闘いの果てに 2

「……以前からちょろちょろとしていた森の妖精が再封印の儀式を中止させようとしていましたが、まさか封印を施した聖霊仙人までもが邪魔してくるとはね。街の者が彼女らの戯言たわごとに耳を貸すはずもありませんが、念のため根回しはしておきました」


「私たちが魔女の使徒だという噂を広めたのはあなたということですか」


 ふふふっと鼻で笑うことで肯定してみせた。


「ですが、街の外の者が介入したくらいで計画に影響が起こるなんて予定外です。その予定を調整しつつ妖魔王の誕生までは辿り着いて任務は完了したって本気で思ってました。アムサリアさん、あなたの登場は予想外でしたし、あなたの強さは想定外でしたし、何よりあなたの能力が規格外過ぎました。いったい何者ですか?」


 少しトーンが落ちたビートレイの声は不気味に思えた。恐らくこいつはただの小間使いじゃない。


「我々の長きにわたる計画を見事に粉砕してくれたアムサリアさん。あなたの存在が今後も不測の事態を起こすのではないかという悪い予感がします。なので、我々はあなたを……」


 横にひかえる3人の従者が揃って武器に手を掛けた。


 魔女や妖魔と闘ってきた森の妖精と街の創造主である聖霊仙人。それにイーステンド王国最強の元聖闘女。この3人とまともにやり合って勝てる者がそうそういるとは思えない。だから、力を出し切ってしまっている今のうちに殺してしまおうというのだろう。


 俺とノーツさんが武器に手を掛けて身構えると、アムは腕を横に上げてそれを制した。


 ビートレイもアムと同様に仲間たちの行為を腕で抑える。


「……監視させていただきます」


 意表を突つく言葉にビートレイの従者も驚いていた。


「では我々は失礼させて頂きます。のんびりしていたら冷静になった街の者たちが一斉に襲ってくるなんてこともあるかもしれませんからね。もしそうなったら……、全員殺さなくちゃいけなくなりますんで」


 最後のひと言に俺の身の毛が逆立った。やはりこいつは侮れないなにかがある。


「てめぇ」


 俺の横で殺気を放つノーツさんだが、同じようになにかを感じたのだろう。怒りに体をわななかせるが武器を抜くことはしなかった。


 不気味に薄笑うすわらうビートレイの背後から一台の馬車が走ってくる。建物などは吹き飛んで更地さらちとなったが、荒れた路面が荷台を激しく揺らしていた。


「よう、待たせたな」


 運転手は初老ではあるが、ひと目で屈強な闘士だとわかる肉体と雰囲気を持ち合わせていた。


「ティーガさん!」


 その初老の男に向かって名を叫んだノーツさんの表情はこれでもかというほど驚いていた。


「ノーツ、無事だったか。兄貴も生きているか?」


「あぁなんとかな、だがヘルトは死んじまったぜ」


 サウスさんから知らされた事実にティーガなる男は顔をしかめ、


「そうか」


 と、ひと言だけ言葉にした。


「まさかあんたがこいつらの仲間だったとは驚きだ。小さな子どもを連れてこの街にやってきたときからこいつらとつるんでいたのか?」


「あぁそうさ、俺はこの計画のためにこの街に移り住んだ」


「こうなることをわかっていてか?!」


 乱れた感情が言葉に現れている。彼はサウスさんが信頼を寄せていた人なのだろう。


「俺にはなにを置いても成し遂げると決めた目的がある」


「目的?」


「だが、誓って言う。信じて貰えないとは思うがこの街の者たちに直接的な被害を与えるつもりはなかった。魔女や妖魔から街の者を護るという使命のために本気で協力していた」


「だったらなんでこんなことになったんだ!」


「力を手に入れるためだ」


「それがあの妖魔王ってやつか?」


「ティーガさん、それ以上は駄目ですよ」


 ビートレイが話に割って入ったところで、馬車の荷台の扉が開き青年が顔を出す。


「早く行きましょう。また思いもよらない不測の事態が起こるかもしれませんよ」


「当然ライオもそちら側だよな」


「息子も同じ思いだ」


「では行きましょう」


 従者と共に乗り込んでいくビートレイに一歩進み出るアム。


「最後にひとつ教えてくれ」


 今まで無言だったアムが彼を呼び止めた。


「お答えできることならば」


「皆が魔女と闘っていたさなかに、ヘルトたちが言っていた緑のフードの者がわたしの前に現れた。そいつはお前たちの仲間なのか?」


 一瞬だけ真顔になったあとに手を広げ、


「いいえ、違います。残念ながら我々にもその正体はわかりません。聞いていると思いますが、封印の儀式を邪魔しようとしていたので魔女の使徒と呼称していた者です。直接的に対峙したことはありませんが我々とは別の目的で動いている組織があるのでしょう」


 とだけ言ってそそくさと乗り込んだ。


「ではみなさん、お疲れさまでした。魔女の消えたこの街で平和に暮らしてください」


「達者でな」


 ティーガは手綱を操って馬車を回し去って行った。


 薄っすらとした雲のある空は変わらないがさっきまでと違って力のある光が降りそそいでいる。だが俺の心は晴れはしなかった。


 ドサッ


 地面を叩く音をさせたのはアムだった。


「おい!」


『アムっ?!』


 前のめりに倒れて動かない。急いで抱き起すが反応がない。


 ピィィィィピィッ


 ハムは指笛を吹いて怪鳥を呼び寄せ、それにアムを乗せて自分とウラがそれを支える。


「先に小屋に戻るにゃ」


「わかった、アムをよろしく頼む」


「やさしく飛んでにゃ」


 怪鳥はその足でジャンプするのに合わせて大きく羽ばたきふわりと浮き上がる。そのままゆっくりと北の街門の先にある小屋に向かって飛で行った。


「俺たちも行こう」


 傷が塞がったばかりのグラチェの頭をそっと撫でると心配げに小さく唸った。


 地面に突き刺されたままのリンカーを引き抜きポーチにたたまれている布でぐるぐると巻くと、グラチェは俺をすくい上げるように背中に乗せた。


「おっと」


 きっと少しでも早くアムのところに駆けつけたいのだろう。まだ傷も痛むだろうに。


「ラグナ」


 グラチェが北の塔の方に向きを変えるとノーツさんが俺を呼び止めたが、振り向いて顔を見ることはできなかった。


 魔女を討った勝利の余韻などまったく感じない結末。街の英雄を失った喪失感。その原因と犯人であるビートレイやアムをどうすることもできない無力感。この街の人々は俺が感じる以上、心に傷を負っているはずだ。


「力になるどころかこんなことになってしまい、すみませんでした」


 それ以上はなにも言えなかった。


 魔女の陰力とは違う負の空気をその背に感じながら、グラチェにしがみつく手に力を込めて俺はこの地を後にした。

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