聖霊仙人

  「んっんっ、あーふたりの仲の良さは良くわかったが、話しを戻してもいいかな?」


  アムは軽く咳払いしてその場の空気を整える。


  「さきほども言ったが魔女を倒すよりも再封印に協力した方が危険が少ないのではないか? なぜそれほど封印に反対して倒すことに固執するんだ?」


  ウラは俺たちに向き直って語りだした。


  「魔女がこの地に封印されてから今回で二度目の再封印です。抑制された魔女の力は溜まりに溜まってしまいました。魔女はこの地の負の念を使って妖魔を生み出すという能力があります。その負の念が魔女の力をも超える勢いで溜まっているのです」


  それは蒼天至光に溜まった邪念と陰力の関係に似てる。


 イーステンド王国の聖シルン教団の総本山。大聖法教会の大聖堂に、願いをかなえる蒼天至光という神具が祀られていた。だが、人々の希望の光を集め願いを叶える一方で、その神具は邪念をも集めてしまっていた。その邪念と邪念が放つ陰力を発散処理するために破壊魔獣エイザーグが生み出されたのだが、魔女の封印はそれらを処理ができないらしく、延々と溜め続けているということなのだろう。


  「街は聖霊の加護によって護られていますが、負の念はその加護を上回ろうとしています。押さえつける力が強いほど、負の念は逃げ場がなく溜まっていき陰圧を増していくのです。昨今妖魔が漏れ出していたことでなんとか保たれていた力の均衡が、封印によって再び抑え込まれたとき、負の力の内圧が極限まで達すれば、封印だけでなく聖霊の加護も吹き飛ばしてしまうでしょう」


  背中をぞくりと走るモノを感じた。


  「だが、前回の再封印のときには聖霊仙人が街の人々に力を貸したのではないのか?」


  広場のベンチでヘルトからそう聞いている。


  「そのときはその脅威に気が付いていなかったのです」


  「このことはぼくでもまったく気が付かなかったにゃ」


  腕組みして目を閉じながら小さな獣はうんうんとうなずいた。


  「再封印して間もなく、この事実を告げに来た者がいたのです。その者の話を聞いたわたしたちは、封印の力の奥で暴れもがく魔女を調べました。魔女は完全に封印によって抑え込まれていましたが、その周りに少しずつ妖魔が増えていくことを確認したのです」


  「魔女は抑えられても、この大地の負の念は魔女に関係なく増え続けるにゃ。その念を際限なく妖魔へ変えられたらいつか飽和してしまうにゃ」


  「そのいつかに気が付くのが遅すぎではないのか? 再封印は百年くらい前なのだから、もっと早くにどうにかできそうに思うのだが」 


  ウラは一度伏せた目を見開いて静かに言った。


  「手に負えない脅威になると気付いたのが封印の弱まったほんの数年前なのです。多くの妖魔が溜まっていただけならまだ打つ手はあったのですが、その妖魔はひとつの大きな力となって育っていました」


  「魔女と妖魔、同時に対処することは難しいにゃ~。だからウラたんと考えて、妖魔が魔女の力を超える前に、妖魔を生み出す魔女をなんとかすることに決めたにゃ」


  「だけど、ふたりだけでどうにかなるものなのか? 俺が思うにウラはかなりの力を持っているようだけど、となりのペットは正直戦力になるとは思えないぜ」


  バキッ!


  またもやキックが繰り出された。


  「ペットじゃないにゃ~!」


  「魔女は復活し次第わたしが消し去ります。それだけの力を準備してきました」


  「魔女を倒せたとしても多くの妖魔が集まってひとつになったって奴はどうするんだ?」


  「それはぼくがやっつけりゅ!」


  ウラの隣で小さな獣が力こぶを作ってみせた。


  「……冗談はさておき、妖魔の力は魔女に匹敵するっていうなら簡単にはいかないだろ」


  「冗談じゃないにゃ!」


  三度目のキックが飛んできた。


  「な、な、なんだよ、どう考えてもお前じゃ無理だろ、なぁアム」


  同意を求めてアムを見ると、アムは苦笑いしていた。


  「我々は魔女を封印したという聖霊仙人に力を貸してもらおうと探しに来たんだ。この森の中の小屋に住んでいるという話を聞いたのだが知らないか?」


  この質問にウラは真顔で即答した。


  「知っています」


  「本当か?! どこにいるんだ?」


  「彼です」


  「ぼくにゃ」


  「「えーーーーーー!」」


  「ぼくが聖霊仙人と呼ばれているハム=ボンレット=ヤーンだお」


 なんと、この小さな獣が聖霊仙人だというのだ。


  「気が付いてなかったのですね」


  「いや、だって街に建てられた像とは似ても似つかないから」


  ウォーラルンドの街門や街の広場に建つ像は、小柄ながらもたくましく、勇ましく、猛々しく叫ぶ姿をした物だった。


  だが、目の前の自称聖霊仙人は、小柄を通り越してちんちくりんな幼い獣人の子どもだ。


  「だったらそうだと街のみんなに言えば協力を得られたんじゃないか?」


  「信じて貰えませんでした」


  類似点の欠片もない像を聖霊仙人だと崇めているのだから、本人だと言っても信じて貰えないくて当然だろう。


  「美化したにしろ度が過ぎるな」


  それが今になって足を引っ張ることになるとは。


  「あまりにも似てなさ過ぎてハムにゃんは街の人たちに偽物扱いすらしてもらえませんでした、シクシク。なので、わたしたちはふたりでどうにかすることにしたのです」


  「もしかして、昨日森の中で我々に忠告したあの日は風の祠(ほこら)の風陣の邪魔をしに来ていたのか?」


  「最後の手段として封印法術陣の完成を阻止しに行ったところ、あなたたちが代わりにやってくれたので助かりました」


  俺たちとしては思い出したくない痛恨の出来事なのだが、結果としてウラたちの計画の手伝いをしたことになった。


  「それで今後の計画はどうするつもりなんだ? 街の者たちは厳しい状況の中で再封印の準備をしているぞ」


  「不完全な状態で封印法術陣を発動さていなければ、あのあとに街に向かい魔女を滅するつもりでした。予測では今の封印術は二日、三日で解けます。魔女が復活するとなれば少なからず街は混乱するでしょうから、その混乱に乗じて戦地に飛び込み一気に実行します」


  「魔女を滅したら街を覆ているぼくの力を戻して妖魔たちをやっつければ全て片付くにゃ」


  「仙人様の力が弱いのは街の加護に力を使っているからというわけか」


  「そうにゃ、大地の精霊と一緒に街を護ってりゅ」


  聖霊仙人とは思えない力の弱さはそういうことだったのだ。


  「わたしは魔女を倒すのに力を使い切ってしまうので、ハムにゃんに頼ることになってしまいす」


  「ぼく頑張りゅ!」


  再び力こぶを作って見せる仙人ハム。


  「お二人ともよろしければ小屋で今後の段取りを立てませんか?」


  「そうだな、ラグナはウラたちと一緒に行くといい」


  「アムはどうするんだよ」


  「わたしは」


  そう言って後ろを向き歩き出す。


  「この建物の中を調査してくる」


  「何を言うのですか?! その中に入るなんて絶対に」


  ウラが言いかけたところでアム無造作に扉を引き開けた。


  ひび割れ白く濁ったガラスの扉が引き開けられると、森の中で光の差し込まない構内は薄暗く不気味に静まり返っていた。


  その中にアム足を踏み入れる。


  「おい、アム!」


  引き留めようとアムを追いかける俺が境界を越えると水の中に入ったような抵抗を受け、体を覆う奇跡の鎧はひっきりなしに光を撒き散らして陰力に抵抗し始めた。


  「くぅぅぅ」


  俺はじわじわとした圧力を受け呼吸するのも苦しい。だが、アムは何事もなくこちらに向き直って俺をそっと指先で押して、構内から押し出した。


  「いくら奇跡の鎧でも長時間この中を探索していたら闘う前に力を使い切ってしまう。見ての通りわたしは大丈夫だ。ここは私に任せてくれ」


  「この中に入れる人がいるなんて、あなたはいったい何者ですか?」


  俺も驚いてはいるがウラもハムも目を見開いて唖然としている。陰力の塊のようなアムにとっては施設構内の陰力の空間など、さしたる問題ではないのだろう。むしろ聖域である外の方が負荷があったはずだ。


  「では行ってくる」


  施設の奥に入っていったアムを見送っていたウラは、突然駆け出すと入り口に立った。そして、アムの背中に向かって叫んだ。


  「待ってください! アムサリアさん、お願いがあります」


  その声は、今までの澄ましたモノとは違って感情をむき出しにした響きだった。


  「この施設には研究に協力していたわたしの姉が居ました。施設が魔女に襲われて命を落としてしまいましたが、ここが強い陰圧と呪いによって入れなくなってしまったのでお墓も作ってあげられていないのです。もう遺体も残っていないかもしれませんが、何か姉にかんする物があったら持ち帰ってきてもらえませんでしょうか?」


  それを聞いた仙人ハムもウラのそばに駆け寄った。


  「名前はノアにゃ。ノア=ヴィセイ=カイゼイルにゃ」


  「了解した」


  アムは片手を上げて応えた。


  「よろしく……お願いします」


  ウラから一筋の涙がこぼれた。


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