研究施設探査 1

  ここは数百年前に魔女が現れて人々襲ったという研究施設。魔女について少しでも情報を得るためにやってき建物は、陰力の力に満たされた危険な場所だった。


  それを聖霊仙人ハムが聖域の力で囲い込み、人間たちを近づけないようにしていたために今まで発見されなかったのだ。


  その施設に踏み入ったわたしは、まず一階を見て回る。通路はところどころ色々な機材が散乱していた。


  「濃密な陰力だな。あの場所を思い出す」


  『嫌なところだったな。二十年も閉じ込められていてやっと出てこられたのに、また同じようなところに来ちまった』


  大聖法教会の大聖堂に祀られていた願いを叶えるという神具である蒼天至光。わたしの魂はその中で、神具が取り込んだ人々の邪念やそれが吐き出す陰力を浄化するために、浄化の間という霊的な部屋に縛られて、二十年間自分の魂を使って浄化し続けていたのだ。


  「だが、おかげで今こうしてこの建物に入ることができている」


  わたしの体は高密度の陰力と肉体が結び付いてできているらしい。そのことを蒼天至光に囚われていた天使シルンが教えてくれた。逆に天使は高密度の輝力が肉体と結び付いて構成されているという。


  わたしの中にはイーステンド国の人々の膨大な邪念が魂と結びつき存在している。そういった理由により、今わたしが普通の人間では生存できないような、濃密な陰力に満たされたこの研究施設の中に入れるわけだ。


  「リンカー、おまえは大丈夫なのか?」


  『おれは聖にも邪にも染まる無色の剣クリア・ハートに作り替えられちまったから、こんなところだろうとまったく問題ないぜ』


  わたしの法術を受け止め、それを増幅して発現するリンカーにとって、なんら影響があるはずもなかった。


  一階の通路はさまざまな機材が散乱していた。いくつか部屋を覗いたが人の遺体は見当たらない。呪いによって獣へと変貌してしまったのかもしれない。


  奥へと進んで行くとひときわ被害の大きい場所がある。壁ごと扉は破られていて高めの天井は崩れ、床はえぐられていた。


  広い大きなこの部屋はこの建物の重要な場所なのだろう。壊れていたがクレイバーの研究所で見たような機材がいくつもあった。


  「ここの荒れようは他とは違うな」


  『ここに何か魔女に狙われる人や物があったんじゃないか?』


  恐らく魔女や妖魔が暴れたであろう部屋は、グチャグチャにかき回されており原型を留めている物は少ない。床には血液の跡らしきものはあったがやはり人の遺体はひとつもなかった。


  この体になってから大いに夜目が利くようになったので、陽の光が入らないこんな場所でも困らない。足元に散らばっている本を拾いあげて開いてみが、難しい言葉で書いてあって内容は理解できない。

  表紙には名前が書いてあった。人の名前や物の名前だろう。


  「これは法術についての物だな。これなら少し理解できそうだ」


  わたしは目次に目を通してみる。


「えーと、精霊との対話、精霊の迅速な招集、精霊の一次保存、増幅した心力を効率良く精霊に分け与える方法……」


  法術は法文を使うことで精霊に働きかけるのだが、これにはわたしの知らない法文やわたしの感覚とは違う精霊に働きかける概念が事細かに書かれていた。


 強制的な概念か。そうしなければならないような、袋小路に追い込むように誘導する感じか?


  精霊への働きかけや法術の錬成を言葉で説明するのは難しい。それを言葉にするとこの本にあるように概念を事細かに書くことになる。文章化した膨大な量の情報なんて読んでる方は理解ができるはずもない。だから法術学の教本でこんな風に書いてある物はない。だが、法術の研究となるとこんな無駄だと思うこともやるのだろう。


  他にも精霊を纏う魔獣の弱体化させる方法や精霊と法文の通信強化について第一案から第三案などがあった。


  「精霊にかんする物がばかりだ。そういう研究が主たるものなのか」


  棚から落ちた本は無数にあって、それらの本をひとりで全部確認する時間もないし根気もない。

  他に何かないかと部屋を見渡すと、暗がりの奥の壁にも大きな穴が空いているのが見えた。


  「あの先かもな」


  壁の大穴に手を掛けるとボロリと崩れた。


  『気を付けろよ』


  「あぁ」


  穴の向こうはかなり広い部屋でここを他の部屋がぐるりと囲んでいる。それらの部屋の窓から見える作りからして、ここに研究対象となる物などがあって観察していたと考えられる。


  『どうやらここが魔女の目的の場所だったみたいだな』


  一部爆発したように大きな穴が穿たれていて、周りの物はすべて吹き飛ばされていた。


  間違いなくここの被害が一番深刻だ。


  中心部から周りを見てみる。


  「手掛かりになりそうな物はないか」


  『これといって気になる物はねぇな。ここ一帯はきれいさっぱり吹き飛んじまってる』


  辺りに飛散した瓦礫をどかして探索してみたがやはり何も見つからない。特にこの場所だけ陰力や呪いの力が強いわけでもなく、ここから魔女についての情報を得ることはできなかった。


  「ここが一番有力な場所だったんだがな。しかたない、次は上の階を回ろう。ウラに頼まれた姉の遺品も探さないと」


  実験室らしき場所をあとにし、二階に行く階段を探して進んで行くと建物の端の方に階段を見つけた。途中で折り返すな長めの階段を登って二階に到着する。


  『どうしたんだ?』


  登り切ったことろで少し立ち止まっていたわたしにリンカーが問いかけてきた。


  「いや、気配はないのだけど誰かがいるようなそんな気がするんだ」


  『確かに気配はないな。存在感もないのにいる感じがする。見られているわけではないのに認識されている。そんな感じか?』


  「そのとおりだ」


  リンカーも同じような感覚を持っていたらしい。


  「それに、これだけ濃密な陰力に満たされているのに怒りや憎悪といった攻撃的な念が感じられない」

 不思議な感覚に囚われながら二階を歩き進んで行く。部屋は機材置き場が多く荒らされた場所は少ない。被害があるのは人がいた場所だけだと思われる。


  二階にも責任者が指示出すような監視室があり、一階を見渡せるガラス部屋となっていた。この部屋は窓ガラスが割れ一階と同様に酷く破壊されていたが、やはり特に何も得られなかった。


  「魔女がどこから来て何を目的にここを襲ったのか知りたかったのだがな」


  『ただ通り道にここがあっただけなんじゃねぇのか?』


  「その可能性もないではないが、明確にあの場所だけが酷い状態になっていることを考えれば、あそこにあった何かを狙ってやって来たともいえる」


  『ここが目的だったなら近隣の王都や妖精の里のやつらと何百年も闘ったりしないだろ?』


  リンカーの言うことも一理ある。となるとここは目的ではなく、たまたま通り掛かったついでに襲われた不運な施設ということになる。


  「魔女なんて名称は人間たちが付けたんだろう。その魔女にも種族があってそいつがここに何かを奪いにやってきたのか、またはその他の目的できたのか」


  『そうとは限らないぜ。おとぎ話みたいに魔界からやってきた魔族だったりとかな』


  「まさかぁ」


  と笑って流そうとしたのだが、


  「魔族って実は存在するのか?」


  『この世界の他に魔界があるってか?』


  「魔界からこの世界を滅ぼすためにやってきた?!」


  ありえる、わたしたちが知らないことなんてこの世にいくらもある。


  「確か聖都を囲う四大王都には魔王を名乗る者がいると聞いたことがあるぞ。天使だって存在するんだ、魔界があって魔族がいてもおかしくない」


  イメージとは大きく違ったが、わたしたちは昔話として語り継がれていた伝説の大天使シルンと出会ったではないか。だったら魔女が魔族だったとしてもそう驚くことではない。


  魔女の正体を考察しながら三階へ続く階段を登っていく。最上階は下階と違って被害が少ない。多少荒れた様子はあっても妖魔が暴れ回った感じではない。


  通路を歩いて進むと多数の小部屋があり、中は一人用のベッドや机が置かれていた。


  「ここは生活するための場所だな」


  部屋の扉には名前が刻まれていた。


  「マーベル=ワイツ、ベイル=カルテ、グラフ=マキナー……」


  全ての部屋を確認したがノラ=ヴィセイ=カイゼルの名前はなかった。


  小部屋の他にも大部屋があり、ゆったりとして椅子や食事を作るための広い台所が完備されている。

  その部屋にある棚にも名札が付いていたがウラの姉の名前はなかった。


  『なんだよ、ノラなんてやついねぇじゃねぇか』


  「見落としてはいないと思うのだがな」


  念のためもう一度部屋の名札を確認して回ったが、やはりノラの名前はなかった。


  「しかたない、ウラには申し訳ないが戻るとしよう」


  諦めたわたしたちは見落としがないようにとなんとなく建物の反対側の階段へ向かった。 三階から二階へ、二階から一階へと降りていく。


  『おい、アム』


  階段横の壁に大穴が空いてる。恐らく扉だったであろう分厚く頑強な金属の板がへしゃげて床に転がっていた。


  「何かがここをぶち破って出てきた、そんな感じだ」


  構内よりももっと暗く重い雰囲気が漂っている。


  「これは地下への階段だ。この施設にはまだ何かあるようだ」


  『行こうぜ、きっとここにノラってやつの遺品があるに違いない』


  リンカーはこの探査を少々面白がっているようだが、わたしも何か得られるかもしれないという期待で胸がざわついた。


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