選択
晴天だった空はいつしか怪しい雲に覆われていた。それは精霊たちがこれから起こることを予見して怯え、騒ぎ始めているように感じる。
魔女の霧を近付けさせないように奮闘するヘルトに向けてウラは必死に説得していた。
「お願いします」
「さっきも言ったようにそんな賭けをすることはできない。それに僕は君らのことを心から信用できていないんだ」
「魔女を封印してしまえば私たちにも手に負えないような妖魔が生まれてしまいます。そうなればこれからこの世界に生まれてくる子たちが脅威に晒され、悲惨な最期を迎えることになってしまうかもしれないのです」
「魔女を復活させればその妖魔も一緒に現れるということだろ? そんなふたつの脅威に僕たちは対応する戦力は残っていない」
「今ならまだその妖魔の力は魔女には及びません。ラグナさんたちの協力があればきっと倒せます」
ウラの説得にヘルトは返答できず、湧き出る妖魔を斬り散らしていた。
ウラの言うことも一理ある。妖魔うんぬん以前に、封印は魔女の脅威を次世代に押し付けることに変わりないからだ。そんな葛藤の中で槍を振り回していると、ヘルトたちの耳に待望の言葉が届いた。
「封印法術陣完成しました!」
街の人々が待ちに待った陣の完成の知らせが、喉が千切れんばかりの声で叫ばれる。
「魔女は必ず私が倒してみせます。だから……」
魔女の霧を蹴散らしたヘルトの視線が一瞬彼女に向けられた。躊躇するように引き結んだヘルトの口が開かれ、出た言葉は……。
「封印法術陣発動!」
その号令を聞いて法術部隊が一斉に叫んだ。
「セイング・エレメン・エンハンス・インジェクト」
街の上空に描かれた巨大な法術陣は、四方を囲む精霊陣の力を受けて、さらに力強く輝きを増す。
ウラは奥歯を噛みしめて静かに目を閉じ、ハムは心配そうにウラを見ている。
「ようやくですね。彼らが邪魔をするから少々焦りました。でもこれで任務を完遂できます」
俺たちの後ろでつぶやくビートレイの口調は先ほどと違って妙に穏やかだった。
陣の光が指向性をもって真下にある魔岩石と呼ばれる大岩を照らしたとき、ちょうどその中間にもうひとつ陣が現れた。その陣が赤く輝くと本格的に発動した封印法術陣の光が魔岩石目がけて放出され、ふたつ目の陣がそれを受け止めた。
「おい、あれは」
後方でそんな声が上がり、ざわざわと不穏な声で騒がしくなった頃、赤い陣から放たれた光を受けた魔岩石はまばゆい光を放って視界を奪った。一瞬遅れて襲って来た爆音と爆風が体を打ち付けると、全身が凍り付くような感覚が体を走り抜け、次の瞬間には逆に音も感覚も異常なほど静かになった。
爆風がおさまっても上空の封印法術陣から降り注ぐ光の柱は照射され続け、それを受けた赤い法術陣は大地に赤黒い光となって注がれており、そこにあったはずの魔岩石は跡形もない。
その光に呼応するように大地が唸りを上げているが、それすらもあまり気にならい。
眩(くら)んだ目の視力が戻り始めて辺りを見渡すと、溢れていた妖魔はすべて消え、かすかな人の騒めきだけが薄い幕のかかった向こうから聞こえてくる。そんな中で俺はあの赤い法術陣に見覚えがあるなぁ思いながら、ぼんやりとしていた。
一分程度の時間が経っただろうか。役目を終えた法術陣はゆっくりと消え、それに続いて赤い陣も光を弱めていく。
「あ、あああ、あああああああ」
不意に俺の隣で上がったハムの奇声を聞いてぼんやりしていた意識が鮮明になる。
「ハムにゃん?」
ウラはうずくまるハムに寄り添った。
「これは、街に広げていたハムにゃんの力が戻ってきています」
確かに聖霊仙人とは思えない弱々しいハムの中に力が漲っていく。
前線で闘っていた闘士達は妖魔が消えて闘いが終わったと知ったことで、その場にへたりこんだり、絶叫したり、走り回ったりとそれぞれ今の感情をあらわにし、後衛の法術士団の人たちの多くは倒れたり座り込んだりしていた。やはり封印法術陣は疲労と反動が大きかったのだろう。
「魔女を討てなくて残念だったな。でも、ダイナーさんたちに信用してもらえたんだから、これからは街の人と話し合って、次回の封印が弱まったときのための作戦を立てていけばいいんじゃないか? みんなと協力すれば今回よりももっと上手くいくだろ?」
俺なりの慰めの言葉を口に出すと、闘士たちがさっきよりも大きな声を上げ始めた。
『喜びの叫びもここまでくれば発狂だな』
そう思いつつそちらに目をやると、ヘルトのそばに立っていた闘士のひとりが叫び声を上げるままに獣化したのだ。いや、ひとりではない。何人もの闘士が獣化し始めた。
「どうして……?」
闘士たちは喜びで叫び、疲労でへたり込んだいたわけではなく、呪いの影響を受けていたのだ。
「さて、封印法術陣を発動させるという私の目的は果たせましたので、あとはあなたたちにお任せします。存分に魔女を討つという目的を果たしてください」
背後から冷たい声が俺たちの耳に流れ込んできた。
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