交渉
白の塔に着いて目に入ったのは鬼神の如き強さで闘うヘルトの姿だ。アムの強さも尋常じゃないが、英雄ヘルトの強さはアムのそれとはタイプが違う。とにかく速い。速度もさることながら機敏さが段違いだ。そこから繰り出される槍の一閃は防ぐことも避けることもできず、妖魔たちは切り刻まれていく。
それでも溢れ返った妖魔を一掃することはヘルトひとりでは到底かなわない。ダイナーさんはすでにハムを少し離れた場所に降ろして妖魔の中に飛び込んでいた。
主力部隊が揃い呪いの雨の被害がないこの戦場はなんとか戦線を維持してはいるが、ヘルトの活躍によるところが大きいだろう。
「俺はヘルトのところに行ってくる。ウラと仙人様はこの辺りで待機していてくれ」
俺は闘士団を援護しながらヘルトの下へと進んで行く。ダイナーさんも闘いながら少しずつヘルトのいるところに移動していた。
「ヘルトー!」
「ラグナ、来てくれたのか」
「遅くなってごめん」
「アムさんは?」
「信号弾が上がったときアムは研究施設の探索をしていたからまだここには来てないんだ」
「そうか、正直かなり厳しい戦況だよ。この街に伝承されている情報から予想していたよりも敵戦力は上をいっていた。もう精霊聖獣の結界の効果も大きな影響を与えてなさそうだ」
振り向くと塔の一階の法術陣でグラチェが気張っているのが見える。
「封印法術の発動まで20分も掛からないと言っていた。もう少しなんだ」
ザザー
態勢を低く滑り込むようにダイナーさんが到着した。
「封印の儀式は中止だ」
突然の提案に驚くヘルトは、
「どういうことですか?!」
と、側面から襲って来た小型の妖魔を斬り払って問い返した。
「仙人様たちが魔女を倒すと言っている。魔女を封印してしまったらそれは成せない」
切らした息の呼吸の合間に言葉を滑り込ませた。
「仙人様に会えたの?」
振り向いて今度は俺に問い掛けた。
「あぁ、仙人様と森の妖精は魔女を倒すのが目的だ」
「森の妖精ってあの森の妖精?」
ヘルトたち街の人間からしたら森の妖精は怪しいを通り越して危険な存在だろう。ここで名前を出したのは失敗だったかもしれない。そう思いながら俺はヘルトに説明する。
「ダイナーさんが言った通り、仙人様たちが魔女を倒すのに協力しよう。簡潔に説明すると魔女を封印すると封印した大地の中で妖魔がどんどん生み出されてしまうんだ。それが今ひとつになって、魔女以上の脅威になりつつある」
俺の話を聞いてヘルトは押し黙る。街の運命を左右するこの闘いにかんして、他の国から来た、それも知り合って1日もない俺の提案を聞き入れてもらえるはずもない。これはダイナーさんの言葉あっての熟考だろう。だが、この提案はヘルトにとって受け入れがたいモノのようだ。
「サウスとノーツも同意見だ」
ダイナーさんはそう付け加え後押しする。
「森の妖精が本当に信用できるの? 仙人様は本物なの?」
本物か? という問いにダイナーさんは返せない。当然俺もその問いに対して絶対だとは言えるわけもない。
本人と会って話した者なら『偽物ではない』と感じるかもしれない。ただ、何を以て本物だと判断するのか? そんなことは冷静に話せばヘルトもわかるはずだ。
「本物かどうかはわからない。だが、赤の塔の部隊はあいつらに救われた。妖魔は全て消え、呪いの雨に犯された大半の者も浄化され、一時的だが魔女の霧も消えたよ」
この事実は後押しするに至るだろうか。
いまだ答えが出ないヘルトだが、刻々と過ぎていく時間は待ってはくれない。
「ご理解いただけましたか?」
不意な背後から声に振り向いて視線を落とすと、少し前まで塔の近くに居たウラとハムが立っていた。
「うわっ」
ふたりはわずかな時間でこの戦場を苦もなく通り抜けてきたのだ。
ヘルトは怪訝な顔でふたりを見る。フードの下の異様な獣の被り物は取っているので、小さな獣人の子どもと妖精の女の子にしか見えないだろう。ヒゲ以外は特別おかしなところはない。ただ、ふたりとも幼い印象なので魔女を討つというにはあまりに頼りない。
「森の妖精のウラです」
「ぼくはハムですにゃ」
緊張感のない自己紹介がさらなる疑いを生みそうでならない。
「彼が聖霊仙人のハムだよ」
俺はすかさずフォローを入れた。
「間もなく魔女が復活するでしょう。私たちが復活した魔女を討ちますので、封印を中止して頂きたいのです」
「君たちが今まで僕たちの邪魔をしてきた者なのだろ? この作戦は僕たち一族の使命なんだ。協力的なフリをして魔女を復活させようとしているんじゃないのか?」
「そんなことはありません、私たちはこの闘いを大昔にやり残してしまった後始末だと考えています。そして、この街の人々が今後魔女の恐怖に怯えず、古い使命に縛られずに暮らしていけるように、魔女を討ちたいのです」
やり残した後始末。この時代の人々に対する謝罪と責任をまっとうするという意思は、その幼い容姿の彼女からもひしひしと感じる。
「復活した魔女を必ず討つとどう証明できるというんだ? 今この封印が消えてしまえば、復活した魔女を封印する手段はないんだ。だから、僕たちはこの機を逃せない」
「あなたに信用してもらえるだけの証拠を提示することはできません。ですが魔女を討たなければ、あなたがたの子どもたちが今以上の脅威に晒された挙句、悲惨な結末を迎えることになってしまいます」
そんな問答をしていると、
「魔女の霧、出現!」
声が聞こえた方を見ると赤の塔に現れたモノの倍以上はある霧が立ち込めていた。
「こっちにも出やがったか。俺はあれを止めに行く。最終的な判断はお前に任せる」
そう言い残して前線へ駆け出して行った。
「あなたには感じませんか? 封印された地の底に膨れ上がっている妖魔の気配を」
確かに感じる。この場に来てようやく感じることができるくらい遠く深い場所で、何かとても大きな脅威潜んでいる。
「今この街の中心部に近いところにしか妖魔が湧かないのは妖魔が集まっている証拠だお」
自らの半身を使って魔女を抑え込んでいるハムが説明を付け足した。
「ヘルト、もうじき陣が完成します」
そこにひとりの男が走り寄ってきた。
「何かあった、んです……? お前たちは!」
ウラとハムを見て叫ぶ。
「こいつらは魔女の使徒です。以前祠(ほこら)で陣の形成をする準備をしているときに備品を盗み出そうとしていた奴らです」
「ビートレイ、彼女は森の妖精で小さな獣人は聖霊仙人様らしいよ」
「知ってますとも、そのときもそんなおかしなことを言っていました」
敵意のこもった眼差しでふたりを見ている。
「ふたりは魔女を討とうとしているんだ。そのために封印法術の中止をして欲しいって」
「何を馬鹿なことを!」
俺が言い終わる前にビートレイの激昂した返答が飛んできた。
「魔女の再封印は百年以上も前から計画してきた一族の使命でしょ? それを邪魔するような奴らの言うことを信じて中止にするなんてあり得ません。魔女を討つなんて馬鹿げたことが本当にできるいうなら、魔女が出てきてしまったときにやればいい」
「ですから封印が成功したら魔女を討つことはできないのです。それに例え封印が成功しても数年後には必ず封印は破られます。それほど大きな力が地の底で成長しているのです」
「なに?」
ウラの言葉を聞いてビートレイが言葉につまったそのとき、
「第二部隊全員戦闘不能、第三部隊も半壊です。主力部隊も下がってきています」
その知らせを聞きヘルトは叫ぶ。
「後衛の補給部隊も全員投入しろ!」
全戦力を投入して封印法術陣を形成する部隊を護る指示をした。
「ここで問答している余裕はない。僕も前線に出ないと」
「待ってください」
「僕はこの街に住む数千人の命を背負っている。そんな懸けのような闘いをするわけにはいかないんだ」
地面に突き刺していた槍を引き抜いて前線へと赴いて行った。
「ヘルトさん」
ウラの悲痛な叫び掛けはヘルトに届かない。
「ウラたんどうすにゃ?」
「さっきの法術で妖魔を消し去ってから改めてヘルトにお願いしたらどうだ? そうすればヘルトも考え直してくれるかもしれない」
我ながら素晴らしい思いつきだと思ったが、
「確かにこの場の全ての妖魔を消し去り、一時の時間稼ぎはできるでしょう。でも、それだけの力を使ってしまった場合、魔女を討てるかどうかという不安があります」
「お前たちの目的は魔女を討つことだったとは」
ビートレイは先ほどの怒りの表情とは違い不気味な笑みを浮かべている。
「しかし、地の底で大きくなる妖魔に気が付いていたとは。お前が聖霊仙人だというのは嘘ではないのかもな」
「その言い方だとあなたは妖魔が集まり大きくなっていることに気が付いていたのですね。ならこれ以上成長させてはいけないとわかっているはずです」
「魔女以上の脅威になるかもしれない、ということだろ? だから封印の儀式をやめろって? そういうわけにはいかない。お前たちが魔女をどうしようと勝手にすればいい。だが封印の儀式を中止するわけにはいかないのさ」
「いや、だから封印したら魔女を倒せないんだって」
そんな不毛な言い合いをしていると、空に描かれた法術陣が煌々と輝きだした。
「急がないと陣が完成してしまいます」
ウラとハムはヘルトを追って走り出した。
小柄な体を使って戦場の中を器用に横切っていく。
「俺たちも」
「おう」
俺とサウスさんもそれを追った。
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