奇行

 ヘルトとダイナーさんはやむなく獣化した仲間を討ち、狂乱する仲間を気絶させてから両の肩にかついで法術士団のところまで下がってきた。


「彼らの解呪を、急いで!」


 そして助かる可能性のある仲間の解呪を指示する。


「これはどういうことだ、封印法術は失敗したのか?!」


 声を荒げるヘルトにビートレイが答える。


「封印法術陣は問題なく発動しました」


「じゃぁなんで?」


「あの赤い法術陣は法力邪術で作られたもので、聖邪を反転させるための法術です」


 その問いに答えたのはウラだ。


「あれはお前の仕業か!」


 息を荒巻いてウラに向かって槍を突き付ける。


「いいえ、違います」


「そうそう、彼女たちではありません」


 彼女の返答を肯定したのはビートレイだ。


「あれは私が仕組んだんですよ。いや、私たちがと言った方が適切ですかね。あなたたちが魔女の使徒と呼ぶ組織です」


 ヘルトたちに戦慄が走る。


「五年の月日は長かったですね。でも百年近く前からの計画だったから、それに比べたら大したことないかな」


 今までと違い漂々ひょうひょうとしたしゃべり方のビートレイの話をヘルトたちは愕然とした表情で聞いている。


「一族に取り入って少しずつ外部の人間も仲間にしてもらい今に至りました。そんなに多くはありませんが私以外にも使徒はいますよ。でも正確には魔女の使徒ではありませんがね」


 突然の告白にどうすればいいかわからないヘルトたちに代わってウラが斬り込んだ。


「あの赤い法術陣は誰がどうやって発動させたのですか?」


「あれはですね、封印法術陣が発動すると自動で発動します。発動場所はこの街の外、ほこらのさらに外なんです」


「そうですか、だから私もハムにゃんも気が付かなかったのですね」


「ついでに言えばあの陣は、ほこらに集めた力を拝借して発動するんですよ。だから風のほこらが破壊されてしまった昨日は発動しませんでした。いやぁさすがにあれには肝が冷えましたよ」


 みんなが苦労して蓄えた力を利用されたということのようだ。


 俺は起こった出来事や、彼らの関係に戸惑いながら事の次第を咀嚼そしゃくして理解することに努力する。


「ビートレイ、てめぇは」


 ビートレイに向けて剣を構えるダイナーさんに彼は焦る様子もなく言葉を伝えた。


「いいんですか、こんなことしていて? あちらであなたたちの宿敵がお目覚めですよ」


 その言葉を聞いて全員が振り返ると、魔岩石があった場所には魔女の塵影じんえいが急速に集まり出している。それはとても静かで小さいながらも、凄まじく暗く重い質量を持っているような異質な存在感だった。


「あれが……魔女か」


 エイザーグとも違う異様な雰囲気でたたずむ怪しげな影がゆらりと動くと、速さとは違う何かですーっと目の前に迫っていた。そして、闘士ひとりの額を指の先でトンと触れる。


 虚を突かれたその闘士は二歩あとずさりをして倒れ尻もちをつく。


 いち早く動いたのはヘルトで、遠間から槍を突き入れるが、魔女はそれをするりとかわして消えるように間合いを空ける。


 座り込んでいた闘士は奇妙な声を出して内側から膨れ上がり弾けると、その姿を妖魔へと変貌させた。それを見て皆はようやく魔女が復活してしまったのだと理解する。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ」


「魔女が、復活しちまったー」


 法術師団のトラスを中心に散り散りになっていく者たち。部隊は一気にパニックにおちいった。


 そんな中で唯一動いたのはウラだった。


「復活したと言うなら好都合というものです」


 魔女に向かって走り寄り振り上げた左手を大地に向かって振り下ろす。


「セイング・チェイン・ヘプタグラム」


 大地に描かれた七芒星の法術陣に囲まれた魔女は七方シンボルから光が撃ち出す鎖にからめとられた。


「清らかなる大地とその恵みを汚す不浄なる黒き魔女よ。その身の一片までも光となり、この地より消え去るがいい」


 突然ウラのその手に絶大な輝力が現れた。しかしウラが発した力ではない。


 見るとウラのその手にはその象徴であったヒゲが握られている。あのヒゲは悪ふざけで付けていたアクセサリーではなかった。法具でもない。圧縮され鈍化した輝力そのモノだったのだ。おそらく百年近い時間を掛けて霧散消失しないように少しずつ作り上げたのだろう。


 この輝力の量はエイザーグを倒したときにアムの中に溢れ出た輝力をも上回っていて、その余剰光だけで妖魔になった闘士を消し去ってしまった。


 法術陣で鎖に縛られて動けない魔女に向かってその光を撃ち込もうとしたそのときだ。俺の横を一陣の黒い風が駆け抜けた。


 魔女に向かって突き出した大いなる輝力の集合体から電撃とも思える空気を切り裂く音が轟いて封印術のとき以上の光が辺りを照らす。


 ウラのかざした手の先で光に包まれたそれは、断末魔すらかき消し、その光の浄化に抗おうと陰力を放出しているが、光の浄化はそれを超えてその身を燃やしていく。

 ウラは手を降ろして数歩後ずさりするとその場にペタリと座り込み、もう一度その光へと手を伸ばした。


 光は徐々に弱まり、そこには光によって焼かれた魔女が立ちすくむ。


 あれほどの輝力を受けて焼かれても原型を留めていることは信じられないが、もしも、まだ生きていたとしても到底闘う力など残っていないだろう。


「アムサリアさん」


 ウラがアムの名を呼んだ。


 同時に重苦しい陰力は膨張して大地に描かれた法術陣が光を弱めていく。その陣の手前で焼かれたその人影が倒れ、ウラはあわてて駆け寄りそれを受け止めた。


 その背後には鎖に縛られた魔女が不気味な笑みを浮かべて立っていた。


「それじゃ、あれは」


 視線をウラに移すと彼女に抱えられているのは無残な姿になったアムだった。


「アムサリアさん、どうしてこんなことを?!」


 俺は聖なる稲妻に焼かれたアムの姿に一瞬身を固めるも、すぐにふたりに駆け寄った。


「おい、しっかりしろ!」


 声を掛けるがアムは意識がなく返事はない。


「おい、生きてるよな? たのむ、目を開けてくれ」


 急ぎアムを背負い力なく座っているウラの手を引いて、縛られた魔女から遠ざける。


「あれは誰だ?」


「魔女を庇ったのか?」


「なんてことしてくれたんだ」


 疑問や避難の声が上がっているがそんなことは問題ではない。アムが生きているのかどうかだ。

 数百年という長きに渡る魔女への敵意を込めて蓄えてきた膨大な輝力。その一撃は一瞬で魔女を焼き尽くすことができるほど強大だった。だが、どういった理由かアムはその一撃から魔女を庇うようにその身に受けて、己の対属性の力に焼かれてしまった。


 理由はわからない。この奇行は研究所を探ることで得た何かから至った行動なのか? 例えば、魔女を倒すことがさらなる脅威と悲劇を生むことになるなどだ。そのことを知ったアムはその身をていして魔女を護ったのでは?


 いまだ聖なる鎖に繋がれる魔女から離れた場所まで移動し、アムをゆっくりと降ろして寝かせる。その彼女の口元に耳を寄せてみると小さいながら呼吸音が聞こえた。


「どうですか?」


「大丈夫、息はある。だけど」


 心配し、動揺を含んだ言葉のウラに対し、俺は安心させるような言葉を返せない。


「どういうことかわかりませんが、ともかく治療を」


 震える手で輝光法術による癒しをほどこそととするムラの腕を掴む。


「だめなんだ、アムの体の特性上輝力を使った通常の治療法術は効かない」


「それなら地や水の精霊治療法術ならどうでしょう? ハムにゃんの精霊治療法術なら」


「そうか、それなら効果があるかもしれない」


 立ち上がり振り向くとビートレイが覗き込んでいた。


「あらら、大変なことになりましたねぇ」


 状況に似つかわしくない軽薄さを感じる声でビートレイが言う。身構える俺を前にしてもビートレイは冷静だった。


「待ってください、ちょっと忠告しようとしただけですよ」


「何が忠告だ、お前がしでかしたことだろう」


「そうなんですけどね」


 ビートレイにまったく悪びれる様子はない。


「まぁ聞いてください。私もまったく想定していなかったことが起ころうとしてるんですよ。たぶん、あなたたちにとって、もうひとつの脅威となる者が現れると思います」


 そう言われてより警戒心を高めて辺りを伺う。


「にゃー、力が入ってくるにゃぁ」


 体を震わせてハムが言う。


「ぼくじゃない違う力が入ってくりゅぅぅぅぅうう!」


 苦しそうに声をにごらせて叫ぶハムにウラが背中をさすって声を掛ける。苦しむその姿を見ると、心なしかハムはひと回り大きくなっている気がする。


「あぁぁぁ、ハムにゃんの力と一緒に黒く深い力がっ」


 モフモフながら短めだった体毛がぐんぐん伸び、手足はたくましい筋肉が膨れ上がり、身長は二メートルを優に超えた。


「ウラたん、逃げるにゃー!」


 その言葉を最後にハムは凶悪な魔獣に成り変った。

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