころか、組織の全貌がまったく見えてないことが不安を
食事も終わり出発の準備が整った。別れの挨拶のためにふたりと向かい合う。
「お世話になったね」
「いいえ、こちらこそ助けてもらって感謝しています」
「アムちゃんたちにこれをあげるにゃ」
ハムは包みをふたつ出してきた。
「昨日とった野獣の肉にゃ。いちおう保存食として作ったけど時間がなかったから5日くらいしか持たないにゃ。早めに食べるといいお」
「いろいろとありがとう。それじゃぁわたしからもひとつお返しをしよう」
アムは両手を合わせて力を込め始めた。
少し手のひらを離すとその隙間に
「これはいったいなんですか?」
アムは優しく微笑んだ。
「わたしがヘルトから削り取った妖魔王の負の念の中に残っていたモノとノラの遺品である木彫りの人形に残っていたモノだ」
「えっ、ノラの?!」
「さぁ、ふたりとも手を出して」
アムは小さく瞬く温かな光の念を出して見せ、そっとふたりに手渡した。
「絡みついた不純な念とより分けるのに時間が掛かってしまったが、ようやく完了したよ」
ふたりの手のひらに収まるとその光は強く輝きだし、光にさらされた俺にもなにかが流れ込んでくる。
『これはノラの記憶、いや念か?』
***
私が森のほとりで人族や妖精の子どもと動物たちと一緒に精霊と会話をしていたときのこと。
「その優しい力をもっとみんなのために役立ててみないか?」
そう言ってきたのはその森の近くにある白い大きな建物に住む人族でした。
それは私が多くの種族と動物とも心を通わせ、精霊にも愛される特別な子だからという理由でした。
私を見つけた人族は、
「魔獣に怯えず、様々な種族が平和に暮らすために君に協力して欲しい。君がもっともっと多くの人たちと精霊と仲良くなれるようにしてあげる」
と言って私に協力を求めたのです。
「もっと仲良くなれるなんて素敵。みんなと平和に暮らせるのなら喜んで協力するわ」
私はその誘いを受けることにしました。
研究は大変なこともあったけど人族の研究員はとても優しく、私を気遣い励ましてくれました。でも研究は長い年月を要し、寿命の短い人族は世代交代をしていってしまうので、私はそのことに寂しさを感じていました。
そんな日々を送る私はある日、旅をするパックリッポ族の獣人の男の子と出会います。
獣人の男の子の名はハム。私はハムの旅の話を聞くのが楽しみで、研究の合間にハムに会い行きました。
ハムを人族の友達にも紹介し、森の妖精の里にも連れて行くと、彼はすぐに人気者となり、みんなに旅の話をしてあげていました。
でも私は研究に協力していてハムと会う時間があまり取れません。そのあいだにハムは人族や妖精ともどんどん仲良くなっていき、そうなったことに嬉しく思いながらも少し寂しさを感じていました。
しかし、研究が成功すればずっとハムや友達と一緒に平和な日々を送れると信じて我慢します。そのため数ヶ月みんなと会えない日が続くこともありました。
さらに月日が経ち、研究は実験へと変わりました。その実験は精霊を使役する聖霊を人工的に創るためのものであり、私はその母体にされました。
人工聖霊創造計画。この計画は完成を間近に行きつまります。それは私が精霊を支配する欲求が足りないからです。
実験が進まぬあいだにいつしかハムは別の妖精の少女に恋をしてしまいます。
その妖精の少女はウラ。私の妹でした。
その事実を知った私は強い欲求が生まれ支配欲が強くなってしまいます。不足していた欲求の精神が一気に上昇したことで聖霊の能力を発現するに至りました。
でも、今までなかった支配の欲求が急激に膨れ上がったために抑えが利かず、嫉妬心から悲しみだけでなく怒りや憎しみの感情が生まれ、発現した聖霊の力が裏返ってしまいました。
その力を恐れたのは研究員だけではありません。私自身がその力を恐れ悲しみ、部屋に閉じこもりました。
しかし、膨れ上がる感情は止まることを知らず。その衝動を外へと向ける怒りと内側へ引き込む悲しみが嘆きとなって私の中で暴れ狂います。
そしてとうとう限界を迎え、嘆きは悲しみを切り離し、怒りや憎しみが暴走してしまいました。
私は負の力で相手を支配し、幸せや喜びに嫉妬し、これまでのことをすべて恨む魔女となってしまったのです。
魔女となった私はハムとの時間を奪ったとして研究施設を襲います。精霊を使役する聖霊の力は魔女の力になったことで、地に眠る怨念や人々の邪念から妖魔を生み出し使役しました。さらにハムも人族も妖精も自分から離れていってしまったと強く思い込み、まず人族の街を襲いました。
そこにハムが森の妖精や人族を引き連れて現れます。ハムたちは力を合わせて妖魔と闘い魔女となった私に抵抗しました。
そんな彼らの絆を見た私は、より憎悪を燃やし、怨念がどんどん大きくなって呪いの力を手に入れました。
ハムも最初は大きな力を持っていませんでしたが闘いの中で成長し、時を経て仙人と呼ばれるようになりました。
それでも魔女となり呪いの力を得た私には及ばず、王都も妖精の里も壊滅的な状態になり、ハムも酷く傷ついてしまいます。
そのとき、人々の想いがハムに集まっていくのを私は感じたのです。
強い信仰という力を受けたハムは、その肉体を失っても存在が失われず、聖霊となって蘇ったのです。
私は聖霊になったハムと、力を注いだ者たちをいっそう憎み、より強大な力を振るいますが、ハムの聖霊の力によって追い詰められてしまいます。
ハムは力を弱めた私を大地の力を使って巨大な壁で囲い、大地に封印して自分自身の力で包みこみました。
ですが、私の念は治まらず封印されたあとも呪いを発し続けましたが、ハムもその力を以って私と呪いを封じ続けます。
生き残った人々は封印の地で私を監視する集落を作りました。
それから数百年経った現在、集落は城郭都市となって繁栄しました。
ハムの霊体の一部がウラと一緒に近隣の森の小屋で、怒りの怨念を放つ魔女の私と研究所の地下で悲しみの底に眠る私を、ひっそりと見守っていたことはずっと感じていました。そう、互いに想う気持ちを抑えながら……。
***
『寂しくて苦しくて怖かった。ずっとそう思っていたらもっともっと寂しくて苦しくて怖くなった。気が付いたらなにもなかった。でもやっと暗く深い出口の無い闇の中から出られてふたりに会うことができた』
声が聞こえる。
『ごめんなさい、ふたりを祝福できなくて。ごめんなさい、つらい思いをさせてしまって。もう大丈夫、今度は私があなたたちを見守っていくわ』
「ノラ姉さん」
「う、うう、ノラたーん」
光の粒は小さくなって天へと昇っていく。
『ウラ、ハムと幸せになって。ハム、私のことも忘れないでいてね』
ふたりは抱き合って泣きながらその手を離れていくノラを見送った。
~魔女の章~ 【完】
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