融和
戦場に足を踏み入れた矢先、何かヤバそうな状況だと察した俺は、とりあえず法技を一発かましてみた。
「あれってもしかして呪いを受けた人たちか?」
「そうです、降り注ぐ呪いの雨に打たれた者が変態し始めています」
「こんなにたくさんの人の解呪なんて無理だぞ」
俺はここに来る直前に、塔の中で半獣化していた闘士の解呪をおこなってきたところだった。たったひとりでもそうとうの集中力をようするのに、こんな大勢を妖魔が暴れるこの場所で解呪することなんてできやしない。
もう一発上空に輝力を込めた法技を打ち込んで霧を吹き消すと、残った霧は俺と魔岩石と呼ばれる大岩の中間地点あたりに集まりだした。
「でもひとりずつ解呪するしかねぇか」
「待ってください」
走り出そうとする俺をウラが引き留める。
「呪いを解くことに時間を使う猶予はありません。私たちがやりましょう」
「できるのか?」
「正直に言います。全員を助けることは不可能でしょう。でもラグナさんがひとりずつ解呪するよりはマシな結果になると思います」
そう言われてしまえば何も返すことはない。
「ですので、あなたはしばし魔女の
「あの霧のことか。わかった、そっちは頼んだ」
ウラたちと会話をするとそのズレた空気に気が抜けてしまうが、今回は逆に気合が入った。
『モヤっとするあの霧、魔女の
これくらいどうにかできないようでは、魔女の本体と闘うなんて到底無理ということだ。
魔女の霧に向かおうと両足を踏みしめると、霧は両手を広げるような形を作り、「シャー」と口を広げて威嚇しこちらに向かってきた。どうやら敵と認識されたらしい。
俺は下っ腹に意識を込めて心力を高めて輝力の防御幕を展開させた。振り抜いた剣は霧の中を通り過ぎるがまるで水の中で剣を振るような重い抵抗感があった。
「どうやら復活が近いようですね」
その様子をみたウラがつぶやいた。
すれ違った魔女を追って振り向くとハムと片手を繋いだウラの体が強く光っている。
ダラダラダラダァと奇妙な声を発した霧の周りには多数の黒い矢が現れた。
急ぎ迎撃する法術を錬成する瞬間に違和感を感じ、反射的にその違和感に従って法術を発現させる。
「セイング・トルネイダー」
聖なる竜巻がウラに向かって射出される前に、魔女の霧ごと矢を巻き込んで消し去った。
『俺を狙ってない』
何かの術を準備するウラの背後に立って魔女の塵影に対峙する。
俺が斬り削った霧はすぐに密度を増して再生してゆくのは話に聞いていた通りだった。やはりいくら斬っても倒せはしないようだ。
「おい、お前ら」
サウスさんの俺を見る目が何か言いたげだったことを悟った俺は、それより先んじて言葉を挟んだ。
「サウスさん、ノーツさん、お願いがあります。封印の儀式を中止してください」
このありえない俺の提案に驚くノーツさんと難しい顔をするサウスさん。
「俺にはお前の考えがわからん。敵ではないが味方とも思えん。それにそのふたりも聞き覚えがある姿だ。たびたび俺たちの邪魔をしていた魔女の使徒じゃないのか?」
「セイング・マグナ・ゲイザー」
動き出そうとした塵影を大地のエネルギーを放出して吹き飛ばす。
「俺はダイナーさんから聞いたんだ。おまえらが風の祠(ほこら)をぶち壊したんだろ? 今俺たちのために闘ってくれてはいるが、それも何かの企みなのか?」
「どういうことだよ」
話について来られないサウスさんも戸惑い質問してくるが、切羽詰まったこの状況では詳しく説明する暇などない。
「祠(ほこら)を壊してしまったことは事実です。本当にすみません。ですが、それも不可抗力であって、それが目的だったわけじゃないんです。封印を止めたいのも魔女のためではなくて、魔女を倒すためなんです」
「そんなこと簡単に信用できるか!」
説明と信用が不足していることは否めない。強行すれば完全に敵視されてしまうだろう。
再び集まってきた魔女の塵影が攻撃をしかけようと持ち上げた右腕らしき帯が斬撃によって斬り離される。
「俺は信用することにしたぞ」
塔から飛び出してきたダイナーさんの剣閃だ。
「ダイナーさん、動いて大丈夫なんですか?」
「もうすっかり大丈夫だ。お前らとは心力が違うからな」
今の攻撃を見れば確かに強い輝力を持っていることがわかる。アムの陰力に当てられた彼の回復が他の人より早いのはそのためだろう。
「ラグナたちが風の祠(ほこら)を壊したのは魔女の使徒だと勘違いした俺たちが闘いをふっかけたからだ。みごとに返り討ちにあっちまってな。その過程で祠(ほこら)も吹っ飛んだ。それに、そこのふたりも魔女の使徒じゃない。その小さな獣人は魔女を封印した俺たち街の住人が敬う聖霊仙人様だ」
「「えーーーー!」」
俺たちが言うよりダイナーさんが言う方が説得力がある。信じられないといった反応だが反論はなかった。
「にゃ~」
ハムの反応に次いでウラが動き出した。
「準備ができました」
呪いに苦しみながら妖魔と交戦する人たちを助けるべく、ウラはその力をあらわにする。
「さぁ救われぬ意志と汚れた呪いよ、浄化の炎に焼かれて消え去るのです」
ウラが発していた光は範囲を狭めながら輝きを増していき、ウラを象徴するヒゲに収束していった。
「セイング・ブレイカース・ヒゲ・ファイアー」
ウラのヒゲから放たれた膨大な光は妖魔と闘士たちを照らし、その光を受けた者は剛火に燃やされる。
「ヒゲ」などというふざけた法文なんて聞いたこともない。不正な法文を挟めば法術として錬成されないのだから、おそらくそれはアムだけが使える「グラン・ファイス・ブレイバー」と同じで独自の法文なのだろう。
たちまち妖魔は燃え散り消滅し、呪われた者たちも苦しみの声を上げてのたうち回る。ノーツさんとサウスさんの体からは煙がたちこめ、サウスさんの左腕からは小さいながらも火が上がった。
「なにしやがる!」
俺たちを疑っていたサウスさんは怒声をあげ、信用すると言ったダイナーさんも不安な表情でそれを見ていた。
ウラの法術の余剰光を浴びた魔女の塵影も吹き飛び、すべての炎が消えたときには赤の塔は静寂に包まれていた。一瞬の間をおいてサウスさんは倒れている人に向かって走り出す。
「おい、しっかりしろ」
遅れて俺たちも走り寄った。倒れていた人はどうやら死んではいないようだ。
「申し訳ありませんがこれだけの人数を同時に解呪はできなかったので、破呪の法術を使うしかありませんでした。呪いに浸食された体や霊体は聖なる炎で燃やし浄化することができましたが、大半を犯されていた者は残念ながら救うことは……」
左手を眺めているノーツさんは呪いの浸食を受けていたのだろう。それを見たサウスさんは立ち上がりウラの前に歩み寄った。
「仲間を助けてくれてありがとう」
少し言葉を溜めてから観念したかのように力みのない言葉でこういった。
「俺もあんたらを信用することにする。もう俺たちの手に負えん。俺の一存でどうこうできることじゃないが、あんたたちの協力が必要だ」
「よし、そうと決まれば早くヘルトのところに行くぞ。封印法術陣の完成が間近に迫っている」
ダイナーさんはハムを持ち上げると肩に乗せてヘルトがいる白の塔に向かった。
「先に行け、俺とノーツはすぐに向かう」
消耗しているノーツさんはサウスさんに腕を引かれてよろよろと立ち上がる。
「行こう」
ウラと俺はダイナーさんとハムを追ってヘルトが闘っている白の塔を目指した。
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